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第38話

 やなせフーズの会長として美沙は毎日忙しくしていた。


 新社長となった元専務に会社の経営を(ゆだ)ねる代わりに柳瀬から(たく)されたデリバリーやポエムの創作、コンテストの審査員や講演など沢山の依頼を受け、分刻(ふんきざ)みのスケジュールで動き回っていた。

 元来(がんらい)のんびりした性格の美沙が(みずか)(すす)んで忙しくするようになったのは(さび)しさを(まぎ)らわせる為ではなく、隆の願いを(かな)える為だった。


 家を出る前、隆は人生の目標になり得る課題を自身の(せつ)なる願いとして美沙に(たく)していたのだ。

 課題は新たな知識が求められるものや他人(ひと)の協力が欠かせないもので、美沙は悲しみに暮れてはいられなくなったが、隆の(ねら)いは(まさに)にそれだった。

 

 そこには、日々(ひび)様々な人と関わることで美沙の(さび)しさを(まぎ)らわそうとする隆の優しさと、課題を通じて再会の約束(・・・・・)がどんなに無謀なことか、いつか理解してくれたらという期待が含まれていたのだった。

 課題の中にはデリバリーをずっと続けたいという柳瀬の夢も盛り込まれていて、美沙がやるべき事は数えきれないほどあった。



 美沙は先ず、柳瀬の夢から取り掛かる事にした。

 柳瀬とはデリバリーの倉庫で毎日会っていたが一度(ひとたび)捜索へ出掛ければもう2度と会えないかも知れないので、その前に夢を実現させて安心させたかったのだ。


 短期間で()()げるのは無理な事を実現する為に美沙は寝ずに頑張った。


 野生動物保護基金を設立する為の申請書類を1人で作成し、あちこち役所を回ってようやく設立が(かな)うと、ポエム集の出版から得られる利益や講演などで(つの)った寄付金をそこに(たくわ)えるようにした。

 その後、ネコへの(えさ)やりを野生動物保護活動として認めてもらい資金源をやなせフーズから基金に変更してついに、柳瀬が望んだ永続的(えいぞくてき)なデリバリーのシステムが実現した。


 だが、柳瀬がそれを知る事はなかった。

 美沙が柳瀬の夢の実現に動き出して2ヶ月位経った頃、ついに旅立ってしまったのか母親の白ネコと共にその姿が見られなくなっていた。


「トモくんの夢は(かな)えたわよ。たとえ私がいなくても、デリバリーはずっと続いていくから安心してね」


 2人の旅立ちから4ヶ月後、夢の実現にこぎ着けた美沙は柳瀬がいなくなった倉庫でそう(つぶや)いた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「少しは休まないと身体(からだ)が持ちませんよ。デリバリーは私1人でも大丈夫ですから」7か月程前に美沙の専属秘書になった早川がスケジュール帳を見ながら気遣(きづか)う。


「何を言ってるの、デリバリーだけは死んでも毎日続けます。これをやめたら生きている意味がなくなっちゃうわ」そう言って笑う美沙に、

「本当にネコを愛しているんですね! 私、会長よりネコ好きな人に会った事がありません」早川は感心したように言った。


 すると、美沙が急に真剣な面持(おもも)ちになって、

「すべてトシちゃんのお陰よ。トシちゃんがいてくれるから私は頑張れるの。いつもありがとう」そう言いながら早川へ深々(ふかぶか)と頭を下げる。


「かっ…会長、そんな風に頭を下げるなんて、冗談(じょうだん)でもやめてください。他の社員に見られたら変だと思われます」半分怒りながら早川が言い、「それに会社では、トシちゃん(・・・・・)も…」と言葉を(にご)す。


 それを聞いた美沙が

「はい、はい、わかりました。早川さん(・・・・)」わざとらしく名前を呼ぶと、2人は顔を見合わせて笑った。


 やなせフーズに入社する前、物書(ものか)きを目指(めざ)していた早川は作家として尊敬(そんけい)する美沙の(そば)にいられるだけで幸せだった。

 専属秘書として美沙の講演などにも同行し、身の回りの事を手伝いながらどんなに忙しくても毎日のデリバリーを休む事はなかった。


 一方の美沙も、隆がいなくなって心に開いた大きな穴を陽気(ようき)な早川が埋めてくれたお陰で今も生きていられると感じ、多忙な日々をこなして行けるのはいつも側にいて手助けしてくれるからだと心から感謝していた。


 そんな2人はまるで親子のように息が合い、公私共(こうしとも)にお互いを求めて上手(うま)くやっていた。



「こんばんは──!」早川はチャイムも鳴らさず、勝手に開けたドア()しに軽い挨拶(あいさつ)をしただけでキッチンまで行き、料理をしながら背中を見せている美沙の肩をそっと叩く。


「あーっ、ビックリさせないでよ!」驚いた美沙が振り返ると、

「あれ、声を掛けたのに聞こえませんでした?」早川はとぼけたフリをして笑う。


「食事の支度なら、私も手伝いますよ」と真顔になった早川が腕まくりをしながら気遣(きづか)ったが

「大したものじゃないから1人で大丈夫よ! 久しぶりに早く仕事が終わったんだから座って休んでて」美沙はそう言いながら食器棚からグラスを取り出し、飲み物と共に手渡した。


 ダイニングチェアに腰を降ろした早川は両腕を上げて伸びをしながら、

「…ようやく投票結果が出て、各賞の選定(せんてい)が終わりましたよ」仕事の口調になって言った。


「お疲れ様。私が選んだポエムはどう?」美沙が(なべ)(のぞ)きながら背中で訊ねると、

「はい、優秀賞に選ばれました!」すぐに早川が答えた。


「トシちゃん、どのポエムに投票したの?」鍋の(ふた)を片手に振り返る美沙に

「思った通り、今回も美沙さんと同じでした」早川はそう告げた後、肩を(すく)めて笑う。


 それを見た美沙は

「私達って、似た者同士なのかしらね」と(うれ)しそうな表情で首を(かし)げて見せた。



 毎日のデリバリーは仕事を終えた早川が迎えに来ることになっていたから、美沙はいつしか2人分の食事を作って待つようになっていた。

 仕事が早く終わった日はデリバリーの前に食べ、そうでない時は戻ってからという感じでほぼ毎日一緒だったが早川がずっと多忙(たぼう)だった為、2人での食事は2週間ぶりだった。


 その早川はやなせフーズが昨年から開催している、『動物ポエムアワード』の審査員長を初回の美沙に代わって務めることになり、その受賞者の選定をようやく終えたところだ。



 向かい合って食事をしながら、

「トシちゃんが書き()めたポエム集、全部読ませてもらったわ。すごく感動しちゃった」美沙が素直(すなお)な感想を述べると、

「美沙さんに比べたら私のなんて…」すぐに早川が謙遜(けんそん)する。


 すると突然、意味ありげな笑顔を浮かべた美沙が迫るようにして、

「あんなにイイものを私が独り占めしてはいけないと思ってね、出版社の人に見せたのよ…」そこで少し()らすように間を置いてから、「…そうしたらね…本にしたいって言うの。トシちゃんのポエム集よ、どう?」と満面の笑みを見せた。


「え、本当ですか──!!」


 早川は思わず大きな声を出した。


(うそ)じゃないわ、あなたを説得してくれと(たの)まれたんだもの」美沙が嬉しそうな顔で答えると、

「これって…夢、じゃないですよね?」早川は遠くを見るような目を輝かせて(つぶや)いた。


「ちゃんとした人に見てもらったから大丈夫! 新人作家のデビュー、決定ね!」美沙は期待に満ちた目で早川を見つめ、「斎藤美沙のお薦め!って、本の(おび)に書かかせてもらってイイ?」と少し遠慮がちに言った。


「あ、はい。そんなことまでして頂けるなんて…」早川は何度も頷きながら、「あぁ、ずっと抱いていた夢が(かな)う…、全て美沙さんのお陰です」目に薄っすら涙を浮かべながら言葉を詰まらせた。


 それを聞いた美沙は早川の目をじっと見詰めて、

「誰のお陰でもなく、トシちゃんの実力が認められただけ。自分の力で勝ち取った結果なのよ」真面目な顔で言い、「その証拠に、すでに大ファンだっているわ…」と顔を近づけた。


「ファンって?」早川が困惑した顔を見せると、

「あなたの…、すぐ目の前よ!」笑いながら早川の鼻先(はなさき)を人差し指でそっと突いた。


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