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第32話

 数日後、美沙の家を訪れた修一がリビングで両腕を大きく広げて伸びをしながら、

「新しい取り締まり機器の開発でずっと休みがなかったから、来週から休暇を取ってのんびり過ごそうと思っているんだ」と美沙に話す。


 今では手に入れるのが難しいスイーツを会社の同僚から貰った修一が、自分は甘党(あまとう)で食べないからと会社帰りに届けてくれたのだった。


「取り締まり、変わるのね?」美沙が動揺(どうよう)(かく)しながら訊くと、

「そうだよ、人の手によるものは効果的じゃなかったからね。由美子の所で作った無音ドローンにウチの会社が開発したセンサーと電磁パルス照射装置を()せて遠隔操作で取り締まる方法になるんだ」修一がためらわずに話すので、

「それは機密事項なんでしょ?」美沙は少し心配して訊いたが、

「開発が終わったから、もう誰に話したって問題ないよ」仕事の重圧から解放されたからか、修一は嬉しそうに告げた。


 その重圧を感じとった美沙は何かとてつもない事が進行している気がして怖くなったが、

「じゃあ、逮捕するんじゃないのね?」自然と言葉が出ていた。


「うん。変身動物をセンサーで探し出して空から電磁パルスを照射するだけだよ。(つか)まえる必要がないから、これまでより(はる)かに効率が良くなるんだ」修一がすぐに答える。


 新たな取り締まりの具体的なやり方を知った美沙は、

間違(まちが)えて普通の動物にパルスを照射しちゃったらどうするの?」と少し怒ったように修一を見るが

「大丈夫だよ。本物の動物には害のない強さだし、変身動物だって殺してしまう訳じゃないんだ」と笑顔のまま話しその後、詳しい説明を始めた。


「人の記憶や性格を変身した後もそのまま持ち続けられるのは本人の脳の一部を移植し、それを動物の脳と連携(れんけい)させているからなんだ。詳しい事はよく解らないけど、人と動物の脳を(つな)げる役割を(にな)うのはマイクロコンピューターで変身術の際に埋め込むらしい」修一はそこまで話すと一旦止(いったんや)め、美沙が(うなず)くのを見て再び話し出す。


「新しい取り締まりはその連携(れんけい)()つのが目的でパルス照射はその為の手段なんだ。身体にダメージを与えない電磁パルスを使ってマイコンを破壊すれば、変身動物は元の動物に戻れると聞いたよ」少し自慢(じまん)げに話し終えた。


 美沙はあまりに恐ろしいその説明に背筋(せずじ)(こお)りつきながらも、その続きを書斎の隆に聞かせまいと急いで話題を変える。


 その後は近々(ちかぢか)結婚する友人のお祝いに何を(おく)るかといった他愛(たわい)のない会話を1時間ほどして、修一は帰っていった。



 美沙は修一の話を聞いていたのではと心配になり、玄関ドアに鍵を掛けると急いで書斎を(のぞ)くが、隆は椅子に敷かれた毛布の上でぐっすり寝ているだけだった。

 その姿を見て、聞かれずに済んだと安堵(あんど)する一方、何か物足(ものた)りなさみたいなものを感じずにはいられなかった。


 隆は柳瀬の母親捜しが解決した後も散歩や運動のためにと言って早朝や夕方に外出するようになっていた。

 そのせいか()()つに連れて行動や生活リズムがよりネコらしく変化し、夜になると()えた目であちこち動き回る反面、昼間は寝て過ごす事が多くなった。

 その上人間への興味も薄くなってきたのか、今日のように修一が来ると知らせても書斎で寝ていると言い、結局最後まで顔を見せることはなかった。


 受賞をきっかけにポエムの仕事を再開していた美沙は2人で過ごす時間が減った事を気に掛けていたが、一方の隆はそんな事を気にする素振(そぶ)りもなく自分の時間を過ごしているように見え、互いの距離を感じるようになっていた。


 美沙は寝ている隆をそっとしておき寝室へ行くと、ベッドに横になって修一の話を思い返す。


 新たな取り締まりは隆だけでなくこれからネコに変身する柳瀬やその両親、そしてクロトラや倉庫にいるネコ達の将来を(あや)うくするもので、全ての変身動物にとっての脅威(きょうい)に思えた。

 隆がネコになって以来、いつも心の奥底にあった漠然(ばくぜん)とした不安がついに具体的な形となって現れてしまったと感じ、美沙はその恐怖に思わず頭から毛布を(かぶ)った。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 柳瀬がオーストラリアから帰国すると美沙は忙しくなった。


 やなせフーズの代表取締役社長は会社の設立当初(せつりつとうしょ)からいる専務(せんむ)(つと)める事になり、美沙は非常勤(ひじょうきん)名誉会長(めいよかいちょう)という実務(じつむ)に関係のない役職(やくしょく)(おさ)まる事になった。

 その会長就任式(しゅうにんしき)への出席や取引先への挨拶(あいさつ)に加え、役員達とのミーティング、毎日のネコ缶配りにポエムの創作と寝る間もない程忙しかった。


 会長の秘書をやりながらネコ缶配りも手伝ってくれる、そんな気の()いた人を社員の中から探すという難題(なんだい)以外は全てやり()げた美沙が自宅に戻った。



「ただいま、チビちゃん!」玄関ドアを閉めた美沙はドアに寄り掛かって、「フゥー」とため息をつく。


「お疲れ様。毎日、忙しいね」爪で翻訳機のスイッチを入れた隆が書斎から出てきて声を掛けると、

「ようやく終わったわ。残るはネコ缶配りをやってくれる秘書を探すだけ…」美沙はドアに寄りかかったままそう言い、「でも、それが一番の悩みどころなんだけど…。どうやったら、そんな気の利いた人を見つけられるのかしら?」と考え始めるがすぐに諦め、ハイヒールを脱ぎ始めた。


 美沙は(かが)んで靴を脱ぎながら、

「何かイイ方法はない?」と目の前にやって来た隆の顔を(のぞ)き込む。


 すると、隆は意味ありげに目を細めてから、

「どうすればイイか、君は誰よりも知っている筈だ」それだけ言うと背中を向けてゆっくり歩き出す。


「え、何なの? どうゆうこと? ねえ、はっきり教えてよー」そう言いながら追いかける美沙に廊下の途中でわざと捕まり、「ねえ、教えて!」と抱き上げられた途端、その両手からスルリと抜け出した。


 床に下り立った隆は振り返り、

「ポエムだよ! 社内で募集すればいい」クールに言って再び目を細めた。


「あ、そうよ!! それだわ!」美沙は(うれ)しそうに手を叩いた後、「チビちゃんありがとうー」と隆を抱き上げて頭を思いっきり撫でる。


「きっと、イイ人が見つかるよ!」今度は逃げずにそう言い、隆は美沙の腕の中でされるがままでいた。


 そのままリビングのソファまで行って腰を降ろした美沙は、(ひざ)の上で隆の身体をブラッシングをしたり耳の掃除をしたりと久しぶりに世話する事を楽しみ、それをされる隆もしばらく忘れていた温かくて柔らかい美沙の手を存分(ぞんぶん)に味わった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 次の日、美沙は出社するや(いな)やポエム募集のポスターを作り、様々な場所に貼り出した。

 残務整理(ざんむせいり)と新社長への引き継ぎに追われて社内では顔を合わせることがなかった柳瀬が、あちこちに貼られているポスターを見て早速、会長室へやってきた。


「良い案を考えたね!」開口一番(かいこういちばん)にそう言って笑みを浮かべた後、美沙に与えられた会長用の大きなデスクに近づいて、「秘書選びを()ねて…、だよね?」と今度は小声(こごえ)で言う。


「そう、隆の提案よ」美沙も同じように小さな声で答え、「これできっと最適な人が見つかるわ」とデスクに置かれたポスターを手に取って微笑んだ。


「さすが隆さん、いつも良いアイデアをくれるね。それが決まったらすぐ行動に移るので、よろしく頼みます」と柳瀬がウインクするので、

「そんなに急がないとならないの?」美沙は少し寂しそうに返す。


「うん、変身術は人類を救う為の技術で父が自分を犠牲にして開発したものだと皆に知ってもらいたいんだ。母だけでは(かな)わない事も2人なら何とかなるかも知れない。僕は出来そうな気がするし、被害者達の為にも必ずやり()げなきゃならないと思っているよ!」とその目を輝かせていた。


 翌日以降、社長を辞任した柳瀬とは会社で会うことはなくなったが、引き取った後のことなどについて毎日のネコ缶配りの際に話し合っていたのだった。


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