第23話
修一と由美子が帰った後、隆と美沙は書斎へ行くと聞いたばかりの新しい取り締まりついて話し始めた。
「大丈夫かしら、取り締まりが厳しくなったらどうするの?」不安な表情の美沙が開口一番に訊ねると、
「2人の話を聞いた限り、新しい取り締まりによって危険に晒されるのは野良になって外で暮らしている変身動物だけだ。僕は家の中にいるので心配ない」隆は落ち着いた口調で答え、「それより柳瀬さんの捜索が気掛かりだ。あれから黒トラさんには会えてないようだけど、早くお母さんを捜し出さないと手遅れになってしまうかも知れない」そう話して美沙を見詰める。
「どうすれば良いのかしらね。黒トラには会えないし…」美沙が下を向くと、
「そうだなあ…、ネコ缶配りに集まる変身ネコから手掛かりを得ようと思っても、翻訳機が無ければ何を言ってるか分からないし…。皆、取り締まりを警戒しているから、たとえ翻訳機があっても簡単には話してくれないだろう…」隆は頭を傾けながら少し考えて、「今は黒トラさんだけが頼りだ、次に会ったら何がなんでも情報を貰わないとね」美沙を励ますように言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、美沙がネコ缶配りのドローンの中で由美子と修一から聞いた取り締まりについて話すと、
「知り合いの政治家から取り締まりが新しくなるとは聞いているんだ。でも、センサーと電磁パルスを使うという詳しい内容までは知らなかったので助かるよ」柳瀬はすぐにそう返し、「早く母を捜し出さないと新しい取り締まりで逮捕され、二度と会えなくなってしまう…」と力なく肩を落とした。
「その取り締まりがすぐに始まるという訳でもないし…、きっと見つかるわ。諦めずに頑張りましょ!」美沙は項垂れてしまった柳瀬を元気づけようとしたが、そんな言葉しか見つからなかった。
その数日後、警察は変身動物に対する取り締まりを変更し、新しい方法で行うと発表した。
取り締まりが変わるのは半年後からということだったが柳瀬と美沙の予想より遥かに早く、2人はすっかり落ち込んでしまった。
普段通りネコ缶配りに出掛けたが、柳瀬も美沙も肩を落としたまま何の言葉も交わさずに最終地点の公園までやってきた。
警察の発表の影響かどこでも集まってくるネコが少なかった為いつもより早く公園に到着し、カートの横でネコ缶の準備をしていると、
『やっと思い出したぞ…』突然、黒トラ柄のネコの大きな声が響いた。
ハッとして顔を見合わせた2人の頭の中で、
『ヤナセという名のネコと1度だけ会った…』再びその声が響く。
「どこでそのネコと?」辺りを見回して声の主を探しながら柳瀬が訊ねると突然、黒トラ柄がカートの上に現われた。
柳瀬はその姿に驚いて一瞬、言葉を失ったがこのチャンスを逃すまいと、
「………詳しく話してください」と、なんとか声に出す。
すると、黒トラ柄がゆっくり話しだした。
『それは12年程前、俺がネコになったばかりで何もわからない頃、初めて変身ネコの集会に行った時のことだ。集会が行われていた廃工場の中には汚れて傷だらけの翻訳機が10台程置かれていた。大勢のネコ達がそれらの翻訳機を囲んで座ると、やがて1匹のネコが話し始めた…』
『そこには50匹程いただろうか、その1匹が終わると別のネコという具合に話のリレーが始まったが、実際は話しではなくただ鳴き声が続くだけだった。俺はその翻訳機はどこかで拾ってきたもので、だから鳴き声を言葉に変換しないのだと思ったが、皆もそれは承知のようだった』
『ならば何故そんな無駄な事をするのかという好奇心に駆られて見ていると、ある鳴き声が突然、言葉のようなものに翻訳されたのだ。その意味不明な言葉を聞いた殆どのネコは笑っていたが、中には涙するものもいた…』
『変身したばかりの俺にその光景がやけに虚しく映った。そして何故そんな事をするのか知りたくなり、超能力を使ってそれぞれの頭の中を読んでみる事にしたのだ。するとどのネコも同じで、人間だった頃の良い思い出はすっかり色褪せ、野良になってからの辛い過酷な記憶ばかりが鮮明に残っていたのだ』
少し間を置いた後、
『次々に悲惨なものを見せられネコになったことを後悔し始めたが、最後に読んだ白ネコの記憶で俺は救われた…』
『…最初に見えたのはヤナセという三文字だった』
『続いてある男の鮮明な記憶が読み取れたがそこに悲惨さのようなものはなく、再会する期待や希望のようなものがあるだけだったのだ…』黒トラ柄のネコはそう告げると、当時の事を思い出そうとして目を瞑った。
しばらくすると、
『…悲惨な記憶を持たないものはいなかったから、その白ネコのことを覚えていたのだ』そう言って2人を見上げる。
「その集会はどこで?」すぐに柳瀬が訊ねると、
『今、俺達がいるこの場所だ』黒トラ柄は静かに答える。
『当時ここには古い工場があり、集会はその中で行われていた。今は公園に変わってしまったがな…』辺りをゆっくり見回して、『参加したのはその時だけでその後、集会がどうなったかは知らないのだ…』と話した。
「他に母の手掛かりになるような事を覚えていませんか?」柳瀬が訊ねると、
『白ネコは記憶の中の男を必死で捜していた。その男を捜して集会に来たようだが理由までは読み取れなかった…』その自信に満ちた言葉を少し弱めて話し、『知っている事は全て話したから、もうお前達に会う事はない…』そう告げると後ろを向いてカートから飛び降りる。
黒トラ柄は背中を見せながらゆっくり歩き、そのまま暗闇の中へ消えた。
柳瀬は去っていくその背中に声を掛けようとしたが何の言葉も見つからず、黒トラ柄が闇に紛れるのをただ黙って見送るしかなかった。
その後ろ姿をじっと見つめながら頭の中では遠い記憶が蘇り、今ここで起こった事がまるで定められた運命だったかのように思えていた。
なぜなら、柳瀬が最初にネコ缶を配ったのは母親の自宅に近いこの公園だったからだ。
ここをスタート地点として周囲にもネコ缶配りの場所を増やしていったが、行方不明の母親を探し出すことは出来なかった。
柳瀬にとってはネコ缶を配る場所、すなわち母親を捜せる場所であるから捜索範囲を広げる為にはさらに遠くへ行かねばならず、その順路の都合からここは3番目に訪れる場所となった。
ある冬の夜、ネコ缶を配りに出掛けた柳瀬はこの公園にやって来るといくら努力しても母親へ繋がる小さな手掛かりすら掴めない状況に疲れ果て、ベンチに力なく腰掛けた。
夕焼けの空を眺めながら母親はもう生きてないかも知れないと弱気になり始めた時、離れた草むらから茶トラ柄のネコが現れた。
翻訳機のスイッチを入れて立ち上がり、鳴きながら近づいてくるネコが母親ではない事を確認した柳瀬は腹が空いているのだと思ってネコ缶を1つ地面に置く。
茶トラ柄は餌には目もくれずにベンチに上がり、まるで何かを訴えているように鳴き続けた。
不思議に思いながら再びベンチに腰掛けると、その柳瀬の膝に乗ったネコは満足げな顔で鳴き止んだ。
そのまま心地良さそうに寝てしまった茶トラ柄の体温が次第に母親と再会した時の温もりに思えてくると、ここが初めてネコ缶配りをした公園だったことに柳瀬は気付く。
ネコの温もりを感じながら当時のことを思い出しているうちに、ここから母親へ繋がる細い糸を辿れると信じていた頃の自分に戻れ、再び前へ進む力が湧いてきたのだった。
「他のネコ達が待っているからもう行くよ」柳瀬が声を掛けると茶トラ柄のネコは静かに膝を降り、ゆっくり歩いて暗闇の中へ消えた。
再び前に進む気力を取り戻した柳瀬はそれ以来ここをネコ缶配りの最終地点とし、茶トラ柄との不思議な出会いを忘れないようにしてきたのだった。
黒トラ柄の後姿は記憶の中の茶トラ柄を鮮明に思い出させた。
そして、あの時の茶トラ柄が姿を変えて母親の手掛かりを伝えに来たのだと思わせ、黒トラ柄との出会いは運命だったと柳瀬に感じさせた。
「白ネコと言ってたな…。母は白ネコなんだ」と柳瀬は静かに呟いた。
「やっと手掛かりが掴めたから、どうやって捜せばイイか考えましょ!」励ますように柳瀬の背中をそっと叩いて、「明日から気合を入れてやるわよー!」美沙は時間がないという現実を感じさせないように元気よく言った。
「一体どうやって捜せばいいのかしら?」美沙はその困った顔を書斎の隆に向ける。
「手掛かりはお母さんが白ネコだという事だけか…」椅子の上で黒トラ柄のネコの話を聞いた隆はそう言って言葉に詰まり、「取り締まりが厳しくなる前になんとか捜し出さないと…」と何かを考えるようにして目を瞑った。
「うーん…」そう言いながら美沙も同じように目を閉じて腕を組む。
「とにかく、柳瀬さんの思い出から捜索方法のヒントになるものを見つけるしかないな…」しばらく黙っていた隆が目を開けて言うと、
「私もそう思う。明日、トモくんから色々訊き出してくるわ」美沙が言い、「どんな事を訊いたら良いのかしら…」と今度は頭をかしげた。
「子供の頃、遊んでもらった場所とか2人でよく出掛けた場所かな…。でも、今はネコになっているんだから、その姿でも行かれる場所という事になるね」隆が色々想像しながらそう言い、「何がヒントになるか分からないから、行方不明になるまでの思い出を沢山聞いておいた方がイイよ」と美沙に念を押した。




