表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/45

第37話

 それからひと月程経つと、修一から1通の郵便物が届いた。


 美沙が隆の前で封筒を開けてみると、

「これを渡しても僕が(とが)められることはありません。業界の人なら皆知っている事実です」そう書かれた小さな紙切れと修一が(みずか)らまとめた、取り締まり用機器に関する解説書(かいせつしょ)が入っていた。


 最初のページには変身動物が脳に埋め込まれたマイクロコンピューターによって人間性を保つこと、そのマイコンは(わずか)な熱と電磁波を発していることが書かれている。

 次のページではその熱と電磁波を頼りに無音ドローンのセンサーが変身動物か否かを判断するのだと図解入(ずかいい)りで詳しく解説されていた。


 そうして変身動物を特定した(のち)に電波銃から強力な電磁パルスを照射し、脳のマイコンを破壊するのだということだった。

 しかし、単にパルスを照射すると言っても弱過ぎればマイコンを破壊出来ず、強過ぎれば動物を殺してしまうというデリケートなもので、距離に比例して力が弱まるパルスを適正な強さで目標へ届けるには高度な技術が必要らしい。

 

 機器の開発経緯についても()れられていて、元々普通の動物だった変身動物を死刑に(しょ)せば1匹の野生動物を殺してしまうのに等しいと世間が問題視したことから、人間性だけを失わせて元の動物に戻す方法が考えられたようだ。

 その為、間違って変身動物を殺さぬよう電磁パルスは弱めの照射から始め、状況を見ながら徐々に強くしていく予定だと具体的な取り締まり方法の記述まであった。


 そして最後の真っ白いページには、修一が手書きした「達者(たっしゃ)で、タカさん!」という大きな文字だけが書かれている。


「これで思い残す事はない…」隆がその手書きの文字を見詰めながら(つぶや)くと、

「全てを打ち明けて良かった…」目に涙を浮かべながら美沙が(うなず)いた。


 その日は変身動物の新たな取り締まりが3週間後に始まると、朝一番のニュースでアナウンスされたばかりだった。



 次の日、隆は書斎の椅子の上でこれから家を出るまでの残り少ない時間に何をすべきか考えていた。


 昨日送られてきた解説書は修一が何かを伝える為に書いたものに違いなく、そこにはパルス対策のヒントが散りばめられている筈だった。

 その修一の気持ちへ応える為にも何か防御策(ぼうぎょさく)を考えるべきかとも思ったが、照射方法がまだ手探(てさぐ)りだという(くだり)を読んだ隆はもう、あれこれ悩むのはやめにしていた。

 なぜなら、今の状況で防御策を考えてもすぐに照射方法が変わって有効ではなくなる可能性があり、それが無効になったと知らずにいたらクロトラ達がもっと危険な目に遭ってしまうと思ったからだった。


 ネコ化した心が()()って考えることを可能にさせたのかも知れないが、クロトラが言うように倉庫の変身ネコ達には彼らなりの考えがある筈だし、柳瀬親子についても一度(ひとたび)父親の捜索に旅立てば隆の手の届かない所へ行ってしまう筈だ。


 倉庫のネコや柳瀬親子の問題を自分には関係ないことだと思えるようになった隆は、残りの日々を美沙の為に過ごすと決め、将来失うであろう2人の思い出を()きるまで話す事にする。

 そうして色々話す事でそれがネコの脳に記憶されれば、取り締まりで人間の記憶を失っても美沙のことを忘れずにいられるかも知れなかったのだ。


 デリバリーをどうしたら永続的(えいぞくてき)なものに出来るのかや、ポエムの仕事を続けていくのかといった日常のこと、そして食料危機をどう生き抜くのかなどについても2人でじっくり話し合った。

 そうして将来について何度も話し合ったお陰で心配事は殆どなくなっていたが、隆が最も気掛(きがか)かりなことだけは依然として残されていた。


 それは美沙が絶対に(ゆず)ろうとしない、デリバリーの公園で再会するという約束だった。


 隆の記憶は取り締まりで消されてしまい、たった1人で過酷なネコの世界を生きていくことになるのだと話し、叶わぬ夢は捨てるように何度も説得したが美沙は絶対に(あきら)めようとはしなかったのだ。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 隆は再会の約束(・・・・・)という大きな気掛(きが)かりを抱えたまま、明日から野良になるという夜を迎えた。


「どうかしら、これならきつくない?」新たに作った翻訳機用のベルトを隆の身体に着けると美沙が訊ねる。


「オーケー! ベルトが軽くて柔らかいから着け心地は前のより遥かにイイね」鏡に映る自分の姿を見ながら答えた後、書斎の前の廊下を走ってみせた。


 隆は野良で生きるなら可能な限り身軽(みがる)な方が良いと思ったが、変身動物がいたと判る証拠(しょうこ)を残して行くのも心配で翻訳機と共に家を出る事にしたのだ。


「これがあればデリバリーの時に隆だと判るわね!」(うれ)しそうに美沙が言うと、

「僕が美沙の前に現れる事は絶対にないよ。疑われたら(もと)()もないからね」隆はすぐに否定する。


 (だま)()んでしまう美沙を見て困ったが、そんな希望を持てば毎日が辛くなるだけと()()って隆は別の話しを始めた。


「僕はもうすぐ出て行くけど、見送らないで欲しい…」隆がそう言うと美沙は下を向き、今にも泣きそうになっってしまう。


「これが僕からの最後のお願いだ。美沙が悲しむ顔を永遠の思い出にはしたくないんだ…」と懇願(こんがん)する。


 ネコ化して心がドライになったが、流石(さすが)に美沙との最後の別れは(つら)く、冷静ではいられそうになかった。

 そしてそれ以上に、美沙が耐えられるのかという事が隆は心配だった。


「僕はさよならを言うつもりはない。美沙が気付かないようにそっと出ていくから…」


「ネコの僕とここで暮らしたことは一切記憶から消し去り、あの時ヘヴンへ行ったと思うようにして…」


「明日、目覚(めざ)めたら何も考えず、何も思い出さずにただいつものように顔を洗い…、普段通りにご飯を作って…。あさっても、その次の日も……」


「分かったわ。もう、それ以上言わないで…」あまりに辛そうに話す隆を見て、美沙が止めた。



「……………………………」

「……………………………」



 2人の長い沈黙の後、

「じゃあ、今夜は私の笑顔を沢山(たくさん)記憶して!」隆を高く抱き上げた美沙が無理に笑うと、その両頬を光る筋が流れた。


 美沙はそのままリビングのソファに深く座り、膝に乗せた隆の背中を()いたり頭を撫でたりしてじゃれつき始める。

 隆も美沙の顔を嫌がるほど思いっきり舐めたり、(ほお)を叩いたりして応えた。


 最初は無理に微笑(ほほえ)んでいた美沙も、追いかけっこに夢中になると本気で笑うようになり、隆の方も逃げながら物陰(ものかげ)から飛び出して(おどろ)かしたりと、久しぶりに2人で心から楽しんだ。


 そうやって2時間程遊んでいるとこれまでの心労(しんろう)手伝(てつだ)い、2人はすっかり疲れてしまった。



 シャワーで汗を流した美沙が書斎にやって来てしばらくの間何も言わずに見詰めていたが言葉を交わせば心の底から何かが(あふ)れ出しそうな感じがして、隆は椅子に敷かれた毛布の上で丸まったまま寝ているフリを続けた。


 美沙はその想いを知っているのか、

「…おやすみ」と無理に作った笑顔を隆に向け、すぐに後ろを向く。


 悲しむ顔を永遠の思い出にしたくないという隆の願いを(かな)えようと涙を(こら)えているのか、その背中を小さく(ふる)わせながら書斎を出て行った。


 薄目を開け、その名残惜(なごりお)しそうな後ろ姿を見送った隆は心の中で(おやすみ、美沙…)と(つぶや)いて静かに目を閉じた。




 時計の針が午前2時を()す頃、椅子の上でじっとしていた隆はそっと起き上がった。


 寝室の美沙に気付かれぬよう足音を立てずに書斎を出ると、リビング、ダイニング、キッチン、クローゼットと順番に家の中を見て廻る。

 それぞれの部屋に入る度、そこにある暗い空間がスクリーンとなって美沙と過ごした日々が次々と(うつ)し出されていく。


 人間だった頃の暮らしが(はる)か遠い昔のように思え、その後ネコの生活が映し出されると実感が(よみがえ)る。

 そうして異なる視点からの思い出を見た隆は、人間とネコという全く違う人生を生きてきたのがとてつもない奇跡(きせき)に思えていた。



 全ての部屋の思い出をしっかり記憶に焼き付けてから書斎に戻ると、隆はそっとデスクに飛び乗る。


 そこから一番思い出の詰まった書斎をゆっくり見渡(みわた)した後、寝室の方を向いて、

「さようなら、美沙。これまでありがとう」声を出さずに別れを告げ、勢いよく窓から飛び出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ