表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第五章 雪の降り続ける街

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/40

第18話 王の降臨

その一発の轟音は、スノー・グレイスが数千年の間、青い雪の中に閉じ込めてきた静寂を、物理的な質量を持って粉砕した。


「……なっ!? 馬鹿な、まだ射撃命令は出していないぞ!」


管理局の陣頭で、マルコシアス総督が狼狽した声を上げた。彼の背後に控える、管理局本部から派遣された「特使」たちの口角が、不気味に吊り上がっているのを、彼はまだ気づいていない。


無許可で放たれた魔導砲弾は、幻想的なコバルトブルーの空を切り裂き、リザードマンたちが守る聖域の境界へと吸い込まれていった。


「あーあ。最悪。……やっぱり管理局の連中は、算数すらできないみたいだね。」


茶房の窓際で、エターナが吐き捨てた。彼女の指先は、既に空中に幾重もの幾何学模様を描き出し、光の粒子を編み上げている。

飛来する砲弾の直撃を逸らすため、彼女は反射的に、街の居住区全体を覆うほどの広域防護結界を展開した。


「ベル、私の影に入って。……衝撃波の減衰計算、かなり端折るから」


直後、結界に砲弾が衝突し、銀世界が白銀の閃光に飲み込まれた。エターナの展開した精密な術式が砲弾を強引に弾き飛ばすが、その余波でスノーグレイスの石畳が激しく震動し、幻想的な青い雪が、恐怖を煽るような乱舞を始めた。


† † † † †


だが、その一撃が引き金となり、事態はエターナの予測を超えた速度で最悪へと転がり落ちた。

管理局の砲撃が、リザードマンの聖域を傷つけたこと。それは、彼らを統べる「絶対的な支配者」の逆鱗に触れるには十分すぎる暴挙だった。


地響きのような唸り声が、雪山の深淵から響き渡る。


「ちょっ、こんなやつも出てくるの? 不味いな。これはちょっと想定外……」


エターナの頬に、初めて一筋の汗が流れた。

猛吹雪を伴って雲を割り、天空から降臨したのは、スノーリザードマンたちの王にして、この地の支配者――『氷嵐龍(ブリザード・ドラゴン)』だった。その巨体は氷の鱗に覆われ、羽ばたくたびに周囲の気温を絶対零度へと近づけていく。


怒り狂ったドラゴンは、自らの民を傷つけた管理局の軍勢を「排撃すべき敵」と認識した。


ドラゴンが大きく顎を開き、喉の奥に、すべてを凍土に変える超高密度の魔力を収束させていく。その射線には、管理局の軍勢だけでなく、逃げ遅れた街の人々や、境界線上にいるエターナたちをも含んでいた。


(……ダメだ。さっきの砲弾の防御で、ドラゴンのブレスの指向性を逸らすには、結界の再定義が間に合わない……)


エターナは、自分の杖を握る指先が僅かに震えているのを自覚した。


数千年の時を生き、あらゆる魔法を極めてきた第一賢者。彼女にとって、防御とは常に『相手の出方に対する最適解』の提示であった。だが今、目の前にある純粋な怒りとしての魔力奔流は、彼女の論理を嘲笑うかのように迫っていた。


(計算ミスか……この長い人生、最後は私らしくない失敗で終わるのも、皮肉が効いてて悪くない)


エターナが静かに目を閉じ、結界の展開を諦めた、その瞬間だった。

背後から、温かく、しかし圧倒的な「重圧」を持った何かが彼女を包み込んだ。


「……っ!?」


目を開けたエターナの視界に入ったのは、自分を力強く抱き寄せ、自らの背中でドラゴンの正面を塞ぐように立った、エルムの背中だった。


「……俺の後ろにいろ」


その声を聞いた瞬間、エターナの思考は完全に停止した。聞こえたのは、いつもの穏やかなエルムの声ではない。低く、地の底から響くような、絶対的な支配者の響き。


エルムが、腰に差したままだった刀の柄に、ゆっくりと手をかけた。

その瞬間、世界の色彩が反転した。雪が止んだ。物理的な圧力によって「静止」したのだ。エルムの黒髪の隙間から覗く瞳が、鮮血を流し込んだような「紅蓮」へと染まっていく。


「……エル……ム?」


エターナの震える声に、彼は答えない。彼の背中から、漆黒の羽が、音もなく展開された。それは光を吸い込むほどに深く、威圧感を放っている。


さらに、刀を握る彼の手の甲に、黄金色の紋章が浮き上がった。霧氷の谷の古龍と交わした『古龍の契約紋』が、吹雪の中で太陽のように輝き始める。


「――邪魔だ」


エルムが刀を鞘から数センチだけ抜いた。

キィィィィン、という、耳鳴りのような高周波が世界を支配する。


直後、氷嵐龍が放った渾身の極低温ブレスが、エルムの周囲に展開された不可視の「領域」に衝突し、まるで鏡に当たった光のように、綺麗に左右に割れて霧散した。


魔法の干渉ではない。ただそこに立っている「個」としての存在が、ドラゴンのブレスさえも彼に近づくことを許さなかったのだ。


「…………なっ」


咆哮を上げようとした氷嵐龍の動きが、ピタリと止まった。ドラゴンの瞳に映っているのは、眼下に立つ小さな魔族ではない。主神たる古龍グラキエス・レックスの紋章を背負い、圧倒的なオーラを纏った、本物の「王」の姿だ。


ドラゴンは、羽ばたくことさえも忘れ、地面へと降り立った。そして、あろうことかその巨大な頭を雪の中に深く沈め、恭順の意を示すように、ひれ伏したのである。


「あ……ああ……」


境界線で槍を構えていたスノーリザードマンたちも、次々と武器を落とし、その場に膝を突いた。彼らが数千年の間、血脈の中に刻み込み、信仰し続けてきた「本物の王」の気配。それを前にして、戦う理由はもはやどこにもなかった。


雪原に響くのは、エルムが刀を鞘に収める、パチンという硬質な音だけだった。


† † † † †


静寂が、戦場を支配した。

管理局の重戦車も、特使たちも、あまりの出来事に言葉を失っている。


エルムは、紅蓮の瞳をゆっくりと元に戻すと、背中の羽を霧のように消した。

そして、まだ呆然として彼を見上げているエターナたちを振り返った。


「……エターナ、ベル。2人とも怪我はない? ミレイユのヒントが役に立ったね。グラキエスとの契約の効果を使わせてもらったよ。でもあれは、僕の力を解放しないと証明できないらしい……」


そこには、いつもの「僕」と呼ぶ、穏やかなエルムの笑みがあった。

だが、エターナの胸の奥で鳴り響く鼓動は、一向に収まる気配を見せない。


彼女は、自分の頬が異常に熱いのを感じていた。

(……何これ。この心拍数……あり得ない。死を覚悟したから?死ぬのが怖かったから? いや、違う……エルムが魔族だったから?それも違う……この感情、自分でも分からない……)


「あ……ありがとう。助かったよ。さっきのやつ、後でちゃんと説明してよね。」


彼女は、精一杯の「いつものトーン」でそう言ったが、その声は微かに震えていた。エルフの尖った耳の先が、雪の白とは正反対の、鮮やかな朱色に染まっている。


その光景を、ミレイユは扇で口元を隠し、ニヤニヤと楽しげに眺めていた。 「……やるじゃない、色男。……でも、あれを見られちゃった以上、もう『ただの旅人』じゃいられなくなるわよ?」


静まり返った管理局の陣営から、聞き覚えのある声の男が近づいてくる。


「……エルム殿! エルム殿っ! マルコシアスでございます。私の不手際で、こちらから先に発砲してしまい、不徳の致すところです。本当に助かりました。改めてお礼をさせていただきたい。それと、先ほどのお姿については、私も説明をお聞かせ願いたい。」


そんな中、管理局の兵隊の中から黒い影が逃げ出したのを、ミレイユだけでなく、管理官としての鋭い洞察力を持ち合わせるベルも見逃さなかった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ