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メタモルフォーズ  -変身-  作者: 神家数熨斗


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3/5

第3話

 修一が食糧危機の今でも簡単に手に入る、ジャガイモで作られたポテトチップを(つま)みながら、

「50歳になってもヘヴンへは行かず、身近な動物へ変身して生き続ける方法があるらしいよ。すごくお金が掛かるようだけど…」新たな話題を振って皆の反応を伺う。


「私も聞いた事があるわ。ペットのフリをして家族と暮らすんだとか…」由美子はそう言うと真剣な顔で修一に向き直り、「動物になったって貴重な食糧を食べる事には変わりないし、違法なんだからちゃんと取り締まって欲しいわ」と少し(けわ)しい表情になって告げた。


 隆はその言葉に一瞬たじろいだが、その動揺(どうよう)(さと)られないようにして、

「動物になったって今の食糧難を生きて行くのは大変だろう。それより、人類のお役に立てるヘヴン行きを選ぶ方がずっと楽だと思うな」笑いながら返すと、

「私もそう思うわ。でも、お金のある人の間ではペットになりすまして生き続けるのが(あた)(まえ)になっているみたいよ」由美子が続ける。


「金持ちが違法に長生(ながい)きするから食料が不足するんだ。それで若い人達が生きられないなんて不公平(ふこうへい)だよ!」修一が不条理(ふじょうり)な世の中を(なげ)くと、

「ジャジャ──ン!、おまたせ~」そんな会話で重くなった空気をよそに、美沙が配膳(はいぜん)用のワゴンを押しながら現れた。


 そのワゴンに乗せられた数々の料理が最近では滅多(めった)にお目にかかれない贅沢(ぜいたく)なものばかりで、それを見た3人は目を丸くしながら、

「うわ〜、ぜいたくーぅ。うまそ〜」と思わず声を揃える。



 それらの贅沢食材(ぜいたくしょくざい)は50歳を迎えた隆へ国が配給したものだった。


 食糧難の中、ヘヴンへ行く人々の最後の晩餐(ばんさん)豪華(ごうか)にしてあげようという(はか)らいで、50歳を迎えた日からヘヴンへ行く日まで毎日届けられるのだ。

 配給される食材の全てを貧しい子供達が暮らす施設に寄付し、人生最期の善行(ぜんこう)()(きよ)めてからヘヴンへ行こうと考える人もいるが、隆は普通に友達や妻の美沙と晩餐を楽しむ事にしていた。



 普段目にする事のないその贅沢な料理を皆でしばらく(なが)めた後、各食材の(めずら)しい食べ方の話題で盛り上がる。

 そこからは飲めない美沙もジンジャエールのグラスを手に3人の話に加わり、料理を(つま)みながら驚いたり笑ったりと大いに楽しんだ。



「今日はいつものように、明るく笑って別れよう…」自分が()れた()()ましのエスプレッソコーヒーを配り終えた隆が(つぶや)く。


「じゃあ…、また(・・)飲もうね!って笑顔で言いながら帰るよ!」湿(しめ)っぽいのが苦手な修一がすぐに反応し、両手で持ったカップを見つめていた由美子も、その顔を上げて(うなず)いた。



 その後はコーヒーを飲みながら昔の思い出話に花を咲かせ、時計の針が11時を回ると、

「じゃあね、タカさん。また飲もうね!」修一と由美子は隆が望んだ通り笑顔で別れを告げ、元気よく手を振りながら帰っていった。



 玄関に立ったまま2人の(さび)しげな後ろ姿を廊下の(かど)まで見送った隆がドアを閉めると、すぐに不安な表情の美沙が話し出す。


「あんな話題を持ち出すなんて…。まさか、気付かれていないわよね?」


「うん、十分に気を付けてきたからそんな筈はないよ」隆はそう答えながらも、変身する事は違法だと()(はな)った時の由美子の(きび)しい表情と、金持ちだけが生き長らえるのは不公平だと告げた修一の言葉を思い出していた。


 同じ事を考えているのか、落ち着かない顔をして何も言わない美沙に

「由美子と修一が執行(しっこう)参列(さんれつ)する訳でもないし、何も心配する事はないさ!」隆はその不安を吹き飛ばすように明るく笑ってみせた。


 すると、ようやく美沙も笑顔を取り戻し、

「そうね。気付く筈はないわ!」そう言い残して片付けをしにキッチンへ向かった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから29日経ったヘヴンへ行きの前夜、書斎(しょさい)にやって来た隆は他人に見られぬよう隠しておいたリーフレットを本棚の奥から引っ張り出した。

 そのままシュレッダーにかけようとしたが表紙を見詰めて感慨深げな表情になると、そのままゆっくりデスクの椅子に腰掛ける。



 それは、(つや)のある深いグリーンの表紙の上部に『50歳のメタモルフォーゼ(=変身)』と金文字の小さなタイトルだけがある、秘密めいた感じがするリーフレットだった。

 5年前に医療機器メーカーの副社長を務める知人から貰ったもので、そこには50歳以降も生きていく方法として動物への変身が紹介されている。


 3歳年上だったからもうヘヴンへ行っている筈だが、実際は『命の相続』をしたのかそれともリーフレットにある動物に変身したのか、知る(すべ)はない。

 その人は海外にも家を持っていたので今も生きているなら、犬か猫の姿になって別の国で暮らしているだろうと隆は思っていた。


 変身動物は死刑に(しょ)すと世界法が定める以上、その法律から逃れることは不可能だが本物の動物と見分けられない為、どの国にいても捕まる心配はない。

 変身がいつバレてしまうかと、知り合いが多い日本で(おび)えて生きるより、外国の方が安心して暮らせるのではと考えたのだった。


 世界中で変身動物が捕まらない理由の一つとして、『ヘヴン・プロジェクト・ロー』が若年層(じゃくねんそう)救済(きゅうさい)する為に急遽制定(きゅうきょせいてい)された法律で公平さに欠ける不完全なものだったからだ。

 各国の警察はその不完全な法律が将来修正されれば罪が罪でなくなることもあり得ると考え、積極的に取り締まろうとはしなかったのだ。


 世間では一度でも大切な人のヘヴン行きを経験すれば、それがいかに辛く悲しいか解ると言われるようになっていて、実際に『命の相続』の参列(さんれつ)経験を持つ者が増えてくると、不公平な法律が適用される人々に対して(あわ)れみの感情が芽生(めば)え始める。

 やがて、その哀れみは人間の姿でなければ大目にみようという寛容(かんよう)に変化していき、そんな風潮(ふうちょう)が社会に蔓延(まんえん)すると取り締まりを求める声は聞かれなくなった。


 そのお陰か、富裕層(ふゆうそう)の間では変身術を違法と(とら)える人は少なく、50歳になったら「ヘヴンに行くか」、「変身するか」の2択が今では普通になっている。



 長く生きたいと願う者が金持ちに多いことから、違法であるにも関わらずその利益目当てに変身術とは違う方法も色々試されてきた。

 しかし、それらの全てが人として生きることを前提にしていた為に困難が多く、実現したものは1つもない。


 初期の頃に試されたものでは自分の代わりに買収した他人をヘヴンへ行かせ、その後の人生を隠れて生きるという方法があった。

 だが、そんな日の目を見ない生活に3年以上耐えられる者はおらず、殆どが精神を病むか外に出て逮捕されてしまう結果に終わる。

 整形術で若い別人の容姿を得て堂々と生きる方法も考えられたが、手術で心まで若くなれる筈もなくすぐにバレてしまうことが判ると、それを試そうという人はいなくなった。



 ヘヴンへ行かずに逮捕されるとだちに『命の相続』を執行されてしまうのだが、その名目は『ヘヴン法違反の死刑執行』という不名誉(ふめいよ)なものにされてしまう。

 当人にとっては人生が終わることに変わりないが、残された者にとってそれは大違いだった。


 ヘヴン法を犯した者の家族は社会から猛烈なバッシングが浴びせられ、就職や融資を申し込むといった重要な時に不当(ふとう)(あつか)いを受けてしまう場合まである。

 そうしてまともな人生を送れなくなった上、違法に生きた年数に応じた多額の罰金まで科せられてしまうのだ。


 自分だけでなく家族や関係者も大きなリスクを(おか)さねばならないという事が知れ渡ると、人間の姿で生きたいと望む者は徐々にいなくなっていった。



『ヘヴン・プロジェクト・ロー』が施行されたばかりの頃はそうして違法に生きようとする人ばかりでなく、もっと純粋な理由からヘヴン行きを拒む人達も存在した。


 与えられた寿命を(まっと)うしないのは神を冒涜(ぼうとく)するのに等しいと(とな)える人達で、世界中の過疎地にコミュニティーを造り、自給自足(じきゅうじそく)で暮らしていた。

 しかし、ヘヴンへ行かない者を非国民と呼んで殺害する、『ヘヴン(のが)()り』が過激な若者達の間で流行(はや)り出すと、たちまち姿を消していった。


 そうした紆余曲折(うよきょくせつ)()て、50歳以降も人の姿でいられるのは特別に許可された者だけになり、普通の人にとってはペットや野生動物に紛れて暮らす変身術だけが生き長らえる方法として残ったのだった。



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