第24話
次の日、朝一番に約束を取り付けた美沙は柳瀬の思い出を聞き出す為に社長室へ出向いた。
「トモくんのお母さんはどこで働いていたの?」「良く遊んで貰った場所は?」質問形式で訊ね、柳瀬の答えを電子メモ帳に残していく。
「そうそう、両親がどうやって結婚に至ったのか知ってる?」美沙が思いついたようにして訊くと、
「あ、そうだ! あの場所だよ!」柳瀬が突然、大きな声で叫ぶように言った。
「え、どこ? あの場所って、どこなの?」その声に少し驚きながら急かす美沙に、
「ネコ缶配りを初めてやった場所、つまり今の最終地点だ」そう言ってから「黒トラ柄のネコが話してくれた通り、あの公園は工場と研究所の跡地に造られんだ…。母が事務員として工場で働いていた頃、父が隣の研究所に勤めていたんだと小さい頃に聞いたことがある」と続けた。
「2人はあの場所で出逢ったんだ…」柳瀬は感慨深げに美沙を見つめ、
「あの公園の近くに母がいるならハーモニカの音が聞こえてるはずだけど…、どうして会いに来てくれないんだろう」と腕を組んで黙った。
「そうねー。私がネコの言葉を話せたら、公園のネコ達にお母さんを見掛けたことがないか聞けるのに…」美沙がそう呟くと、
「皆、新たな取り締まりを警戒して姿を見せなくなってしまうかも知れない。そうなれば聞き出すどころかネコ達に会うことすら難しくなってしまう…」と柳瀬が将来を悲観して嘆いた。
それからさらに2時間程話した後、ネコ缶配りで再び会う約束をして美沙は自宅に戻った。
柳瀬から聞いた事について話し終えると、
「あの公園で両親が出会ったと分かってもね…、行き詰まったわ。黒トラに会ったところまでは良かったのに…」と美沙は書斎で悔しそうに告げる。
他に打つ手はないと思った隆は自分が考えた方法を話す事にした。
「お母さんの捜索についてずっと考えていたんだけど、僕がその公園に行って捜す以外に方法はないと思う」静かにそう言ってから、「ネコの姿の僕なら警戒されずにネコの集まる場所に入れるし、変身した者同士の方が話しやすいだろう。すぐにお母さんを捜し出すのは無理かもしれないけど、確実な情報を変身ネコ達から得られるかも知れないよ」と真剣な顔で話した。
それを聞いた美沙は目を丸くして、
「なに言ってるの!? そんな危険な事は絶対にダメ!」と怒って隆を睨む。
「時間が残り少ない今の状況では他に良い方法はないと思う。僕はもうネコの運動能力を身に付けたから危険な事はないさ、心配は要らないよ」隆は軽く言い、「でも、柳瀬さんに変身した事を打ち明けないとならないけど…」と美沙の目を見詰めて黙った。
ネコに変身して以来、隆は危険に対する感じ方が徐々に変化し、悩むなら行動してみようと考えるようになっていた。
困っているのか怒っているのかわからない顔で黙っている美沙に
「柳瀬さんを助けてあげたいと本気で思うなら、僕も覚悟を決める」と力強く告げる。
「……………」美沙はどうしたら良いのか分らず、泣きそうな顔になていく。
その表情をしばらく見守っていた隆が、
「自分達の安全だけを優先して何もせずにいるより、危険を冒してでも誰かを助ける方が意味のある人生になると、僕はそう思うよ」落ち着いた口調で語りかけると、
「…隆が本当に危険じゃないと言うなら…」美沙は迷いながら隆の顔を見て言い、「…でも、絶対に危険な所に行かないでね」と念押しする。
「じゃあ入念に計画してみて、それでも危険だと思う事はやめよう」隆がそう言うと美沙はようやく安心した表情を見せた。
「それで、柳瀬さんにはどうやって話そうか?」早速事を進めようと思った隆が聞くと、
「今夜…、ネコ缶配りの帰りに話すわ…」美沙は自信なさげに言う。
その口調でこれまで誰にも明かさなかった変身について話すにはかなりの勇気が必要な上、柳瀬の反応によってはややこしいことになり兼ねないと隆は気付く。
「僕が直接話そうか? ありのままを見ればすぐに理解してくれるだろうから…」困った表情のままで下を向き、何も言わない美沙を気遣って言うと、
「じゃあ、今夜来てもらう事にしましょ!」すぐに顔を上げ、ホットしたように答えた。
その夜、強化された取り締まりのことが頭を離れない柳瀬はずっと黙っていた。
ほとんど会話をしなかったので少し気が引けたが、美沙は帰りのドローンの中で切り出す。
「トモくんのお母さんを捜す方法だけど…」小さな声で遠慮がちに話し出すと、
「えっ! 何か良い方法があるの?」下を向いてばかりだった柳瀬がすぐに顔を上げ、飛びつくように返事をした。
「ごめんなさい、実はトモくんに隠していた事があるの」美沙が真剣な顔で言い、「今日は全てを話すわ…」そう続けると、
「僕の母を捜す方法と、どんな関係があるの?」柳瀬は複雑な表情になる。
「これから家に来て欲しいの。全てを見せるから」美沙がその疑問には答えず静かに告げると、
「……分かった。じゃあ、見せてもらうよ」その話し振りからとても重要な事だと悟った柳瀬は神妙な口調で答え、再び黙り込んだ。
自宅に着くとそのまま柳瀬を書斎へ案内し、隆の前に椅子を置いてそこに座らせる。
「へぇー、君が前に話してくれたチビだね」柳瀬がそう言いながら振り返ると、美沙がその手に銀色に光るもの持って立っていた。
同じものを持つ柳瀬はすぐに翻訳機だとわかったが、それが何を意味しているのかまでは理解出来ずに困惑した面持ちになる。
美沙が何も言わずにゆっくりデスクに近づき翻訳機を置くと、静まり返った部屋にコトンと硬い音が響いた。
「これは?…」柳瀬がそれ以上言えずに、ただ翻訳機と美沙を交互に見ていると、
「…柳瀬さん、隆です」翻訳機から隆の言葉が聞こえてくる。
驚いてその目を見開いた柳瀬はデスクに置かれた翻訳機をじっと見つめる。
「斎藤隆です。初めまして」再び言葉が聞こえてくると、柳瀬は翻訳機に釘付けにだったその視線をお辞儀する隆の方へ向けた。
「…あっ、柳瀬です…。初めまして」動揺しながらも反射的に頭を下げ、「隆さん、夫の隆さんだね?」とすぐに状況を理解して美沙を見る。
「これが隠していた事なの。お母さんを捜すにはトモくんに全てを話すしかないの」美沙が静かに言う。
「そう、私がネコに変身したこの身体でお母さんを捜しに行きます。時間を掛けていられなくなった今、もうこれしか方法はないと思います」隆がゆっくり話すと柳瀬は突然、涙を流し始めた。
柳瀬は椅子から降りると土下座して、
「ここまで母の事を心配してくれていたなんて…、なんとお礼を言ったらいいのか…。そして、こんな危険を冒してまで…他人には絶対に話してはいけない秘密を僕に明かす…、そんな決断をさせてしまい、本当に済みません」泣きながら床に頭を付ける。
隆は柳瀬が落ち着くまで待って、
「柳瀬さんをお母さんに会わせてあげたいと思う私達の気持ちが、危険を冒す事に勝ったのです」と素直な気持ちを伝えた。
「美沙さんを、母親捜しが見破られないようにする為のカムフラージュにしようなどと考えていた僕に…、ここまで気遣ってくれるなんて…、どんなに感謝しても足りない…」下を向いて涙を拭いている柳瀬に、
「野良ネコ達への長きに渡る善き行いが今返ってきたと思えばイイんですよ」隆はそう言った。




