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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第一章 琥珀の森の引き篭もり賢者

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第2話 真夜中のショコラ

シュン、という透き通った音が図書室に響く。それは、小さな鉄瓶から立ち上がる湯気の音だった。


「…………」


エターナは、放とうとした魔法の術式を指先で遊ばせたまま、呆然とその光景を眺めていた。


自分の多層結界を物理的に粉砕して侵入してきた、エルムと名乗った男。その男が今、破壊された石床のど真ん中で、極めて丁寧に茶の準備をしている。


「……君、お茶の準備をしてるの? 私が指を鳴らすだけで、君の体はバラバラになるのに。……本当に、変な人だね。」


「死ぬのはいつでもできますけど、この素敵な場所で、エターナさんと飲むお茶は、今、この瞬間しか淹れられませんから。」


エルムは顔を上げずに答えた。

エターナは、そのあまりの自然体ナチュラルさに毒気を抜かれた。


彼女は浮遊魔法で椅子を元の位置に戻すと、そこにすとんと座った。銀髪がさらりと肩から流れ落ち、クレーターの埃を静かに払う。


「いいよ。どうせ退屈だったし。何を言っているのかよくわからないけど、そのお茶に命を懸けるほどの価値があるっていうなら、少しだけ待ってあげる。」


彼女はそう言って、淡々と読書を再開するフリをした。


だが、その視線はチラチラとお湯の沸く火鉢の方へと向いている。彼女の鼻は、エルムがポケットから取り出した「あるもの」の香りを、すでに敏感に捉えていた。


「お待たせしました。まずは、これを。空腹でお茶を飲むと、少し胃に障りますから」


エルムが彼女の前の机に置いたのは、漆黒の輝きを放つ、一粒のショコラだった。幾何学的なカッティングが施され、窓から差し込む陽の光を吸い込んで、闇夜の宝石のように鈍く光る。


「ショコラ…。今の時代にも、こういうのはあるんだ。管理局が配給してる、砂を固めたような『栄養ブロック』とは、見た目からして違うね。あれはもう、産業廃棄物を食べてる気分になるから」


「ええ。でも、これは特別です。僕が配合した『真夜中のショコラ』です。どうぞ、エターナさん」


エターナは表情を変えず、だが内心では期待に胸を膨らませていた。彼女は指先でその小さな塊を摘み上げる。指先から伝わる感触は、驚くほど滑らかで、今にも体温で溶け出してしまいそうだ。


(見た目は合格。匂いは……カカオの深みに、微かなベリーの酸味。それに、この奥にあるのは……何かの香辛料かな。……分析しても意味ないね。食べてみればわかる)


彼女は静かに、そのショコラを口に含んだ。

その瞬間。 エターナの思考は停止した。


(……っ!?)


最初に訪れたのは、猛烈なカカオの芳香だった。それは、彼女が歩んできた千年の孤独、積み上げた知識の重みを象徴するかのように、奥深い余韻を残す。


だが、真の衝撃はその直後にやってきた。


冷たいはずのショコラが、舌の上で熱を帯び、複雑なスパイスの香りが次々と開花していく。それは、凍てついていた彼女の魔力回路を、優しく、しかし確実に溶かしていくような感覚だった。


彼女の藍色の瞳が湿度を帯び、光を反射してキラキラと輝き始める。そして――。


「うまーっ!」


思わず、本音がこぼれた。


「あ……。い、今のなし。聞き間違いだよ。別に、普通。…ううん、普通よりは、かなり美味しい。いや、めっちゃ美味しい。」


彼女はすぐに精一杯の無表情を保とうとしたが、その声は隠しきれない興奮で上ずってしまい、語彙力を失っていた。エルフ特有の尖った耳の先が、ほんのりと朱に染まっている。


「それは光栄です。お茶も入りましたよ。茶葉は、グランカレ村の特産、『夜明け(ドーン)』です。」


エルムが注いだ琥珀色の液体。 それを一口飲んだ瞬間、ショコラの余韻と茶の渋みが完璧な調和を見せ、彼女は、自分が今、猛烈な幸福感に屈服させられていることを悟った。


「エルム、と言ったね。 お茶好きの旅人が、どうして私の結界をぶち抜いてまで、ここに来たの?」


エルムは茶碗を置き、エターナの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「僕は、誰もがのんびりと、美味しいお茶を楽しめる世界を作りたいんです。そのために、伝説とまで言われたエターナさん、あなたの力を貸していただきたいと思ってここに来ました。


今の世界は少し『効率』を求めすぎてるし、魔法でお茶の味まで均一化しようとしている…。それは、あまりにも窮屈で寂しいと思いませんか?」


「魔法の均一化か…。ああ、管理局の連中のことね。魔法という神秘を、ただの便利な道具に成り下げた。私も、あれは嫌い。美しくないもん。」


エターナの声に、初めて本物の「共感」が宿った。


彼女がこの図書室に引きこもった理由の一つ。それは、魔法という崇高な力が、インフラの一部として組み込まれてしまった世界への失望だった。


「君の言いたいことは、なんとなく分かったよ。でも、それは私の知ったことじゃない。私はここで、この図書室を守らなきゃいけないから…。外は騒がしいし、美味しいものもなさそうだし。」


「でも、ショコラはもう、なくなってしまいましたよ?」


エルムがいたずらっぽく笑った。


「ええっ……。あ、本当だ。……これ、一粒だけなの?」


「はい。材料が特殊で。それと、実は、このお茶を育てているグランカレ村で管理局が怪しい動きをしていて、最悪、二度と茶葉が作れなくなるかもしれないらしいんです。残念です…。」


エターナの肩が、びくりと跳ねた。彼女にとって、世界がどうなろうと知ったことではなかった。だが、『このショコラに合うお茶』が消えるというのは、耐え難い損失に思えた。


「それは、困るね。すごく困る。由々しき事態だよ。……そんなの、絶対に認められない」


彼女は椅子から立ち上がり、床に届く銀髪を乱雑に手で払った。


「わかった。君の『美味しいスイーツを好きなだけ食べられる世界を作る』ってやつ、付き合ってあげる。面白そうだし。でも勘違いしないで。私はただ、美味しいショコラとお茶が消えるのを許さないだけだから。 あと…、食事は三食デザート付きね。それと、夜食も。」


「ん?ちょっと違う気がするけど…まあ、同じようなものか。三食デザート付きは善処します…。」


「よし、じゃあ行こうか!」


こうして、超甘党の魔道具オタクの賢者と、規格外の力を持つお茶マニアの旅が始まった。



二人が向かう先、グランカレ村は、エルムが言った通り、管理局が不穏な動きを見せていた…

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