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第44話

「えっ、だれ?」早川が倉庫を見回しながら言う。


『クロトラだ…』その声が再び頭の中で響いた。


「クロトラ………」早川は自分の記憶を辿(たど)りながらそう(つぶや)いた後、「あの…、超能力ネコ?…」と以前、美沙から聞いた事を思い出して再び(つぶや)いた。


『俺はもう長くない…。だから美沙に伝えてくれ…』


『…ここにいる変身ネコの殆どは…電磁パルス照射を受けて…、苦しみから解放されたと…』クロトラは苦しそうに語る。


「苦しみから…?」早川がその言葉に疑問を感じて訊ねると、

『そうだ…。大切な人の為にやむなく選んだ、変身ネコの(つら)(きび)しい生活から…』その答えが頭の中に響いてきた。


(愛する人のためって? 自分が生き続けたいからじゃないの?)早川がそう考えただけで、

『ネコになってまで生き続けたいと思う人間が…本当にいると思うのか?…』クロトラがすぐに()(かえ)してくる。


「……………」その問いの答えを見つけられずにいる早川に、

『ここにいたのは…大切な人を支える為に変身した者ばかりだ。その殆どが愛する人と死に別れたか、信じていた人に捨てられて住む場所を失ったネコだった…』、『人間の記憶を抱えながら野良ネコの過酷な日々を生きねばならなくなった…可哀想(かわいそう)なネコ達なのだ。そして死ぬまで人間の記憶で苦しむ…』と語り続ける。


 早川の頭の中にヘヴンに行った父の顔が(よみがえ)り、それでも変身術は違法だと思った。


 短い沈黙(ちんもく)の後、

『お前が思うように…変身は違法行為だ…。だが(ほとん)どの者は大切なものを守るために…そうせざるを得なかったのだ…』

『自分のためでなく愛する人を支えるために…。人間の残飯(ざんぱん)を食べ、日の当たらない場所でひっそり生きる事を覚悟(かくご)した強く(やさ)しい者達だ…』


『だが、その代償(だいしょう)は大きい…。人間の記憶を持ったまま生きなくてはならない変身ネコの…生活は悲劇(ひげき)そのものでしかない…』



『だからこれ以上…、不幸な変身ネコを…生み出してはいけない…』




『…それを…美沙に…伝えて…欲し…い……』


 クロトラは語り終えると苦しそうに頭を()らし、歯を食いしばったまま2度と動かなくなった。


「クロトラさん! 美沙さんは…」そう言い掛けた早川の言葉は聞く者がいなくなって、暗い倉庫に(むな)しく(ひび)いただけだった。



 デリバリーの最後の公園に到着した早川はクロトラの亡骸(なきがら)(かか)えて小高(こだか)い場所まで歩いて行く。

 以前、サビ柄のネコを埋めた所で立ち止まると隣に穴を掘ってクロトラを寝かせ、美沙がしていたようにネコ缶を1つ置いてそっと土を(かぶ)せる。


 2匹が眠る場所を見詰めながら、

『変身ネコの生活は悲劇そのものでしかない…』、『これ以上不幸な変身ネコを生み出してはいけない…』というクロトラの最期の言葉を思い出し、全ての変身ネコがその辛い生活から解放されるよう手を合わせて祈った。


 早川はクロトラとのやりとりを通じて、()(あざむ)いて長生きする為の手段(しゅだん)だと思っていた変身術が、愛する人を支える為の苦渋(くじゅう)の決断である事を初めて知った。

 もし野良になれば、そこには辛く苦しい暮らしが待っているのだという現実も知り、自分の変身に対する考えは間違っていたかも知れないと思い始めていた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 早川に変身すると告白した後、ずっと自宅に(こも)ったまま自分の人生を(なげ)いていた美沙は、次第にこの世からいなくなってしまいたいと望むようになった。


 夕方、薄暗い書斎で隆の事を想いながら(ひざ)(かか)えていると、どうしようもない(むな)しさに(おそ)われて思わず家を飛び出す。

 項垂(うなだ)れて夢遊病者(むゆうびょうしゃ)のように何時間もフラフラと歩き回り、気がつくとデリバリーの最終地点、すなわち隆と再会を約束した場所にいた。


 涙で濡れたその顔を上げ、

「隆…。今、何処にいるの?」と公園を見渡(みわた)しながら(つぶや)き、変身出来ないのならヘヴンに行く前に会って(あやま)りたいと思った。


 芝生の上にへたり込んだ美沙は

「私はずっとここで待つわ。だから会いにきて…、隆…」


「野良ネコの(つら)(きび)しい生活をさせて、ごめんなさい…」


「私の事はもう忘れていい。だから自由に…そして、少しでも楽に生きて…」とただ隆に会いたくて、(ひと)(ごと)を続ける。


 大粒の涙を流しながら

「ネコになって再会すると言い出したのは私なのに…。自分から約束を破ってごめんなさい…」


「もう、どこにも行かないから…。死ぬまでずっとここにいるから…」


「天国でまた…隆に会えると…、いいな…」と弱々しい声で呟き、


「…………………」最後は何も言えなくなってしまい、両腕で抱えた膝に顔をうずめる。


 そのまま声も出さずに泣いていると、

「ニャー」すぐそばで突然、ネコが鳴いた。


 その声にハッとした美沙が、

「たかし!?」と(さけ)んで顔を上げると1匹の三毛(みけ)ネコが目の前に座っていた。


 三毛ネコは視線が合うと目を細め、そのままそこに伏せた。


 (まわ)りに座っている数十匹のネコが美沙のことをじっと見詰めていて、その中には小さい声で鳴きながら少しずつ近づいてくるのもいた。

 (すで)()が落ちて(あた)りは暗く、頭が朦朧(もうろう)としていた美沙はそこが何処なのかすら分からず、自分はもう天国にいるのだと錯覚(さっかく)した。



 しばらくすると、1台の見慣(みな)れたドローンが空から降下してくる。

 地面に座っている美沙からは少し(はな)れた場所に着陸し、ハーモニカの音楽を流す自動カートと共に早川が降りてきた。


「えっ、美沙さん…」早川は(ひざ)を抱えて地面に座る美沙の姿に驚いて立ち止まり、「今日も迎えに行ったのに…こんな所で…」()れたその(ほお)を見て心配そうに呟く。


 大勢(おおぜい)のネコが一斉(いっせい)に早川の足元に集まって大きな声で鳴き始めると、美沙に気を取られたまま立ち尽くしていた早川はようやく我に返ってネコ缶を配り始めた。


 どのネコも目の前に置かれたネコ缶へすぐに飛びつき、必死で食べながらいつもと雰囲気(ふんいき)が違う美沙のことが気になるのか時々そちらへ視線を向ける。

 そうして何かに気を取られながらも決して食べることを止めないネコ達の姿を見て、美沙は生きることとはどういうことかを教えられている気がしてきた。


 目の前で懸命(けんめい)に餌を食べるネコは皆、同じように見えるが、本物の野良ネコと変身野良ネコの両方がいる筈だった。

 そのどちらのネコも(つら)(きび)しい野良の日々を送りながら決して生きることを(あきら)めず、こうして毎日懸命(けんめい)に食べているのだ。


 必死でネコ缶に喰らい付く光景が、死んでしまいたいと思ったことへの(いまし)めのように美沙の目に(うつ)った。

 何があろうと、ただ今を生き抜こうとする生命(いのち)の本質を()()たりにし、生きるのに理由は要らないのだと痛感(つうかん)せずにはいられならなかった。


 美沙は目覚めたように立ち上がるとその手で涙を(ぬぐ)い、自動カートからネコ缶を取り出してデリバリーを始めた。


(みんな、ありがとう! ネコに変身してもヘヴンに行く事になっても、命が()きるまで精一杯(せいいっぱい)生きるわ)美沙は心の中でネコ達にお礼を言いながら次々にネコ缶を置いていった。


 何も言わずにデリバリーを続けていた早川は、そんな美沙を見て心から安堵(あんど)していた。



 その日、早川は何も言わずに美沙を家まで送ると、

「クロトラさんが死んだの…」別れ際にドローンの中で告げた。


 その言葉が信じられなかった美沙は

「えっ、なぜクロトラさんが…、クロトラさんに会ったの?」早川の両肩を(つか)んで、「それは本当にクロトラさんだったの?」と何度も訊ねる。


「美沙さんへの伝言(でんごん)を預かったわ…」そう言って残念そうに下を向く早川を見て、美沙は力なく両腕を下ろした。


 短い沈黙の後に早川は顔を上げ、クロトラから(たく)された言葉を一語一語(いちごいちご)、確かめながらゆっくり伝えた。



「クロトラさん…」目を閉じてその言葉を聞いていた美沙はそう(つぶや)いて、「ありがとう。最後まで私達の事を心配してくれたのね…」とそのまま泣き崩れた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 3日後、美沙はデリバリーを終えたドローンの中で再び早川に変身術の引取人になってくれるよう頼んだ。


「変身ネコの生活は悲惨(ひさん)だとわかっているのにどうして?…。クロトラさんの言葉通りなら、隆さんも記憶を消されてしまったかも知れないのに何故?…」

 早川は美沙を見て()めるような口調(くちょう)で言ったが、その目は(やさ)しかった。


「それでも変身するつもり?」さらに強い口調で訊ねる早川に、

「私は自分の命が尽きるまで精一杯生きると決めたの! 隆が死んだと確信するまでは、自分の(つぐな)いを(あきら)めないと決めたの!」美沙はその()るぎない決心を示す為にキッパリ言い切り、「勝手だけどトシちゃんを引取人として指定させてもらうわ。もし、(いや)なら断っても良いのよ。その時は運命だと思ってヘヴンへ行くわ」と続けた。


「……………」早川は悲しそうにしているだけで何も言えずにいる。


「引取人を承諾(しょうだく)した後に気が変わったのなら、引き取りに行かなければいい。そうすれば私を変身ネコの悲惨な生活に送り込んでしまったと後悔(こうかい)しなくて済むわ」美沙は苦悩(くのう)するであろう早川を気遣(きづか)った。


「私はトシちゃんが引き取りに来なくても決して(あきら)めないわ。そこから逃げ出してでも隆に会いに行く。そうやって精一杯努力してもダメだったらそれが私の運命だと受け入れるわ」美沙はそう言うと早川の目をじっと見詰め、「私の運命を(たく)せるのはトシちゃんだけなの。あなたの判断なら、それがどんな形でも私達2人にとって最善(さいぜん)だったと思える。信じて(まか)せられるのはあなただけなの」続けてそう言うと早川を強く抱きしめる。


「今日で私のデリバリーは最後よ、今までありがとう。トシちゃんがいてくれて本当に心強かったし、楽しく生きる事ができた。私の事はもう(かま)わなくていいから自分のために良い人生を生きてね」美沙は早川の耳元でそう告げ、ドローンを降りるとまっすぐ歩いて1度も振り返らずに家の中に消えた。


 美沙の後ろ姿を涙で(にじ)ませながら、早川にはこれが最後の別れだという実感が()かなかった。


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