第6話
男性は2人の元までやって来ると、
「私は専属キャディーのスティーブと申します。最終ホールまでご案内させて頂きますので、何でもお申し付けください」変換機を通して丁寧な日本語とお辞儀で自己紹介をした。
「斎藤隆です、こちらこそどうぞよろしくお願いします」隆はスティーブの丁寧な言葉遣いにつられて思わず深く頭を下げる。
一方、堅苦しいのが嫌いな美沙はそんなやりとりを見て、
「美沙で──す!」と片手を挙げながら、わざと軽い挨拶をした。
するとキャディーは口元の変換機を外し、
「スティーブさんでぇ──すぅ!」今度は生声の変な日本語で返し、その場の雰囲気を一気に和ませた。
ゴルフは4人まで一緒にプレー出来るので、2人だけの組に見ず知らずの他人が加わることも会員制のクラブでは珍しくなかった。
会員に扮してのコンタクトを期待していた隆はそれがないと判って少しがっかりしたが、ショットの度に笑わせてくれるスティーブの冗談ですぐにそんなことは忘れていった。
5ホール目、3人はショートホールにやってくる。
ティーグランドからグリーンの状況を確認した隆がピンまでの距離を訊ねるためにカートと共にやってきたスティーブへ歩み寄ると突然、名刺のようなものを差し出した。
「私はGCNL株式会社のエージェントです。このままプレーを続けながら、当社のサービスについてご説明いたします」と変換機を通じて小さな声で告げる。
それが変身術の事だとすぐに理解したが、コンタクトはないと思い込んでいた隆は不意を突かれて言葉を失った。
唖然としながらただ渡された名刺を見つめていたがふと我に返り、とっさにその手をポケットにしまう。
誰かに見られていないかと辺りを見回す隆に
「大丈夫、我々の他にプレーしている人はいません」スティーブは笑みを見せた。
その言葉に安心してポケットから手を出すと、深いグリーン地の名刺には金色の文字でスティーブ・クラークとだけ書かれている。
隆は手の中の名刺を見つめながら、あれだけコンタクトのことを意識していた自分にこれがそうであると少しも気付かせなかったスティーブは只者ではないと思っていた。
そんな2人の様子をティーグラウンドから不思議そうに見ていた美沙が近づいてくる。
「もしかして、コンタクトなの?」隆の耳元で囁くように言った後、不安な表情を隣のスティーブへ向けた。
スティーブは真剣な顔で小さく頷いた後、すぐに満面の笑みを浮かべて
「グリーンの向こう側には大きなバンカーちゃんが隠れてますからねー。お砂遊びをしたい人以外は奥を攻めちゃ、ダメよぉ〜」先ほどまでのふざけた口調に戻って告げる。
隆はそうやってふざける姿を見て、先ほどGCNLのエージェントだと言ったことも冗談のように思えた。
ショットを終えてグリーンに向って歩き始めると、
「今回は我々のサービスへお申し込み頂き、ありがとうございます。これから『50歳のメタモルフォーゼ』つまり、世間で呼ばれる『変身術』がどんなものであるかやその手続きについて詳しくお話してまいります」そう前置きをしてスティーブが説明を始めた。
「変身術はもともと諜報活動や戦闘を有利に運ぶことを目的として研究・開発されたようです…」と変身術が生まれた経緯から話し始め、「具体的には変身した諜報部員が敵国の要人のペットとなって人の姿では絶対に得られない情報を手に入れたり、兵士をイルカなど海の動物に変身させて洋上の戦闘を勝利へ導いていたようです。しかし、世界の目が宇宙空間における戦争へ向けられると変身術は時代遅れとなって国家機密として封印されてしまったのです」と実例を交えて説明する。
「ヘヴン・プロジェクト・ロー施行の1年後、その国家機密を手に入れた我々はGCNLを設立し、50歳以降も生きる方法として変身術の提供を始めました。しかし当時は人間の姿で生き長らえたいと思う人が多かった為、動物として生き続けることが違法でないにも関わらず変身術は見向きもされませんでした」
「人の姿で違法に生き続けるのは困難が多いと分かってからは合法的な手段として注目されますが、変身で一儲けを企もうとする組織が現れます。その組織は我々の技術を真似ようと人々を誘拐して実験台にした為、変身術のイメージはただの悪とされてしまいました」
「その後、変身が違法となって益々窮地に立たされますが全ての困難を乗り越え、今では世界で唯一のものになっています」スティーブは小さいがはっきりと聞こえる声で話を続ける。
「変身術は人間の脳を動物に移植するというハード面だけでなく、移植の際に埋め込むマイクロコンピューターのプログラム開発といったソフト面においても卓越した技術が必要とされています。人間の記憶と感情を保ちながら動物本来の能力で生きられるのはマイコンが移植した人間の脳と動物の脳を繋いでいるからで、そこが最も重要な部分なのです」
そこまで話すと一旦間を置いて質問を待つように2人を見た。
変身が想像していたものとは全く逆だったと思った隆が
「変身といっても人が動物の身体を得るのではなく、動物の身体に人の脳が移植されるということなんですね」そう訊ねると、
「仰る通りです。移植する隆さん脳の一部と共に埋め込まれるマイクロコンピューターが人間の時の記憶や考え方を動物側の脳に追加してくれる、というのが正しいイメージと言えるでしょう。その難しい変身術をこなせる医師がオーストラリアには20人おり、全世界では300人ほどが活躍しています。皆、同レベルの技術を取得しているので世界中どこでも安心して変身術が受けられますよ。日本での手術をご希望なら、もちろんそれも可能です」スティーブはそう答えて笑みを見せた。
その後もショットの合間に歩きながらの説明が続く。
「当社、表向きは『ヘヴン・プロジェクト・ロー』の執行場を世界各地で運営する会社です。執行に立ち会う医師や弁護士が多く在籍しており、法律上の提出書類は全て正式なものを発行できますので安心して私どもにお任せください」
ショットの度に中断し、歩き始めると再開するという途切れ途切れのものだったにも関わらず、スティーブの説明は要点をついた明解なもので2人はその内容を完全に理解することが出来た。
その上、日本で疑問に思っていた点や心配していた全ての事に対して回答と解決策が含まれていた為、あれこれ質問する必要もなかった。
世界法の『ヘヴン・プロジェクト・ロー』は『命の相続』を認可されたヘヴン執行場で行うことを定めていることに加え、病気や事故で死亡した場合の細かい規定も設けていた。
その為、変身術後の遺体を使って病死や事故死に見せかけようとしても徹底的な調査によって全てがバレてしまうのだった。
また、ヘヴン執行場が発行する執行済証を死亡診断書と共にヘヴン・プロジェクト庁へ提出しなくてはならない日本独自の規定まである。
執行済証だけなら偽造で何とかなるかもしれないが、ヘヴンへ行ったという事実を作るのはそれが認可された執行場では到底不可能だ。
しかしそんな難題ですら、ヘヴン執行場を運営しているという予想だにしない答えであっさり解決されてしまう。
執行済証と死亡診断書は正規のものが発行され、執行の偽装まで可能だと聞かされた隆はこの方法で変身がバレる事は絶対にないと確信し、この変身術を教えてくれた知人に今更ながら感謝していた。
「先ほどお渡しした名刺は仮契約証となっており、隆さんだと判るように識別番号が与えられています。本契約手続きの際に必要ですので大切に保管してください」
そう言われた隆はポケットの名刺を取り出してみるが、名前が書かれているだけで何処にもそんな番号はなかった。
スティーブによると識別番号は本契約手続きのメールに添付される特別なアプリだけが読み込める仕組みになっているらしい。
「代金の支払いはどうすれば良いですか?」と隆が尋ねると、
「リーフレットの金額を仮想通貨のdgt.でお振り込み下さい。振り込まれた代金は少額の支払いに分割された後、世界中のバーチャルバンクや投資会社などを経由して我々の元へ届くようになっております。変身術の支払いだと知られる事は絶対にありませんので、その点もご安心ください」と告げて微笑む。
短い質問を投げかけるだけで知りたいことの全てに答えてくれるという丁寧なやりとりではあったが、説明を終えるのに最終ホールまで必要としなかった。
隆と美沙の2人は残りの4ホールを絶えずに繰り出されるスティーブの冗談と共に楽しんだ。




