第30話
「私の夫はある企業に雇われていた研究者の1人で、現在の変身術の生みの親です…」
最初の言葉は想像を遥かに超え、そのあまりの驚きに隆は言葉を失ったが白ネコはそのまま話しを続ける。
「知宏が2歳になる頃、夫は研究に没頭するあまり家に帰らなくなってしまいました。そして10年後、努力と執念が実って変身術は実現可能となったのです。夫はその技術を全て弟子に伝えた後、自身を実験台にしました…」
「変身術は成功し三毛ネコの姿で会いに来てくれましたが、研究の為に家族をないがしろにした事を詫びると私が止めるのも聞かずに去っていきました。息子には父親がネコになったとは言えず、事故で亡くなったという事にしたのです」白ネコは話し終えると、遠い記憶が蘇ったのか悲しそうな表情を見せた。
その後は弟子から聞いた話になったが、『変身術』は元々食料危機に対応する為の技術で『再変身術』と対になることで機能するものだったようだ。
具体的には『変身術』が人類全体を食べる量の少ないネコに変身させて食糧危機を乗り切ること、そして『再変身術』が冷凍保存した身体を使い再び人間に戻ることを目的としたもので、研究者達の知能の結集によって開発された人類存続の為の技術というのが本当の姿だった。
また危機が長期間に及んで一般的なネコの寿命では足りない場合も考慮し、遺伝子書き換えによる長寿命化の研究も同時に行っていたらしく、三毛ネコの夫は40年程生きられるようだ。
再び人間に変身する為の『再変身術』の実現が叶わぬ間に『変身術』は戦争に利用され、その後「ヘヴン・プロジェクト・ロー」が施行されると今度は生き長らえる方法として悪用されてしまったのだと白ネコは残念そうに話した。
そして、変身術が違法になると『再変身術』はもはや必要なくなり、研究所も閉鎖されて弟子とは連絡が取れなくなってしまったようだ。
白ネコは息子が家庭を持ったのを機に自分も変身し、夫を捜すことにしたのだと告げて話しを終えた。
全てを話した白ネコを見詰めて
「何処にいるのか、生きているかどうかすら分からない夫を捜す為に変身するなんて…」隆が思わず呟くと、
「夫なら偽の変身術実験の為に誘拐され、変身させられてしまった被害者を助けられるかも知れないと思ったのです」静かに答える。
「助ける…、とは?」すぐに疑問が湧いた隆が訊く。
「開発者本人であれば本物の変身術かそうでないかを区別できる筈です。それが偽の変身術なら実験で動物にされた人だということが判り、不等に逮捕されたり薬殺されてしまうことから救うことが出来ます」白ネコは真剣な眼差しで話した。
「夫に会いたいというだけでなく、被害者を助けようと考えるなんて…」隆がそう言って感心すると、
「ご存じの通り、夫が生み出した変身術は偽物によって犯罪行為の汚名を着せられてしまいました。そしてヘヴン逃れに利用されると完全に『悪』とされ、人類を救う為に開発されたという真の目的を理解する人は完全にいなくなったのです」
「夫が人生の全てを犠牲にして人類を救おうとしたのに…。だから悔しかった…」
「もしかしたら、私は本物の変身術に対して抱かれた『悪』のイメージを拭い去りたかっただけなのかも知れません…。被害者を救うことで変身術が悪でないことを証明し、夫が人類の為に犠牲になったことを皆にわかって貰いたかっただけなのかも知れません…」と、白ネコは少し悲しそうにして黙った。
柳瀬に会えない本当の理由が自分の夫を捜す為で、それが偽の変身実験で動物にされた被害者を救うことに繋がると知った隆はこれからどうすれば良いか悩んだ。
聞いたばかりの話を頭の中で整理し、一緒に暮らすことが出来ないとわかっていながら柳瀬に会わせる意味があるのだろうかと思った。
白ネコがここにいると知れば、父親の捜索に出掛けてしまうのを承知で会うに違いない。
それ自体は何の問題もないが白ネコが捜索の途中で逮捕されてしまったら、その先にあるのは最も悲惨な結末だけだ。
頭の中で様々な考えが渦を巻き、どうすべきか益々わからなくなった隆は助けを求めてクロトラを見るが、同じように困った表情をしているだけで何も言わない。
しばしの沈黙の後、隆はようやく決断する。
俯いた白ネコの顔をじっと見詰めて、
「ネコという小さな存在が人の生活の支えになれるのだろうかと悩んでいた僕に変身を決断させたのは『どんな姿でもいいからずっとそばにいて欲しい』という妻の一言でした。それはこの先も共に生きたいという純粋な感情が、変身動物と生きる苦労を凌駕して出た言葉だったのです。そして今、知広さんの純粋な感情が求めているのは貴子さんです。どんな姿か、この先どうなるかなんて関係なく、知宏さんはただ母親に会いたいのだと私には解ります」隆は言葉を慎重に選びながら、ゆっくり話した。
「でも、あの子に父親の事まで背負わせる事は出来ない…」白ネコは小さく呟いて抵抗する。
すでに自分の考えを固めていた隆は自信に満ちた声で
「私も変身ネコと暮らす複雑な人生を背負わせることには迷いがありました。でも今は妻を幸せにしていると、その人生を支えていると感じています。知広さんはあなたが実験のために誘拐され、変身術でネコにされてしまったと心を痛めながら生きて来たんです。真実を話し父親の事を背負わせたとしても、あなたを不憫に思って苦しみ続けた15年間を終わらせる事が出来ます」白ネコが解ってくれるよう祈りながら告げた。
「私のせいで…、知宏は長い間苦しんでいたのですね…」白ネコが自分を責めるように呟き、「出来るなら終わらせてあげたい…」と大きく頭を垂れ泣き崩れたように見えたその時、ハーモニカの音楽が倉庫の外から聞こえてきた。
白ネコはその耳を音のする方へ向けた後、ハッとして顔を上げる。
「あれ…、みんな今日はどうしたの?、なんで外にいるんだい?」優しく話し掛ける柳瀬の声が聞こえてくると、
「…あらあら、中で待っていられない程お腹が空いちゃったの? じゃあ、急がなくちゃね…」と美沙の声が続き、ネコ缶を開けるカシュッ!という音が次々に響いてくる。
「はいはい今あげるから、お利口にして待っててね!」沢山の鳴き声の中、はやるネコ達をなだめる美沙の声と、
「さあどうぞー。ほらほら、慌てると喉に詰まちゃうよ」と優しく語りかける柳瀬の穏やかな声がこれ以上ないほど愛に満ちて聞こえ、倉庫の中にいる隆達の心を温かくした。
「さあ、行って!! そして、知宏さんの長く苦しい日々を今日で終わらせて!」隆が声を掛けると白ネコは一目散にドアへと走った。
ドアの隙間から遠慮がちに顔を出した白いネコに美沙が気付いた。
「あ、白ネコさん!」美沙が指を差しながら大きな声で言うと、
「もしかして…、お母さん!?」柳瀬は声を潜めて言い、身体を屈めてゆっくり近づいていく。
「ニャーオー」白ネコが柳瀬の顔を見詰めて鳴くと両手で優しく抱き上げ、
「やっと会えたんだね! 夢じゃないんだ…」その目を嬉し涙で一杯にした。
2人の再開を見守っていた隆が礼を言おうと再び倉庫の中へ戻ると、クロトラの姿はすでにそこになく、
(ありがとう。すべてはクロトラさんのお陰です…)と頭の中で呟いてみても返事が返ってくる事はなかった。




