第28話
男が入口の錆びたドアを少しだけ開けたままにして帰ると、すでにとっぷりと日が暮れていた。
暗い倉庫の中で変身ネコ達に囲まれた隆は
「ありがとう。皆が協力してくれたお陰で誰も逮捕されずに済んだ…」お礼を言いながら何度も頭を下げた。
すると横にいた黒トラ柄のネコが隆の方へ向き直り、
『礼を言わねばならないのは我々の方だ。お前の勇気ある行動で皆が安心して暮らせるようになった』と頭の中に語りかける。
黒トラ柄は隆を見詰めてゆっくり頷くと、
『お前の名前は? ここに来た目的は何だ?』静かに問い掛けた。
「僕は斎藤隆、柳瀬知広の母親を捜しに来たんです」そう答えると、
『柳瀬には以前、白ネコの話をしたが…あの男の捜索にお前も関わっているのか?』と不思議そうに隆を見る。
「その時、一緒にいたのは私の妻の美沙です」隆がそう答えると、
『お前の妻だったのか…』黒トラ柄は記憶を辿るようにしてから、『数日前、その白ネコがここへ来た』と続けて語り掛けてきた。
その予想だにしなかった言葉に
「え、ここ?、この倉庫に?…ですか?」黒トラ柄は隆のあまりの動揺を見て笑うように目を細め、
『ああ、ここだ。この倉庫だ…』とゆっくり答えた後、『白ネコは今もあの男を捜しているようだった。柳瀬に知らせてやろうと思ったが、餌を食べるとすぐに何処かへ旅立ってしまった』と語る。
「またここに戻って来ると思いますか?」隆が黒トラ柄に訊ねると、
『取り締まりの餌やりが来なくなったのは知らないだろう。生きていれば腹を空かして戻ってくるかも知れない』と語った。
貴重なチャンスを逃してしまったと知り、隆は何故もっと早く捜索を始めなかったのかと後悔した。
白ネコが今でも男を捜しているのなら同じ場所に長く留まる筈はなく、どこかで目撃情報を得て出掛けてもすでにそこにいない可能性が高いだろうと想像出来た。
頼りは黒トラ柄だけだと思い、
「お名前は?」と隆は訊ねてみる。
すると隆の頭の中を超能力で読んだのか、
『クロトラ……、お前達がそう呼ぶならそれでいい』美沙との間で呼んでいる名前を告げ、本当のことは教えてくれなかった。
この倉庫へもネコ缶配りに来て貰えるようにすると伝え、食べ物の心配をしなくて済むようにした隆は白ネコが戻ったら知らせて欲しいと言おうとして、
『言わなくていい。戻ったらすぐに知らせる』とクロトラに先回りされてしまった。
念の為、自宅の場所を教えようとしてクロトラを見るとすぐに大きく頷くのでそれも不要だと思い、何も言わずにドアから出て倉庫を後にした。
書斎の窓から自宅に戻ると既に9時を回っていた。
ネコ缶配りから戻っていた美沙が廊下へ顔を出した隆に気付いて、
「大丈夫? 何かあったの?」と言いながら走り寄って来る。
「どうしたの? 遅かったから心配してたのよ!」矢継ぎ早に訊いてくるので、
「お母さんに繋がる有力な手掛かりを手に入れたよ」隆は先ずそう告げてから、「でも、少し時間が必要なんだ。明日、詳しいことを話すから柳瀬さんを呼んでくれるかな」美沙を安心させる為に笑顔で話し終えた。
次の日、その日の仕事の全てを昼までに終わらせた柳瀬が、駆け込むようにして隆の元へやって来た。
「詳しく聞かせてください! 今日は会社に戻らなくていいようにしてきましたから…」と肩で息をしながら椅子の上の隆を急かす。
倉庫での出来事について話し始めると、
「そんな危険な事があったのにどうして黙っていたの?」すぐに美沙が反応して怒り出した。
柳瀬を呼んだ手前そこで話を止める訳にはいかないと思った隆がそのまま話し続けると、内容の方が気になり始めたのかその後は黙って聞いていた。
「そういう状況なので、今夜からあの倉庫でもネコ缶を配ってもらえますか?」隆がお願いすると、
「勿論です。もしかしたら、そこで母に会えるかもしれないし…」柳瀬は当然のように引き受けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日から隆は捜索に行くのはやめ、自宅でクロトラの知らせを待つことにした。
20日後、デスクの上で顔を洗っていた隆の頭に
『帰って来たぞ、白ネコが…』突然、クロトラの声が響く。
細く開けた窓から外を見ると目の前の茂みからクロトラが顔を出し、隆が招き入れるまでもなく気付いた時にはデスクの上にいた。
「…ク、クロトラさん…」自分の背後に忽然と姿を現わすクロトラに驚きながら、「白ネコさん…、戻ってきたんですね?」何とか言葉にして訊ねると、
『ああ、そうだが…』クロトラは表情を曇らせて口籠る。
「何かあったんですか?」クロトラの方を向いて座り直し、神妙な顔で訊ねると、
『息子が捜していると伝えたが自分に子供はいないと言い張るのだ。何か理由があるのだと思い、超能力を使って頭の中を読んでみたのだが…』困惑した表情で語り、『わかったことは、白ネコの頭の中を今もあの男のイメージが占めているということだけだった…』と鼻にシワを寄せた。
隆はクロトラと話しながら今、無理に親子を会わせようとすれば白ネコは姿を消してしまい再会の機会は永遠に失われてしまうかも知れないと思った。
先ずは子供がいないと言い張る理由を確かめることにして、
「とりあえず、ネコ缶配りの時間に合わせて倉庫へ行ってみます」と黙ったままのクロトラに伝えた後、「その白ネコさんに特徴はありますか?」白いネコが何匹もいた場合に備え、見分ける為のヒントを訊ねる。
『左右で目の色が違うから、すぐにわかる筈だ』クロトラはそう言うと姿を消した。
書斎のデスクにひとり残された隆はクロトラから聞いた話を思い返し、どうすれば柳瀬と母親を再会させることが出来るだろうかと悩んでいた。
その夜いつものように留守番するフリをしてネコ缶配りに出掛ける美沙を見送った隆は1時間程待機した後、2人が向かう筈の倉庫を目指した。
柳瀬のドローンが倉庫の前にないのを確認した隆は外階段の穴から中に入り、全体が見渡せる踊り場に伏せて2人の到着を待つ。
倉庫が安心して暮らせる場所になったからか沢山のネコが階段を上り下りしていて、取り締まりの男との対決を知るネコが側を通る度に頭を下げていくので、隆は余計な気を遣わせないよう寝ているフリをすることにした。
内階段の踊り場で1時間程待つと入り口のドアが軋む音を響かせながら開き、ハーモニカの演奏と共に柳瀬と美沙が入ってくる。
隆は2人を覗き見しているような罪の意識に苛まされそうになったがすぐに気を取り直し、集まってくるネコ達の中に白ネコがいないか捜し始めた。
大人しく待つネコ達の前に次々と缶詰を置いていく2人を見ながら白いネコが3匹いるのを確認したが、どれも左右同じ色の目で戻って来た筈の白ネコはどこにも見当たらない。
ネコ缶を積んだ自動カートのライトは倉庫の半分程を照らしているだけだったが、それでも隆の目には十分に明るく、他に白いネコがいないのは明らかだった。
息子が自分を捜していると知り姿を消してしまったのではと思い始めた頃、裏手のシャッター越しに見える暗い茂みで白いものが動いた。
もしやと思った隆が急いでその茂みへ向かうと左右の目の色が違うオッドアイ、つまり柳瀬の母と思われる白ネコが倉庫の中を見ていた。
脅かさないようにゆっくり近づき少し離れた所に座ると、白ネコは左右色違いの目でチラッとこちらを見たが、すぐにその顔を柳瀬と美沙の方へ戻してしまう。
こんな風に隠れている白ネコへいきなり息子が会いたがっていると告げれば逃げてしまうかも知れないと思った隆は迷った挙句、美沙のことを話すことにした。
「…あそこにいる女性は私の妻です」静かな声で言ったが、白ネコは驚いたように振り返り大きな目でじっと見詰めてくる。
「私は1年程前に変身し、今も妻と暮らしています」前足を高く上げ、お腹に着けた翻訳機から言葉を発して見せると、
「ニャニャ………」白ネコは何かを伝えようとしたが鳴き声では理解してもらえないと思ったのか、それ以上何も言わなくなってしまった。
隆が白ネコ用の翻訳機を借りずに来てしまったことを後悔し始めた時、
『昨日話したのは、このネコのことだ…』白ネコに話し掛ける声が頭の中で響いた。




