第29話
気配を感じて振り返るとクロトラがいた。
『この隆が、我々を取り締まりから救ってくれたのだ…』再びクロトラの声が響くと白ネコが隆の方へ向き直り、
「ニャーオ、ニャー」と鳴きながら頭を下げる。
何を言ったのかわからず隆が返答に迷っていると、
『皆を守ってくれたことに対して礼を言っているんだ』クロトラは目を細めて大きく頷いた。
そのクロトラの笑顔に背中を押され、隆は柳瀬の話を切り出すことにした。
「あなたは柳瀬貴子さんですね? 知広さんをあなたに会わせてあげたくて、ここに来ました。彼はあなたが消息を断ってから15年以上、ずっと捜し続けています」白ネコが途中で逃げ出してしまうかも知れないと思った隆はそこまで一気に話した。
すると思った通り、白ネコは何も言わずにゆっくり背を向けた。
「逃げないで!! 知広さんはいつかあなたに再会できると信じ、何の手掛かりもない捜索を諦めずに長い間ずっと続けてきたんですよ!」展開を予想していた隆はすぐにそう言って引き留めた。
逃げるのをやめて力なく項垂れる姿を見た隆は静かな声で、
「もし、会えない事情があるなら話してください。その理由を理解出来れば、僕が再会を諦めるよう説得出来ます。でも、貴子さんが何も言わずに去ってしまえば、彼はあなたの捜索をやめようとはせず2度と会えないあなたを一生捜し続けるでしょう。それじゃあ余りにも知宏さんが可哀想です」とゆっくり話した。
白ネコは背中を見せたまま振り返り、悲しい眼差しで隆を見詰めた。
何か言いたげな表情のまま黙っている白ネコに
「知宏さんには会った事は告げず、貴子さんの翻訳機を借りてきます。だから明日、会えない理由を話してくれませんか?」と隆は言ったが、
「………………」白ネコは何も言わずに下を向く。
短い沈黙の後、
『…息子の為に全てを話すべきだ。隆が言う通り叶わない再会を一生背負わせる事になってしまうぞ』黙ったまま事の成り行きを見守っていたクロトラが声を響かせ、白ネコの背中を押した。
「ニャーア、ニャーオー」決心したように顔を上げた白ネコが何かを伝えようと短く鳴いた。
『明日、ここで待っているそうだ…』クロトラがそれを通訳して隆へ伝える。
「じゃあ、明日また会いに来ます」隆がホッとしながら答えた後、礼を言おうとクロトラへ振り返ると、
『礼など無用だ。隆は俺達を助けてくれた、今度は俺達がお前を助ける番だ』微笑むように目を細め大きく頷いた。
その顔を見た瞬間、人間同士では決して味わえないような友情のような感覚が湧き上がるのを隆は初めて感じた。
ネコの姿をしたクロトラを本気で仲間だと思っていることに気付き、自分がまた1歩ネコに近づいたように思えた。
先を越されぬよう全力疾走で戻り、窓の隙間から書斎へ飛び込むと同時に庭側のドアが開き、美沙がネコ缶配りから帰って来た。
「おかえり、ぃ〜」隆はずっと留守番していたフリをして声を掛けたが、息が上がっていたせいで翻訳は少し変になってしまう。
気付かれてしまったと心配になったが美沙はそれどころじゃないらしく、
「ただいま、チビちゃん…。今日も白ネコさんには会えなかったわ…」書斎にやってくるや否や残念そうに言って下を向いた。
隆の息がようやく落ち着き、
「明日、柳瀬さんの翻訳機を借りてきてくれないかな?」普通の話し方で訊くと、
「え、なんで?」美沙は一瞬、不思議そうにしたが、「…あ、私が出掛けている間に何かイイ方法を考えてくれたのね!」と勝手な解釈をして嬉しそうにする。
「何か考えたと言うより、白ネコさんの立場になってみただけなんだけど…」美沙が期待し過ぎないように前置きをしてから、「いくら親子の間柄でも、変身してすっかり変わってしまった今の姿で息子の前に出て来るには勇気が必要なのかも知れない。ネコ缶配りに来る知宏さんをどこかに隠れて見ているのなら僕がそこに行って声を掛けてみるよ。その時、相手の言う事が解った方がイイからね」隆は翻訳機を借りるための話を創った。
次の日の夕方、柳瀬から借りた翻訳機を同じベルトに固定してもらうとかなりの重さにはなったが、なんとか走る事は出来た。
翻訳機を2つ着けているので時間が掛かると予想し、いつもより早く家を出たお陰で昨日とほぼ同じ時刻に到着した。
隆が中に入って待つとすぐにクロトラと白ネコが裏手のシャッターから現れ、こちらに向かってゆっくり歩いてくる。
気を利かしてどこかへ行ったのか、倉庫内に他のネコは1匹もいなかった。
クロトラ達が目の前まで来ると隆はお腹に着けた2つの翻訳機を見せ、
「今日は貴子さんの翻訳機を借りてきました。何でも話してください」と静かに告げる。
『それなら俺は用済みだな…』すぐにクロトラが語りかけてきたが、そこにいて欲しかった隆は
「一緒に聞いてもらえませんか? 貴子さんが承諾してくれるならですが…」そう言いながら白ネコを見た。
「構いません、クロトラさんが守ってくれるから安心して暮らせるのだし、ここにいるものにとっては親のような存在ですから…」もう1つの翻訳機から白ネコの言葉がハッキリ聞こえてくる。
「やはり、これは貴子さんのでしたか…」お腹の翻訳機を見て隆が言うと、
「隆さん、息子の事でご迷惑をお掛けして済みません」白ネコは頭を下げ、「でも私が息子に会えば…、母親はネコになってまで生き長らえようとする人間だったと幻滅させてしまいます…」と続けた。
「誘拐されたのではないと?」隆が少し驚きながら訊ねると、
「ええ、……」と言ったきり、白ネコは黙って下を向いた。
「貴子さんは変身が違法だからそう言うのでしょうが、知宏さんは本物と変身ネコに分け隔てなく接する人です。ここでネコ缶を配るのだって変身ネコばかりと知っていながら来ているんですよ。そんな人がお母さんに幻滅するとは思えませんが…」隆は柳瀬の気持ちを伝えたが、
「息子は私が誘拐されたと思っているから同情してくれたのでしょう。望んでネコになったと知っていたら捜しはしなかった筈です」と隆の言葉を否定するように顔を横に振った。
「自分の母親が突然姿を消したら誰だって必死で捜すでしょう。親子の愛情があるから捜すのであって決して同情じゃないと分かっているのに何故そんな嘘をつくんですか? 知宏さんに会えない本当の理由を話して貰えませんか?」隆が全てを話し終わる前に白ネコが後ろを向き、走り出そうとする。
「待って!」と隆が言うのと同時に、
『捜しているのは誰だ!!』その言葉をかき消してしまう程大きな声が頭の中に響いた。
白ネコは凍りついたように立ち止まる。
『…捜している男の話がまだ済んでないぞ。ここまで息子の事を想ってくれるのに真実を隠すつもりか…』クロトラが諭すような声で静かに語りかけたが白ネコは何も言わずに下を向いたまま、涙は出ていなかったが泣いているようだった。
2人は何も言わずに白ネコが落ち着くのを待った。
しばらくして、クロトラがゆっくり頷くのを見た隆は再び口を開いた。
「あなたが探している人、その男性こそが再会を拒む本当の理由でなんですね?」静かな口調で訊ねてみるが、
「…………」白ネコは俯いたまま何も答えない。
「どうしても話せないのならもう訊きません。その代わりあなたとの再会を諦めるように知宏さんを説得する事も出来なくなりますが…」隆がわざと諦めたように告げると白ネコは顔を上た。
「捜して…、いるのは…」途切れ途切れに言葉を繋ぎながら「それは…、あの子の…、父親です…」と小さな声で告げた。
隆は一体何の事か分からずに、
「…お父さん?、ですか?…」と困惑した表情を向けると、
「まだ、生きている筈です」白ネコはそう言って隆とクロトラの顔を交互に見る。
思わぬ展開で全く先が読めなくなった隆が
「詳しく話して貰えますか?」と急かすように頼むと、白ネコは昔の記憶を辿るようにしながら話し始めた。




