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第26話

 隆は人間だった時の記憶を頼りに工場が立ち並ぶ湾岸地区を目指す。


 人気のない場所を探しながら1時間程歩き続け、気が付くと知らない景色(けしき)の中にいた。

 すでに日が(かたむ)き始めていたので暗くなる前に引き返そうと思ったが、目の前の路地(ろじ)に古びて使われなくなっている倉庫があるのを見て、そこを(のぞ)いてから帰ることにする。


 (あた)りを警戒しながら近づいていくと、倉庫の幅一杯に取り付けられたシャッターの前にはシートが半分(めく)れたままの古い貨物用ドローンが放置されていた。

 中に入れそうな場所を探しながらドローンの裏に回った隆はシャッターの端に(くぐ)()があることに気付く。

 近づいてみると(さび)で茶色く(いろど)られたドアは内側に少しだけ開いていて、いかにもネコが出入りしているように見える。


 その隙間(すきま)から頭だけそっと入れてみると内部は(こわ)れたドローンが2台、(ほこり)(かぶ)ったまま放置されているだだっ(ぴろ)い倉庫で、奥に見える裏手にも正面と同じシャッターがある。

 そのシャッターは下から1メーター程まで開けられていて、そこから差し込む夕日が倉庫の内部をオレンジ色に染めていた。


 ネコの姿はなかったがそこから見えるシャッター越しの景色があまりにも美しく、隆は思わず足を踏み入れる。

 全てのものが夕日で赤く染まる中、すすきだけが金色に輝きながら時々吹く風で一斉(いっせい)()れていた。

 これまで見たことのない幻想的(げんそうてき)景色(けしき)に目を奪われて時間が経つのも忘れていたが、やがて右脇から小さな黒い点が現れると我に返る。


 隆は50メートル先に出現した小さな黒いシルエットに目を凝らしてそれがネコだとすぐに見分けるが、それがふらふら寄り道をしながら20メートル位の所まで近づいてくると新たなシルエットが3つ現れた。


 警戒(けいかい)してドアの方へ後退する隆を見てもその4匹は関心を示さず、ネコ達の興味(きょうみ)が他にあるのは明らかだった。

 敵意(てきい)を全く感じないのでそのままじっとしていると5メートル位離れた所まで来て座り、入り口のドアをじっと見つめる。


 その4匹が毛繕いを始めた頃には他のネコも次々と裏手のシャッターから表れるようになり、その数は最終的に50匹を超えていた。

 日が暮れて暗くなった倉庫の中でネコ達は皆、隆が入ってきた錆びたドアの方を向いて行儀(ぎょうぎ)よく座っている。


 一体何が始まるのかと思い隆が他のネコと同じ方を向いて座り直した時、両手で大きな段ボール箱を抱えた男がドアを肩で押しながら入ってきた。


「おぉ〜、みんな大人しく待ってたか〜」(ひたい)に小さなライトを着けた50歳位の男はそう言うと、抱えていた箱からアルミの皿を取り出して3メートル程の間隔(かんかく)をとりながら()れた手つきで置いていく。

 

 それが終わると同じ箱からドライタイプの(えさ)を取り出して、

「慌てるな。ほら、ゆっくり食べろ〜」先程置いた皿にカラカラと音をさせて入れながら、集まるネコに話し掛ける。


 最初の皿に餌が入ると近くの数匹がササッと群がり、次は隣の皿という具合に同じ光景が繰り返されて行く。


 男が近くの皿へ餌を入れようと(かが)んだ時、着ているベストに10台程の翻訳機が付いているのを隆は見逃(みのが)さなかった。

 薄暗い中、男の耳に目を()らすとイヤホンを着けているのが判り、これが(うわさ)に聞く取り締まりだとわかった隆は思わず身構(みがま)える。


 ここで(つか)まる訳には行かないと思い、裏手にあるシャッターの下から逃げようとしてそちらに顔を向けると、

『逃げるな! これは(わな)だ!』突然、誰かの大きな声が頭の中で(ひび)いた。


 隆は声の主を探して見回(みまわ)すが、

『捕まりたくなければ皿の餌を食え!』再び大きな声が響き、『早くしろ! (うたが)われるぞ!』と()かして怒鳴(どな)る。


 訳がわからぬまま、近くの皿へ走り寄って食べ始めると、

『それでいい。野良のようにガツガツ食え…』今度は落ち着いた声が頭の中で響く。


(誰なんだ、この声は一体どこから…)と隆はその頭の中で考えた。


 すると再びその声が

『翻訳機を見せるのは罠だ。後ろのシャッターから逃げれば捕まるぞ』と頭の中で響き、『取り締まりに(おび)え、逃げようとするのは変身ネコだけだ。本物のネコが翻訳機を恐れたりする筈がないからな』隆を(とが)めるように告げた。



 餌を入れ終わった男はネコが群がる20個程の皿を1つ1つ丁寧(ていねい)に見て回り、声を掛けながら気になる1匹をじっと観察している。


「新入りか…。 お前どこから来たんだ?」目の前にやって来た男が話しかけるので、隆は夢中で食べるフリをしてお腹の翻訳機を隠した。


 すでに日が落ちて倉庫の中は暗く、額に着けたライトも明るくなかったお陰で翻訳機のベルトがバレずに済んだ隆は食べ終わると他のネコと同じように顔を洗うフリをして男に背を向ける。

 餌が無くなったのを確認し全ての皿を回収した男が額のライトを裏手に向けて点滅させると、シャッター越しの暗闇(くらやみ)で何かが動いてすすきを()らした。


 男はしばらくその暗闇を見つめていたがフーッと短い息を吐くと、床に置いてあった段ボール箱を抱えてドアから出ていった。


 ようやく緊張から解放され、ホッとしながらドアを見つめる隆の頭の中で再びあの声が響く。


『野良のルールも知らない奴が、何しにここへ来た?』


『逃げようとしたあの行動が少しでも(あや)しまれていたら、今頃は全員調べられていただろう』責めるような声が頭の中で響き、『お前が1人が捕まることで俺達の平和な暮らしが終わってしまうのだ』とその声が続けた。


(俺達とは…変身ネコのことだろうか?…)隆が頭の中で考えただけで、

『ああ、そうだ。ここでひっそりと暮らす俺達を…、お前が危険に(さら)したのだ。2度と来るな!』突き放すような声が響く。


 隆は皆を危険な目に遭わせたことを謝りたかったが、考える事を読めるならそれも分かっているだろうと思い、黙って倉庫を後にした。



 細く開けられた窓から書斎に戻ると、

「チビちゃん!、大丈夫?」帰りを待ちわびていた美沙がすぐに駆け寄り、「遅かったから心配したわ」怪我がないか確認しているのか、隆の身体をあちこち見ながらそう告げた。


 倉庫で起きた事をそのまま話せば美沙が益々心配するようになり、2度と出してもらえなくなるかも知れないと思った隆は何もなかったことにした。

 その夜は倉庫で餌を食べたせいでお腹が一杯だったが、食事をしないとその理由を話さねばならないので無理にネコ缶を食べてから、書斎の椅子で横になった。


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