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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第五章 雪の降り続ける街

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第19話 雪解けの宴

スノー・グレイスに訪れた静寂。

それは、暴力による制圧ではなく、圧倒的な「格」の差を目の当たりにした者達の完全降伏から来る静けさである。


「 全軍、武器を収めよ! これは第3魔王領総督、マルコシアスの命令である!」


魔王サタンの右腕、マルコシアスの怒号が雪原に響き渡った。先ほど無許可で発砲し、最悪の事態を招こうとしたのは、管理局本部から派遣されていた一人の特使だった。だが、その姿はすでにどこにもない。混乱に乗じて逃げ出したその「黒い影」を、ベルとミレイユは厳しい目で見送ったが、今は目の前の事態の収拾が先決だった。


「エルム殿。……本当に、お見それいたしました」


エルムはすでに紅い瞳も漆黒の羽も消し、いつもの穏やかな青年の姿に戻っていた。マルコシアスは震える手で自らの襟元を正すと、境界線で立ち尽くすリザードマンの長、ザガールの元へと歩み寄った。


「ザガール殿。……魔導雪(マジックスノー)の独占は、管理局本部の一部が暴走して流した偽りの通達だった。私はサタン様よりこの地を預かる総督として、貴殿らの聖域を侵す意図はない。今回の不手際、心から詫びよう」


マルコシアスが深々と頭を下げた。魔王軍の重鎮が、リザードマンの長に敬意を払う。その異例の光景は、エルムの手の甲に輝く「古龍の契約紋」という絶対的な沈黙の前に成立していた。


「……古龍の主が認められた御方の仲裁だ。我らに異存はない。この街に住まう魔王の臣民と管理局の無礼、この雪と共に水に流そう」


一触即発だった空気は、エルムが淹れたお茶の香りが雪解けの風に乗るように、穏やかに収束していった。


「あはは、良かった。……それより、マルコシアスさん。……あの、僕、なんだか急激にお腹が空いちゃって。……美味しいお肉、食べられませんか?」


一瞬、その場にいた全員が耳を疑った。神話の再来を思わせる力を振るった直後に、最初に出た言葉が「お肉」である。


「……も、もちろんでございます!最高級の肉をご用意いたします!」


不意を突かれたマルコシアスは、一瞬戸惑いながらも、肉の宴を手配するよう指示を出し始めたのだった。


† † † † †


スノー・グレイス迎賓館。

数時間前までの緊迫が嘘のように、広間には香ばしい肉の焼ける匂いと、陽気な音楽が満ちていた。マルコシアスが自らの責任で主催した、和解のための肉パーティー。魔王軍の兵士とリザードマンが、一つのテーブルで巨大な肉の塊を囲んでいた。


「――さあ、エルム殿! お集まりの皆さん、スノー・グレイス特産、『黒毛雪牛の霜降りステーキ』です! 最高の焼き加減で用意させました!」


マルコシアスが差し出した銀のトレイには、滴る脂が食欲をそそる厚切りのステーキが鎮座していた。エルムは一口運び、幸福そうに目を細めた。


「……美味しい。脂の甘みが身体に染みますね。……エターナ、これ、すごく美味しいよ。ほら、ベルも食べなよ」


「ええ……本当に美味しいです。……でも、いいんでしょうか。あんなに凄いことの後で、こんなに平和にお肉を食べていて……」


ベルが恐る恐る口を動かす。彼女の隣で、エターナは一人、肉の皿を前にして沈黙していた。

(……まだ心臓の音がうるさい。……あの赤い眼のエルムの声が、言葉が、耳の奥から離れない。……不快だね。こんなの、私の知らない感覚だ……)


先ほどの出来事を思い出し、エターナが耳と頬を赤く染めながら、肉を頬張っていると、不意に、広間の重厚な窓が突風と共に開け放たれた。


「――王よ! 私も共に肉を食らう名誉を!」


ドォン!と、一人の少女が広間へと躍り込んできた。透き通るような青い髪に、雪のように白いワンピース。吸い込まれるような碧眼(へきがん)を持った美少女――。だが、その背後には、圧倒的な強者の魔圧が渦巻いていた。


「な、何者だ!?」


マルコシアスが剣を抜こうとしたが、少女は目もくれず、エルムの元へと滑り込んだ。そして、あろうことかエルムの膝元に顔を埋め、子犬のようにスリスリと甘え始めたのである。


「主神グラキエスの紋章を持つ、我が王……! ようやく、言葉を交わせる姿になれました! 私、シロハ・グラキエスと申します! 今日から、あなたの眷族(けんぞく)になります! お肉も焼きますし、湯たんぽにもなります! 一生ついていきます!」


「……え、ええええええっ!? 君、さっきのブリザード・ドラゴン!?」


エルムが驚愕してのけぞる。青い髪の少女――シロハは、潤んだ瞳でエルムを見上げ、全身で喜びを表現していた。


「はい! 王のあまりの格好良さに、あんなトカゲの姿のままでは失礼だと思いまして! さあ、さっそく私の忠誠を、この肉と共に受け取ってください!」


シロハがエルムの腕に抱きつこうとした、その瞬間。  ガキンッ!と、金属同士がぶつかるような冷たい音と共に、エルムとシロハの間に「絶対零度の壁」が立ち上がった。


「……不潔」


エターナが、フォークを肉に突き立てたまま、極めて温度の低い視線でシロハを見下ろしていた。


「……エルム。その、青い犬コロは何? せっかくの食事がまずくなる」


「エ、エターナ様!? 顔が怖いです! 魔力が漏れてます!」


「あなたこそ誰?! オバさんはあっちに行っててよ〜」


「オ、オバ……!?」


「ひぃいいいい!」


ベルが慌てて割って入る。シロハの乱入により、スノー・グレイスの夜は、別の戦場と化したのだった。



† † † † †


翌朝。迎賓館のサロンは、清涼な朝の光に満たされていた。集まったのは、エターナ、ベル、ミレイユ、そして片時もエルムの側を離れようとしないシロハ。さらには、事の真相を聞き届ける義務があるとして、魔王軍総督マルコシアスも同席していた。


「あらあらエルちゃん、また可愛いペットが増えちゃったのね〜」


シロハを見たミレイユがエルムをからかう。


「ご主人様、この派手なオバさんは誰ですか?」


シロハは悪気のない、無邪気な顔でエルムに問いかけるが、エルムの表情は明らかに強張っている……


「この青トカゲの小娘っ!殺すっ!!」


キレるミレイユをベルが決死の覚悟で止めに入り、昨晩と同じ光景が繰り返される……


騒動がひと段落すると、エルムはお茶の香りを一度深く吸い込むと、静かにカップを置いた。その瞳には、悠久の時を見てきた者が宿す、深い悲しみと慈悲が満ち溢れていた。


「……みんな。昨日の僕の姿を見て、色々と聞きたいことがあると思う。」


エルムの声が、サロンの空気をピリリと引き締める。


「君たちが教わってきた『歴史』と、僕が知っている『真実』には、あまりにも大きな乖離があるんだ。……エターナ、君の知っている歴史では、二千年前、勇者は魔王に敗北したことになっているよね?」


「……そうだね。それは魔法学校の初等科でも教わる、世界の常識だよ。力及ばず、勇者は倒れ、この世界は魔王たちの管理下に置かれた。……それが、この世界の平和の礎だと。」


エターナの藍色の瞳が、エルムを鋭く射抜く。エルムは静かに首を振った。


「それが、最大の『嘘』なんだ」


サロンの温度が、一気に下がったように感じられた。エルムは、窓の外でしんしんと降る青白い雪を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「僕が生まれたのは、今から二千年くらい前。……当時、今の7人の魔王達が誕生する前、初代魔王と勇者は親友同士だったんだ。その二人が共にこの銀世界を歩んでいた頃の話だ。」


その一言で、サロンの時間が停止した。二千年前。勇者が負けたはずの歴史。エルムが語り始めたのは、管理局も、賢者も、現在の魔王たちさえも知らない、この世界がひっくり返るような真実の系譜だった。

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