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メタモルフォーズ  -変身-  作者: 神家数熨斗


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第5話

「当機は間もなく、メルボルン国際空港に着陸いたします。現地の天候は快晴、気温は32度、湿度は40パーセントです。尚、降下の際の気圧変化に敏感(びんかん)な方や耳鼻科で治療中の方はお近くのアテンダントまでお知らせください」

「Attention please. we will be landing at Melbourne International Airport.....」


 日本語の後に続く英語の機内アナウンスが終わると、

「私、着陸してからしばらくの間は耳が聞こえづらくなるのよ…」美沙が隆の顔を見ながら(つぶや)いて(まゆ)をひそめた。


 隣の夫婦はといえば離陸後もしばらくの間は緊張していたが、やがてそのスムーズな乗り心地に安心したようで、窓からの景色(けしき)(なが)めたり宿泊予定のホテルについて2人であれこれ話し合っていた。

 その後1時間程すると昨晩は初めて乗る飛行機の緊張から眠れなかったのか、備え付けの毛布を掛けて寝てしまい、先ほどのアナウンスでも起きる気配はない。



 5分後、飛行機は静かに垂直降下を始め、ターミナルビルの脇に音もなく着陸した。


 機体に20ヶ所程あるドアが開いて乗客が一斉(いっせい)に降り始め、その混雑がひと段落したところで隆と美沙も荷物を手に立ち上がる。


 隣では夫婦がまだ夢の中だったが隆はキャビンアテンダントに(やさ)しく起こされた方が良いだろうと思い、声を掛けずに座席を後にした。

 そしてドアへ急ぐ美沙の後姿を追いながら、この旅行が2人にとって思い出深いものになるよう祈らずにはいられなかった。


 機内から出るとそこは両側に免税店が立ち並ぶ広いコンコースになっていて、天井に吊られたサインボードの光る文字が真っすぐ行けば『ドローンタクシー乗り場』、左へ進めば『トラムの国際空港駅』だと示している。

 トラムで市内のあちこちを見て回ったり買い物をしながらホテルへ向かう人が多い中、観光以外の目的でここへ来た隆と美沙は足早にドローンタクシー乗り場へ向かう。


 自動運転のドローンタクシーは人件費(じんけんひ)が掛からないという理由で市内ならどこへ行っても無料な上、アプリで呼べばすぐに来てくれるので観光客にとって有難い存在だ。


 地上を走るトラムも自動運転ではあるが前に運転手が乗り、後ろの車掌(しゃしょう)が利用客からコインを徴収(ちょうしゅう)するという昔のスタイルを再現する為に有料とせざるを得ないようだ。

 勿論(もちろん)スマートウォッチで支払う事も可能だがコインを手渡す時の車掌(しゃしょう)とのやりとりが面白く、それをSNSのネタにしようと多くの観光客がデジタル通過をコインに両替してから駅へ向かう。



 2人が乗ったドローンタクシーは3分程で真新しい外観を持つ、オープンしたばかりの『ロイヤル・オージーホテル』に到着した。

 隆が選んだ海岸沿いに立つホテルは3階建てと小さいが、ゴルフコースやテニスコートなどのスポーツ施設が充実している上、プライベートビーチまである。

 市内の中心地へ歩いて行かれないので観光には不便かもしれないが、喧騒から離れている分、静かでゆったりくつろげる所だった。


 ドローンタクシーを降り、正面エントランスからロビーに入った2人の横に自動ラゲッジカートが近づいてきてで止まる。

 カートは荷物を乗せられるとスマートチェックインへ向かう2人の後を静かに付いていく。


 隆が腕に巻いたスマートウォッチをチェックイン用スキャナーへ(かざ)す。


 すると、壁の何処かにあるスピーカーから

「ようこそ、ロイヤル・オージーホテルへ」と日本語のアナウンスが流れ、「ライトの示す方へお進みください」という案内が続いた。

 点灯しないとそこにある事が分からないライトが床と壁で点滅(てんめつ)を始め、それが示す通りに行けば自分の部屋に辿(たど)()けるという仕掛けだ。


 メルボルンも東京も世界的に有名な観光地として変わりないがホテルのチェックイン方式は違っていて、ここは(ほとん)どが無人のスマートチェックインのようだ。



 点滅するライトに(みちび)かれるままエレベーターで3階へ上がると、今まで後を付いてきたカートが2人を追い越し、自分で部屋のドアを開けて入っていく。

 ラゲッジカートは使い()れていたが、どれもドアの前まで荷物を運んでくれるだけで部屋の中まで入っていくのは初めてだった。


 2人が(おどろ)いて顔を見合(みあ)わせ急いで後を追うと、自動カートは()せられた荷物をクローゼットの棚の上に移していた。


 美沙はクローゼットから出てきた空のカートをまじまじと見て、

「へぇー、最新式ね!」と感心したように言う。


 一緒にそれを見ていたハイテク好きの隆は

「3ヶ月前にオープンしたばかりのホテルだからね!」と少し自慢(じまん)げに答えた。




 普通の飛行機でオーストラリアまでは3時間、今日は早起きして7時半の飛行機に乗ってきたのでまだ11時前だった。

 食糧危機になってからは昼食を取らない人が多くなり隆と美沙もその生活スタイルだったから、食事の時間に(しば)られず夕方までたっぷり時間がある。

 ソファに腰掛けた隆はしばらく思いを(めぐ)らせた後、何か思い付いたようにして部屋に備え付けのゴーグル式端末を探し始める。


「なに探してるの?」と、その音を聞きつけた美沙がクローゼットから顔を出した。


「ゴルフコースの空き状況が知りたくて…、今からでも1ラウンドする時間は十分にあるからね」

隆がチェストの引出で見つけたゴーグルを顔に着けながら答えると、美沙は何も言わずにクローゼットへ戻っていった。


 ゴーグルの電源を入れると真っ暗だった内部が明るくなり、ホームメニューが表示される。

 隆が『ゴルフ』と書かれた部分に視線を合わせて瞬きするとそこがクリックされ、すぐに1番ホールから順にゴルフコースの空撮(くうさつ)動画が映し出されていく。


 隆はそのコース映像を見ながらここへ来た本当の目的について考え始めた。


 日本で受け取ったメールの指示通りオーストラリアまでやって来たものの、いまだに変身術の申し込みが出来るという確信は持てていない。

 変身術は違法行為だから仕方ないのかも知れないが相手に全てを(ゆだ)ねるしかなく、こちらが出来る事といえば旅行を楽しみながらコンタクトを待つということだけなのだ。

 隆は待つだけという簡単すぎる相手からの指示に従うばかりではコンタクトを(のが)しかねないと思っていて、旅行中は(みずか)らその機会を作るつもりだった。


 相手がどんな状況を望むのか分からず、ただ人が(みつ)にならない場所として選んだゴルフ場の映像に『ロイヤルオージー・メンバーシップクラブ&リゾート』の文字があるのを見つけた隆はゴーグルの中で目を細めた。

 会員制のゴルフ場であれば1人でやって来た会員が他の人と共にプレーするのは当たり前で、それがコンタクトだとしても不自然(ふしぜん)には見えないと考えたのだ。


 メニューの中から『プレーの予約』を選び混み具合を確認すると、1時間後からはかなり空いていた。

 クローゼットから出てきた美沙にその状況を告げゴルフに誘ってみるが、窓の向こうの眩しいほど明るい景色を見て困った顔になってしまう。


 その気にさせたかった隆が

「さっき映像で見たけど、ここは林間(りんかん)に造られたコースで木陰(こかげ)が沢山ある。そんなに日焼けは気にしなくてイイ筈だよ」(あわ)ててそう付け加えると、

「チェックインの時、窓越(まどご)しに見えていたコースなら目と鼻の先ね。終わったら直ぐにシャワーを浴びられるわ!」美沙は嬉しそうに言うとゴルフウエアへ着替える為、再びクローゼットに消えた。


 ホッとしながらプレーの予約を済ませた隆はレンタルクラブを2人分頼んでから予約番号をスマートウォッチに転送し、そのままベッドの脇でゴルフウエアに着替え始める。



 エレベーターで1階に下りてみると、チェックインの時ホテルのラウンジだと思ったスペースがゴルフ場のクラブハウスを()ねていた。

 プレーの受付機を捜してクラブハウスを(のぞ)いてみたが、飲み物の自動販売機があるだけで誰もいない。

 横にあるドアから外へ出てみても受付機は何処(どこ)にもなく、正面にある大きな練習用グリーンの縁に沿って白い大理石(だいりせき)小道(こみち)がカーブして何処かへ続いているだけだ。


 スタートホールの場所は知らなかったが、(かん)(たよ)りに大理石の小道を行くと思った通り、1番ホールに辿(だと)り着いた。

 そこにあるプレー受付機でチェックインを済ませた隆が隣の自動販売機でアイスラテが出来上がるのを待っていると、クラブを載せた自動カートが石畳(いしだたみ)()れながら通り過ぎる。


 ティーグラウンドで停止したカートの横で淹れたてのカフェラテを味わっていると大理石の小道から1人の男性が現れた。

 『インタープリター』と呼ばれる言語変換機(げんごへんかんき)口元(くちもと)()けた背の高い男性は2人を見るなり、

「お待たせしました。いつでもスタートできますよ!」正確な日本語と(さわ)やかな笑顔を投げかけてくる。


 その男性はゴルフ場の専属キャディーで、ここをプレーしたことがない隆はレンタルクラブと共にコースの案内人も予約していたのだった。


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