第31話
次の日の朝、隆と美沙は書斎にいた。
「ついに2人の再開を叶えることが出来たわ。チビちゃんのお陰よ!」そう言いながら頭をなで、「トモくんと一緒に暮らせるならお母さんも安心ね!」と美沙は嬉しそうにする。
「そうだね。積もる話もあるだろうからしばらくは2人だけでゆっくりしたらいい…」柳瀬には父親の事は知らせず、母親から大事な話があるだろうとだけ伝えたことを思い出しながら隆は言った。
「トモくん、『落ち着いて話をしたいから今日と明日は会社を休むよ』だって! ネコ缶配りも今夜だけはお休み……私、1人で行こうかしら…」美沙がつまらなそうにするので、
「1日くらい食べなくたって誰も死にはしないよ!」隆はそんな美沙を落ち着かせようとしたが、
「わかってるわ、お腹を空かせて可哀想だと思っただけよ…。隆、最近は冷たく感じるくらいドライな考え方になってきたわね。あれこれ悩むことなく行動に移すようになったし…」今度は不満そうに口を尖らせた。
「ネコ本来の性格に近づいてきたのかな?」軽い感じで答えたが、実は隆自身も成るようになれと思う最近の自分が不思議でならなかったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日からネコ缶配りが再開し、夕方になると美沙はいつものように出掛けていった。
ドローンを自動操縦にした柳瀬が幸せそうな顔で、
「お陰で母に再会できたよ、本当にありがとう。隆さんとクロトラさんにはどんなにお礼を言っても足りない程、お世話になってしまった」そう言うと、
「クロトラさんって?」美沙が不思議そうに訊ねる。
「あ、ごめん! 僕達がネコ缶配りで出会ったあの不思議な黒トラ柄のネコのことなんだけど、超能力を持っていて僕を母に合わせる為に協力してくれたらしいんだ」柳瀬はそう告げると「クロトラさんにはネコ缶配りで恩返し出来るけど…」と何かを考えてから、「そうだ! 隆さんへ毎月ネコ缶を送らせてもらうよ」そう言って深く頭を下げた。
「そんな事しないでよ。缶詰が欲しくてやった訳じゃないと隆に怒られちゃうわ」美沙が困ったように言うと、
「母からも言われているし、そのくらいはさせてもらわないと気が済まない。受け取って貰えるよう、僕から話すよ」まじめな顔で返して、「それより母が話してくれた事、君にも聞いて貰いたいんだ」柳瀬はどうしても聞かせたいのか返事も待たずに話し始める。
それは隆が倉庫で聞いたのと全く同じ話だった。
「じゃあ、誘拐じゃなかったの?」
「お父さんもネコになって、まだ生きているのね?」
「変身術の生みの親って?…」
「今、どこにいるのかしら?」
「手掛かりは何もないの?」
話が終わると美沙は次々に質問を投げかけた。
柳瀬はそれらに答えようとはせず、
「美沙さんに折り入って頼みがあるんだ…」真剣な顔になって言ったがすぐに頭を大きく振って、「いや、こんな事を他人に頼める訳ないよ。ごめん、忘れてください」と申し訳なさそうにする。
「何よ、そこまで言っておいて。しかも、いまさら他人だなんて!」遠慮する柳瀬に焦れて美沙は怒ったが、
「………」それでも柳瀬は何も言わない。
「聞いてみて無理なことだったら、ハッキリそう言うわ」深刻な雰囲気を察した美沙がそう促しても、
「うん…でも……」と、やはり言えないでいる。
「じゃ、隆と一緒に聞いた方が良いかしら?」あまりの深刻さに怖くなって訊ねると、
「そうしてもらえると助かる…」と静かに答えて再び黙ってしまった。
次の日、ネコ缶配りの帰りに立ち寄った柳瀬が書斎の隆の元へやって来た。
「どうですか? お母さんとの暮らしは」隆が挨拶がわりに訊くと、
「その母から聞いた事なんですが…」と美沙にしたのと同じ話を始める。
「その話なら倉庫で聞きましたよ」隆がそう言うと、
「僕が父親の捜索を手伝うことにしました──!!」
あまりに力を込めて言うその言葉に違和感を持った隆と美沙は思わず顔を見合わせた。
「なるほど。一緒に捜せばきっと見つけられますよ」隆が少し大袈裟過ぎやしないかと思いながら励ますと突然、柳瀬が目の前にひざまずく。
「ネコになります!! 僕もネコになって母を助け、必ず父を捜し出して被害者を救います!! そして、変身術に着せられてしまった汚名も必ず返上してみせます!!」深々と頭を下げながら大きな声で告げた。
「………!」
「………!」
隆と美沙は柳瀬が何を言ったのかすぐには理解できず、土下座するその姿をただ見つめていた。
「…という事はつまり?…」と隆がようやく口を開くと、
「はい、美沙さんに引取人になってもらいたいんです!」柳瀬は床に付けていた顔を上げて早口で告げ、「お願いします!!」と再び頭を下げた。
変身術には厳しい条件があり、本人の意志を確認できない場合はもちろん、前科のある者や移植する脳の部分に病気がある者も受け付けてもらえないのだった。
また、本人の気まぐれではない事を証明する為に変身後の身柄を引き取る『引取人』を指定しなければならず、それなしでは仮申し込みすらも出来ないようになっているのだ。
引取人に指定された人は身元の詳しい調査によって適格者と認定されなければならず、不適格の場合は変身術を受けられないことになっていた。
それらの条件については隆が仮申し込みをする際に散々聞かされて良く解っていたから、2人は柳瀬が必死になって頼む理由をすぐに理解していたのだった。
「会社の方は…どう、なっちゃうのよ?」美沙がその動揺を隠さずに訊くと、
「それは美沙さんにお願いします!」すぐにそう言って再び頭を下げる。
「え…、何言ってるの!?」さらに動揺し、半分怒って返事する美沙に
「ネコ缶配りをずっと続けたいので他の人には頼めないんです。お願いします!」今度はゴンッと床にぶつかる音がするほど勢い良く頭を下げた。
その予想外で現実味のない展開がまるでドラマのように思えてきた隆は、美沙が社長としてデスクに座る姿を想像して思わず目を細めた。
するとその顔を見た美沙が
「まさか、私が社長だなんてと笑ってるんじゃないでしょうね!」と八つ当たりしてくる。
最初はコメディドラマのようだった展開も落ち着いてよく考えると筋が通っていて、考え抜いた末の結論だと隆には思えてきた。
「良く考えれば、これが最善の方法かも知れないな…」隆が真面目な顔で言うと、
「何が最善の方法よ!」美沙はまだ怒っているのか責めるような目で見る。
隆は美沙とのやり取りを一旦横に置き、柳瀬の方を向いて話し始めた。
「変身動物への取り締まりが厳しさを増している今、一刻も早くお父さんを捜し出さなければならないが、柳瀬さんが捜索に協力しようとしても人間の身体では限界がある。僕がお母さんを見つけた時のようにネコを捜すならネコの姿の方がやり易い筈で、そう考えると家族で唯一人間の知広さんが変身するのは理にかなっている」
隆はそう話した後、今度は美沙の方を見て、
「それを実現する為の引取人は適格者と認定されたことのある美沙に頼めば間違いない。会社の方は他の人に頼んでもイイいかも知れないがネコ缶配りに関してはそれを熟知している美沙が適任だ。つまり、知広さんの希望を実現できるのは美沙の他にいないという事だ」と話して終えた。
「言ってる事はわかるけど、私が社長だなんて…」と美沙は再び不満をこぼす。
その言葉を聞いた隆は、美沙にとって違法な変身ネコの引取人になるより合法的な社長になる方が問題なんだと分かり、再び可笑しくなってしまった。
すると突然、柳瀬が立ち上がって美沙に迫り、
「隆さんの言う通り、他に頼める人はいないんです!! うん、と言ってください!!」両手で美沙の肩を掴んで、「社長が嫌なら会長として、ただいてくれるだけでいいから…」と何度も何度も頭を下げながら頼み込む。
結局、会社の経営は別の人に任せる事になったが柳瀬の熱意、というより強引とも言える押しが利いて引き取り人は勿論、ネコ缶配りに関する権限を持った会長になる事にも美沙は同意した。
「はぁ〜、トモくんもネコになってしまうのね。何だか寂しくなるわ…。それで、いつ変身術を申し込むつもりなの?」美沙がため息をつながら何気なく訊ねると、
「明日から10日間の予定でオーストラリアへ行ってきます」柳瀬は晴れ晴れとした明るい声で言った。
「じゃあ、私が同意することになっていたんじゃない!」と美沙は再び口を尖らせた。




