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第43話

 隆はそうやって美沙のことを気遣(きづか)う理由を訊ねたかったが、何か言おうとするクロトラを見て次の言葉を待つことにした。


『…美沙に変身を諦めさせヘヴンに行かせる事さえ出来れば…、お前が再会の為に人間の記憶を保つ必要はなくなり、野良ネコの世界をもっと自由に生きられる…』クロトラはそこまで語ると弱々しく息を吐く。


 クロトラの年齢は知らないが、隆はその命がもう長くない事をネコの直感(ちょっかん)で理解した。



 呼吸を整えたクロトラは

『美沙は変身を(あきら)めてはいない…。だから隆が戻ってくる前に説得し、お前を楽にしてやろうと思っていたのだが…』再び語り始め、『俺はもう長くはない…、隆の為に何かしてから死にたかった…』と語った。


「僕のために?…、何故(なぜ)?」隆が不思議そうに訊ねると、

『それを訊きたかったのは俺たちの方だ…』とクロトラは力を込めた後、『取り締まりの男と対峙(たいじ)した時や柳瀬親子の再会を助けた時、修一と由美子に真実を明かした時もそうだった。お前は逮捕される危険を(おか)してまで俺達、変身ネコを助けてくれた』静かな声で語る。


『俺は何故そんな事をするのかと、いつもお前に訊きたかった…』クロトラは(やさ)しい眼差(まなざ)しで隆を見詰めた。


『だがもう、それを訊く必要はない。誰かを助けたいという気持ちに理由は無いのだと、ようやく俺にも分かってきた…』クロトラはそこまで語ると突然、(するど)い目になって背後の空へ振り返り、『奴らが来るぞ! 隆、逃げろ!』すぐに大きな声を響かせた。


 空に2つの黒い影が現れた途端、ビィビイーンと空気を(ふる)わせる音がして隆の身体をパルスが(かす)める。

 これまで数えきれない程聞いてきた音と全身の毛が逆立(さかだ)つ感覚により身体が勝手に反応した隆は4段飛びで階段を()け下り、気づけば道路を疾走(しっそう)していた。


 電波銃は距離に応じてパルスを調整する為、早く遠ざかるものに対しては照射が遅れるという事を隆は知っていたのだ。


(まだ、死ぬ訳にはいかないんだ!!)と隆は心の中で叫びながら出来るだけ早く走る。


 ネコの隆でもさすがに息が上がってもう走れないと思った頃、オレンジ色に塗られた通信用アンテナを見つけてその陰に飛び込んだ

 追ってきたドローンのうち1台は諦めきれない様子で上空をホヴァリングし始めるが、しばらくすると音も無く何処かへ飛び去った。


 隆は様々な土地で出会う変身ネコからパルス照射の回避方法を(いく)つか学び、それを実践することで今日まで()()びてきたが、その中でも通信用アンテナを利用するのが最も有効だったのだ。


 元々ドローンに積まれる電子銃はパルスのビーム角を狭めたピンポイント照射が可能で周囲への影響は少ないとされていたが、相手が動きの速い動物の場合は狙いを外すことも多く、甚大(じんだい)な被害に(つな)がることもあった。

 過去に取り締まりのパルスが自動運転制御用じどううんてんせいぎょようのアンテナに当たり、至る所で交通事故が発生する事態を招いたこともあるが、それはあらゆる電子機器を破壊(はかい)してしまう電磁パルスの性質が原因だった。


 取り締まりの開始に先立(さきだ)って警察や消防が使うアンテナにはパルス対策が(ほどこ)されたが未だに古いままのものも多く、(こわ)れると社会活動に影響が出るものは一目で分かるようオレンジ色に塗られ、付近での取り締まりを(ひか)える事になったのだ。

 放浪中(ほうろうちゅう)に出会った変身ネコからアンテナのことを教えられ、実際の取り締まりで効果を確認した隆はその方法で何度も命拾(いのちびろ)いしてきたのだった。


 アンテナの影で呼吸を整えていた隆はクロトラの事が心配になり、再び取り締まりに()う危険はあったが倉庫へ戻る事にする。

 想像した通り何度もドローンに遭遇(そうぐう)し、その度に近くのアンテナに(かく)れてやり過ごさねばならなかったが、なんとか倉庫の前に辿(たど)り着いた。


 すでに暗くなった空に注意を払いながら倉庫を1周してみるが最初に来た時と同様にネコの姿はなく、まるで取り締まりが(うそ)だったかのように静まり返っている。

 警戒しながら()びたドアへ近づいていき中を(のぞ)いて見ると、奥の方で地面に倒れたクロトラを数十匹のネコが見守(みまも)っていた。


(クロトラ!…)隆が声を出さずに言ったが返事はない。


 パルス照射を受けてしまったのだと思い助けに行こうとした時、飛行灯(ひこうとう)を点滅させた1台のドローンが降下してくる。

 取り締まりでないのはすぐに判ったが降りてきたのがデリバリー用のドローンだった為、美沙が乗っていると思った隆は急いで姿を隠した。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「変身術など必要としない強さを持たねばならない──」

「死を受け入れる強さを持って初めて、すべての生命と共に生きられる──」

「あらゆる生命の未来は人間の生き方に(ゆだ)ねられていることを忘れてはならない──」


 デリバリーの途中、早川はドローンの中で父親が最期に残した言葉を思い出し、その意味を考えてみる。


 美沙から変身するつもりだと聞かされた時、その最期の言葉が脳裏(のうり)(よみがえ)った早川は父親を裏切りたくなくて、何も答えずに家を飛び出してしまった。

 それからはいつものように美沙を迎えに行っても声すら聞く事が出来ず、ここ3週間は1人でデリバリーに来ていたのだった。


 変身すると聞かされたあの日以来、早川の頭と心には矛盾(むじゅん)する2つの思いが芽生(めば)え、それがやがて理性(りせい)と感情の葛藤(かっとう)となっていった。

 頭の中で父親を裏切りたくないと考えるほど心の中では美沙が(あわ)れに思え、助けたくなってしまうのだった。


 そんな葛藤(かっとう)を2週間続けた後、心にある素直な気持ちには(あらが)えないと(さと)った早川は美沙から聞いた話の中で自分が納得(なっとく)出来る理由を見つけたら変身に協力しようと決めた。

 美沙の話を何度も思い返し数日間掛けて様々な角度から解釈(かいしゃく)してみたが結局、夫がネコになることを望んだ我儘(わがまま)()びたいが為に変身するとしか考えられなかった。

 そして、変身して生き続けられる隆の方がヘヴンへ行った父より幸せだと思えた。


 その後何度も理由を探してみたが、最後には父の言葉にある『新しく生まれる命』の事など考えていないのだという結論に至るばかりで変身に協力すると決定づけるものは何も見つけられずにいた。



 自動操縦のドローンが降下を始め、早川は我に返った。


 デリバリー用の自動カートを(ともな)って倉庫に入るとネコ達は皆、奥に集まり座っている。

 いつもと様子が違うネコ達を不思議に思って見ていると、すぐ(そば)に座っていた1匹のネコが早川を見上げ、

「ニャ──!」とひときわ大きな声で鳴く。


「なーに?」早川が声を掛けると三毛(みけ)にトラ柄が混ざったそのネコは

「ニャ──!」と再び大きく鳴き、倉庫の奥へ少し歩いて振り返る。


 何かへ(みちび)いているのかも知れないと感じた早川は、

「どうしたの?」と声を掛けながらそのネコを追い、倉庫の奥へ歩いて行く。


 ネコが(みちび)く先の(ほとん)(あか)りが届かない(くら)がりに何かあるのが分かり、手にしていたライトで照らしてみると集まったネコの向こう側に黒トラ柄のネコが横たわっていた。


 そこまで案内したネコが早川の方を向いてそこに座り、

「ニャ──!!」とひときわ大きく鳴く。


 そのネコに何かあったのだと気付いて()け寄ると黒トラ柄のその身体は()(ほそ)り、小さく荒い息をしているだけでほとんど動かない。


 早川は乗ってきたドローンへ向かって駆けだした。


 救急キットを抱えて戻ると毛布を取り出して地面に敷き、その上に黒トラ柄のネコをそっと寝かせて様子を(うかが)う。

 荒い息が少しだけ落ち着いたように見えたが動く気配はなく、力を入れて閉じられているのかその目だけが小刻(こきざ)みに(ふる)えていた。


 キットの中から取り出した脱脂綿(だっしめん)に水を含ませて口を濡らしてみると片目がほんの少しだけ開いたように見えた。


『美沙に伝えてくれ…』


 突然、聞いた事のない声が早川の頭の中で響いた。


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