第27話
次の日、隆は同じ時刻にもう一度倉庫へ行こうと思っていたが、美沙に心配を掛けぬよう昨夜起きたことは話していない為、その時間に出掛ける口実が必要だった。
取り締まりに怯える変身ネコが活動するのは夜の可能性が高いだろうというのを口実に美沙を説得した隆は、書斎の椅子の上で昨日、頭の中で響いた声について考えてみる。
その言葉の意味を解き明かしていくと、倉庫にいるのは変身ネコばかりで黒トラ柄のネコが話してくれた集会がそこで行われていても可笑しくないだろうと思えてくる。
そこへ行けば柳瀬の母親に繋がる情報を得られそうな気がして居ても立っても居られなくなったが、実は隆を倉庫へと駆り立てていたのは不思議な黒トラ柄のネコに会ってみたいという好奇心かも知れなかった。
昨日、頭の中に響く声が超能力を持つ黒トラ柄のものだと直感し、その存在をすぐ近くに感じたにもかかわらず姿を見られなかったのが心残りで、危険だと分かっていても隆は倉庫へ行かずにはいられなかった。
変身から1年近く経って考え方もネコのように変化し、危険な事に対して無頓着になりつつあったが、隆自身もそれにはまだ気付いていないのだった。
夕方、再び倉庫の前に来ていた隆は少し離れた所から様子を伺う事にして見張りに最適な場所を探し始める。
すぐに、正面のドアと裏手のシャッターへ続く道の両方が見渡せる民家を見つけ、その屋根から見張る事にした。
2メートル程の高さを助走も付けずにジャンプして塀の上に乗り、屋根の低い部分まで3メートル以上ある距離を軽々と飛び移ってあっという間に頂上まで駆け上がる。
一番高い所から他の家の屋根を見るとあちこちに日向ぼっこしながら寝ているネコがいるので、怪しまれないよう隆も同じ格好で見張りを開始した。
夕日が西に傾いて空が赤く染まり始めた頃、裏手のシャッターへ続く道をネコが次々に横切っていく。
それから20分程経つと地上を走る自動運転の車が1台やって来て倉庫の前に停まり、中から5人の男が降りてきた。
隆が屋根の上で薄目を開けて見ていると昨日、倉庫内で餌を配っていた男が今日も大きな箱を抱えてシャッターの前に立った。
他の4人はゴム手袋をして巻かれた網のような物を持ち、裏手に続く道を静かに歩いて行く。
シャッターの前の男はしばらくの間ただ宙を見詰めて立っていたが、徐に箱を持ち上げると肩でドアを押して中へ入っていった。
隆はそこまで見ると屋根から塀を伝って地面に降り、男達に悟られぬよう1つ離れた路地を使って倉庫の裏手が見える場所へ移動する。
そこからはすすきの茂みに隠れながらバッテリーに繋いた網を広げる4人の男がハッキリ見え、そこから逃げようとすれば高圧電流の罠で捕らえられてしまうのが良く分った。
男が倉庫に入ってから30分ほど経った頃、突然入口のドアがバタン!と大きな音を立てて閉まった。
「今喋ったのはどのネコだ!!」中から男の怒鳴り声が漏れてくるが、中が見えない隆には一体何が始まったのか分からない。
網を構えている4人の男達に気付かれぬよう他に入れる場所を探してみると、正面から右へ廻った所に幅の狭い外階段がある。
音を立てずにそっと上がって行く隆は中程に造られた踊り場の外壁に小さな穴を見つけた。
「この耳ではっきり聞いたぞ!」そこから男の大きな声が聞こえてくる。
なんとか身体が通りそうなその穴へ顔だけ入れて覗くと、そこは中二階の事務所へ続く内階段の踊り場だった。
穴を通り抜け内側の踊り場に移動した隆が手すりの間からそっと下を覗くと、広い倉庫の壁際に70匹程のネコが所狭しと集まって怯えている。
正面のドアは閉じられ裏手のシャッターには網を構えた男達という状況で、逃げ道はこの小さな穴以外にないのか、寄り集まって震えるしかないようだった。
「さあ、うっかり言葉を喋ったのはどのネコだ!」男が低い声で脅すように告げ、「名乗り出なければ1匹ずつ調べる事になるぞ!」とネコ達を睨む。
隆は食べるのに夢中になって思わず発した鳴き声がたまたまベストに付けた翻訳機によって言葉のようなものに変換され、それを聞いた男が声の主を突き止めようとしているのだと理解した。
昨日、頭の中で響いた声が『少しでも怪しまれていたら、全員調べられていただろう…』と言っていたのを思い出し、隆は自分の行動に疑わしいものがあったから今、こうなったのかも知れないと責任を感じていた。
階段の踊り場から見守るだけでどうする事も出来ない隆は、男が目の前にいた黒ネコを捕まえようと1歩近づいた時、反射的に声を出す。
「そのネコに近寄るな!」爪で翻訳機のボリュームを最大に上げ、大きな声を倉庫中に響かせた。
「だ、誰だ! どこにいるんだ!」驚いた男はそう言いながら辺りを見廻す。
「そのネコに少しでも触れば、ここにいる皆で一斉に襲いかかるぞ!」その先の事を何も考えていなかった隆は口から出任せを言い、あの声の主に話しかける。
(どこかにいるなら返事をしてくれ…)
しかし、返事がない。
(助けるにはこれしか方法がない。皆に伝えてくれ、男を囲んで脅すんだ…)と、今度は祈るように話しかけた。
すると、
『皆で男を取り囲め!』
『そして睨め! 脅せ!』隆の頭の中にもその声が響いた。
すぐにネコ達は男を取り囲み、今にも飛びかかりそうにして睨みつける。
「な、何をするんだ…。 お前たち…」男がネコ達の思わぬ反撃にたじろぐのを見た隆は、
「…ここにいるのは飼い主に裏切られて捨てられた、ネコ達…」、「それか、最愛の人を亡くして住む場所を失った、不幸な変身ネコ達なんだ…」と静かに話し出した。
「どこにいるんだ?」男はまだ怯えているが、隆の落ち着いた口調に攻撃的な姿勢を緩める。
「確かに、変身は違法で反社会的行為かも知れない…しかしヘブンに行った後、残された者が1人で生きて行けない場合はそうせざるを得ないんだ。ネコになって生きるより、ヘヴンに行った方がずっと楽かもしれないのに…」、「そして1度ネコに変身したらもう後には戻れず、どんなに辛くても死ぬまでネコとして生きなければならない」、「野良になれば辛く過酷な日々を送らねばならないと知りながら、そうせざるを得なかった人達なんだ」隆は男の恐怖が収まるのを感じながら話した。
男はもう隆の姿を探そうとはせず、少し俯いたまま黙っている。
「ひっそり生きて人間に迷惑を掛けるつもりはないが、それでも逮捕したいと言うなら皆で戦うしかない。ネコの姿になっても元は人間だったことは忘れていないし、あなたに危害を加えようなんて少しも思わない…。これが仕事だということは良くわかっているし、取り締まりに来るからと恨むつもりもないんだ…」隆は淡々とその男に語りかけた。
「………」男は口を開けて何かを言いかけたが再び黙る。
「この食糧危機の中では残飯にありつく事すら難しくなった。わざわざ捕まえに来なくとも私達は長く生きられないだろう。だからそっとしておいてほしい、互いに憎しみあって傷つくのは意味がない」と隆は続けた。
男はしばらくの間、何かを考えるようにした後、
「…変身ネコはただの我儘な人達だと思っていたが、…こんな話を聞かされるなんて想像もしてなかった。私はずっと誤解していたようだ…」と申し訳なさそうに言い、「もうすぐ取り締まりは新しい方法に変わり、私達もお払い箱になる。あなた達の事を良く知ったら捕まえる気もなくなった。今後、我々がここに来る事はないから安心して暮らしてくれ」話し終えると|深く頭を下げた。
その後周りのネコ達を見て、
「我々が来ないということは、もう餌を持って来ないということになってしまうが…」と心配そうに告げる。
それを聞いた隆はゆっくり階段を下り、男の前で向き合うように座ると、
「分かってくれてありがとう。私達はネコだから飢え死にも気にしないさ、心配は要らない」明るい声で礼を言って人間のように頭を下げた。




