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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第三章 最強コンビの路銀稼ぎ

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第11話 霧氷の谷の守護龍

白亜の都市メルシナ。その平穏な朝を切り裂いたのは、冒険者ギルド「銀翼の天秤」の屋根に設置された、緊急事態を告げる巨大な鐘の音だった。


普段の魔物襲来とは明らかに違う、低く重い響き。領主館からは伝令の早馬が石畳を叩いて四方へ飛び、港の船は一斉に出港を見合わせた。


事態を重く見た『テ・セレスト』メルシナ支店からも、最高幹部ヴァレリウスへ向けて「至急・最優先」の魔導通信が放たれた。


「…信じられない。街道の難所、霧氷の谷に『古龍グラキエス・レックス』が降臨したなんて。数千年はこの地で眠りについていたはずの神話が、なぜ今……!」


ギルドの喧騒の中、ベルは受け取った報告書を震える手で握りしめていた。その隣で、エターナはどこか居心地が悪そうに杖の先で地面を弄んでいる。


「エターナ様、まさか心当たりがあるんじゃ……」


「……。とりあえず、現地へ行こう。道が塞がれたままでは困るしね。それに、古龍という種族は本来は知能が高く、対話が可能なはず。理由を聞きに行くのが先決だよ。」


エルムがいつものように穏やかに二人を促し、一行は混乱する街を抜けて馬車を急がせた。


† † † † †


霧氷の谷。そこにいたのは、岩肌ではなく、蒼銀の鱗に覆われた巨大な山そのものだった。古龍アズール・レックスが、街道を完全に塞ぐ形で横たわっている。


龍がひとつ呼吸をするたびに、谷全体に凍てつくような魔圧が吹き荒れ、周囲の木々は一瞬でダイヤモンドダストへと変わっていく。


「グルゥゥゥゥ……ッ!!」


龍が黄金の瞳を開いた。エルムたちを捉えた瞬間、大気が軋むほどの咆哮が轟く。エターナが聖木の杖を振り、古の術式を展開した。瞬時にエルムたちの脳内に、龍の重厚な意識が直接流れ込んでくる。


『――不愉快だ。どこの誰かは知らぬが、あのような厚かましい魔力の結界で、我の安眠を完全に妨げたのは貴様らか?』


「エターナ、すごいね!龍と会話ができるよ。 

じゃあ、まずは君の寝起きについて教えて欲しいな。」


龍は黄金の瞳を細め、怒りと共にかつての因縁を語り始めた。


『貴様、生意気だが面白い人間だな……我は千年前、あの大樹――陽光の翠葉サンライト・エメラルドを見つけ、その香りがひどく気に入った。ゆえに、深い霧の迷路を張り、人間どもが辿り着けぬよう魔法をかけて微睡(まどろ)んでいたのだ。だというのに……昨日、何者かがその魔法をあっさりと踏み越え、あろうことか我の上にあのような強固な結界を張りおった。我の魔力感知が、警報を鳴らしっぱなしで寝られたものではない!』


エターナの張った「完璧な保護結界」が、この龍にとっては安眠を妨げる騒々しいアラームと化していたのだ。


エルムとベルがエターナを見ると、エターナは目を合わせず、明後日の方向を向いている。


(エターナ様、気付いてたんだ…)


「あはは……。ごめんね。君の『家』だとは知らずに、僕たちが勝手に厳重な戸締まりをしちゃったみたいだ。……原因は分かったことだし、もう一度安心して長い眠りに戻るってのはどうかな?」


エルムが一歩前に出て、龍の凄まじいプレッシャーを春風のように受け流しながら微笑んだ。


『……ふん。不躾に起こされた以上、すぐには寝付けん。……よかろう。寝起きの運動だ。我を満足させられたなら、願いを一つ聞こう。だが、できなければ……その脆弱な肉体ごと、この谷の肥やしとなれ』


「わかった。……エターナ、彼を起こしてしまった責任として、僕たちの周りに結界を張って欲しいな。」


「やっぱり起こしちゃったか。結界を張った時に、なんとなく違和感があったんだよね…エルム。了解。」


エターナは即座に応じた。杖を一振りすると、エルムと古龍を取り囲むように、巨大なドーム状の半透明な結界が展開された。極位防御魔法『銀界の籠(アルゲンタム・ドーム)』。


この内側でどれほどの衝撃が発生しようとも、外側の地形や観戦者には一切の影響を与えない。それは、神々の決闘を安全圏から見守る観客席を作るための古代魔法だった。


† † † † †


龍が巨大な鉤爪を振り上げた。一撃で城壁を粉砕する、絶対的な暴力の塊。対するエルムは剣を抜かず、左手で漆黒の鞘を掲げた。


――ガギィィィィィィン!!


衝突の瞬間、爆風のような衝撃波が結界の内側で荒れ狂った。しかし、エルムは微塵も揺るがない。彼は鞘の先端で数千トンの重圧を最小限の動作で「受け流し」、そのまま無造作に、龍の懐へと踏み込んだ。


(……何だ、今の感触は!?)


古龍の思考が一瞬停止した。自らの爪が、あたかも同じ古龍の鱗、あるいはそれ以上の硬度を持つ「何か」に弾かれたような錯覚。ただの人間が持つ鞘ごときで、古龍の剛力を完全に殺すなど、あり得るはずがない。


『速い……ッ!!』


流れるような鞘の打撃が、龍の関節や魔力の経絡を的確に叩く。エルムの動きは、戦いというよりは、優雅な舞いのようだった。魔力による強化も、武技の理屈も超えている。


古龍は戦慄した。この男の「存在」そのものの質量が、自分という古龍を凌駕していると直感したのだ。


龍が最後の抵抗として、口内に蒼白い極低温のブレスを溜め込む。その瞬間、エルムが地面を蹴った。垂直に跳び上がった彼の姿が、龍の視界から一瞬で消失する。


「ここだよ」


龍が顔を上げた瞬間、エルムは空中で身を翻し、全体重と加速を乗せた漆黒の鞘を、龍の顎の先端へとピンポイントで叩き込んだ。


――ドォォォォォォン!!


骨を伝う凄まじい振動。龍の脳を直接揺さぶる衝撃に、アズール・レックスの巨体が大きく浮き上がり、そのまま音を立てて大地へと崩れ落ちた。土煙が舞い、龍の黄金の瞳が、驚愕と敗北感と共に静かに閉じる。


沈黙。やがて、ゆっくりと頭を上げた古龍は、目の前の「人間」を、畏怖すべき上位の存在として認め、静かに問いかけた。


『……見事だ。……人間よ、貴様の名前を教えておけ。我を力で屈服させた者の名を刻まねば、我の誇りが承知せん』


「エルムだよ。……さて、約束だね。君には、この街メルシナの『守護者』になってほしいんだ。あの大樹と、この街を守ってほしい」


『エルムか……忘れることはないだろう。……いいだろう、契約だ。お前のその腕に免じて、この地を私の守護下に置こう』


龍が深く頭を下げ、エルムの手の甲に青白い古龍の紋章が刻まれた。それは「支配」ではなく、対等な強者としての「契約」の証であった。


† † † † †


この時、谷の岩陰には、ギルドから派遣された精鋭の偵察兵が潜んでいた。彼は震える手で魔導通信機を起動し、信じがたい報告を送り始めた。


「……一人の青年が……鞘一本で、伝説の古龍を沈めました……!」


メルシナ冒険者ギルドでは、昨日の「下水道事件」と「陽光の翠葉《サンライト・エメラルド》の発見・保護の事件」により、Fランクパーティー『BEE』の異例のBランク飛び級昇格が内定していた。


だが今、ギルドマスターの口から告げられたのは、さらなる驚愕の決定だった。


「諸君、我々はこの事態の重さを理解せねばならん。……いいか、この世界には7頭の古龍が存在する。かつて魔王たちが大陸を分割統治した際、その境界線となったのが古龍の生息域だ。


古龍が暴走すれば一国が消える。ゆえに、古龍が鎮座する地域を、それぞれ7人の魔王が責任を持って管理する……それが、魔界と人界の暗黙の安全保障だ」


ギルドマスターは、真っ青な顔で冷や汗を拭った。


「そして、このメルシナ周辺を統治区域としているのは、第3魔王サタン様。……今回の古龍の覚醒は、サタン様が直々に動き出さねばならぬレベルの事件だった。


それを、あの新人たちが『懐柔』してしまった…。これはもはや、Bランクどころの話ではない。彼らを特例で『Sランク』へ昇格させる。そして、事後処理をすべて魔王軍に投げる。…他に対処法が思いつかん!」


† † † † †


一方、魔王直属の総統マルコシアスの執務室。

マルコシアスは、血走った目でペンを走らせていた。有能すぎるがゆえに、魔王サタンの無理難題をすべて一手に引き受ける「最強の社畜」である。


そこへ、通信兵が血相を変えて飛び込んできた。


「マルコシアス閣下! メルシナより緊急連絡! サタン様領内の古龍グラキエス・レックスが覚醒、および……懐柔されました!」


「――何だとぉぉぉ!?」


マルコシアスは椅子を蹴って立ち上がった。とんでもない厄介ごとの予感…冷や汗が止まらない。まだ胃薬は残っていたか…?


「実行者は……ギルドがSランクに飛び級させたパーティー『BEE』。名は……エルム」


「……Sランクに飛び級?エルムだと?」


マルコシアスは、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。そこには、先日ヴァレリウスから届いた「お茶会」への招待状と共に、一人の青年の名前が記されていた。


(ヴァレリウス殿が手紙で言っていた『無事でいたければ手を出すな』というのは、この男のことだったのか……。しかも古龍を懐柔だと……!?)


マルコシアスは、サタンへの報告書の書き方を必死に考えた。下手に放置してサタンが自分で行くとでも言い出せば、街一つ消えかねない。かと言って「討伐しろ」と言われて、自分がこの怪物たちの相手をするのも御免だ。


「…こうなったら直接確かめるしかないな。このままでは私の胃に穴が開く… ヴァレリウス殿の手紙の件もある。……よし、Sランク承認のための面談という名目で、私が直接メルシナへ行く。手配しろ!」


魔王軍随一の有能な社畜は、半泣きで軍服を整えながら、歴史の歯車を加速させるべく戦場メルシナへと向かう決意をするのだった。

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