第22話
柳瀬は食べ残しを食料としている限り人類の脅威にはなり得ないという論理的な理由から、変身術が犯罪だという意識は持っていなかった。
野良ネコに食料を与えることについても自然な数を保てない今の状況では生態系のバランスを変えてしまうことには繋がらないと考えていたし、そんな動物達を絶滅から救えるのは人間しかいないと思っていたから、危機が続く限りネコ缶配りを続けるつもりだった。
動物に対する純粋な気持ちで始めたネコ缶配りだからか数年後には政府の機関から認められ、野生動物保護活動として正式に認定される。
活動を認められたのは嬉しかったが、人々から注目されるようになると裏の目的の母親捜しが見破られてしまうかも知れないと心配になった。
柳瀬は動物をこよなく愛する人達に手伝って貰うことで動物愛からの純粋な餌やり行為に見せようと思い、ネコ好きな人達を探す為に自分の会社でポエムを募集する事にしたのだった。
その事を話の最後に明かした柳瀬は
「ポエムを募集すると偽って探し出した、動物好きな心優しい人を隠れ蓑にしようなんて僕は最低の人間だ…。本当にごめんなさい」そう言って頭を下げたまま、「でも今は…、美沙さんに出会えて良かったと、一緒にネコ缶を配ることが出来て良かったと心から思っています」とその思いを素直に語った。
母親に対する想いを知っている美沙は
「お母さんを捜す為なんだから仕方ないわ…。それに、トモくんと出会えたからこそネコ達とこうして幸せな時間を味わえるんだと私も思っているの…」その正直さに応えようと精一杯素直な気持ちを伝えたが、そこまで本心をさらけ出す柳瀬を前にしても尚、隆の事だけは絶対に明かせないと思った。
そして、黒トラに会えない日々は続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「タカさんがヘヴンへ行ってからもう半年か…」リビングの棚に置かれていた、隆の動画が流れる電子アルバムを手に取って修一が呟いた。
「この半年間、すごく頑張ったわね」と由美子が感心したように告げ、美沙の顔を見つめる。
「ポエムの入賞とネコ缶配りのボランティアで、あっという間だったわ」美沙は2人を見ながら無理に笑って見せてから、「忙しい方が忘れられるし…」と寂しそうに下を向いた。
由美子は美沙がそれ以上悲しまないように話題を変え、
「今日はタカさんと一緒に飲もうと思って、貴重なドイツビールを航空便で調達してきたのよ!」そう言いながら持参した箱を差し出し、「あっ、ごめーん。飲めない美沙はジンジャエールだったっけ…」と舌を出してふざけた。
「隆を偲ぶなんてもっともらしい理由を付けてるけど、ただ美味しいビールが飲みたいだけじゃない!」美沙は本当の笑顔を取り戻した。
由美子は黙って見ている修一に、
「修一だって久しぶりに飲みたい筈よ。 ね、そうでしょ!?」と声を掛けた後、「でも良かった、美沙が本当に笑えるようになって…」美沙の両肩に手を置いて涙目になる。
「ち、ちょっと待ってよ。泣くのはあなたじゃなくて私の方じゃない?」美沙は冗談っぽく言って、「私には由美子や修一がいるし、チビちゃんだっているんだから寂しくなんてないわ!」由美子の肩をポンッと叩いた。
その言葉を聞いて安心した由美子は勢いよくソファに腰を下ろすと、
「さあ、今夜は思いっきり飲むわよー! 飲むのがメインだから何か作ろうなんて思わなくていいわよ」そう言って美沙に念を押し、
「よ~し、僕も飲むぞー」修一も気合を入れるようにして腕をまくり、ビールの箱を勢いよく開けた。
ネコ缶配りに忙しいせいで美沙が由美子と修一に会うのは数ヶ月振りだった。
一方、隆の方はといえば規則正しい暮らしでいつもなら書斎の椅子で寝ているところだが、今日はリビングに置かれたキャットタワーの上で3人のやり取りを眺めていた
毎晩、隆は美沙がネコ缶配りに出掛けている間に熟睡するがネコの本性みたいなものが出てきたせいで、その後は朝まで起きている事が多くなった。
身体の方は全ての筋肉を完璧にコントロール出来るようになったお陰で格段に運動性能が上がり、2メートルくらいは助走を付けずに軽くジャンプ出来る。
精神面も同様にネコらしくなってきたのか昼間、眠くなってウトウトする生活を心地良く感じ、何もする事がない時間を退屈だと思わなくなっていた。
由美子は宣言通り本気で飲んだ。
同じペースで付き合った修一がかなり酔って、
「最近忙しそうだけど、何か大きいプロジェクトでもあるの?」と由美子に訊ねた。
「新しいドローン開発よ、それ以上は言えないけどね」そこまで言ってやめると、「修一こそ、珍しく忙しそうじゃない?」とふざけて返す。
「うちも新しいドローン用の機器とソフトウエア開発だよ、それ以上は言えないけどね」修一が由美子と同じ事を言って笑った。
「それ以上言えないけど、って真似しないでよ!」由美子が怒ってそう言うと、
「本当だよ。機密扱いの仕事なんだ」修一が今度は真面目な口調になって答える。
美沙は2人が抱える機密の仕事が気になり、
「何よ、言えないとかないでしょ。私達の間で…」とふざけたフリをして探ってみる。
「本当よ、言ったらクビどころか逮捕されちゃうわ。警察関係の仕事なんだから」由美子が少し困ったように言うと、
「ウチもそうだけど…まさか、同じもの?」修一がそう言って由美子を指差し、「納期が短いのにかなり急がされている、とか?…」と付け加える。
由美子が真剣な顔で
「警察から大量に発注があったらしくて…。確かに急がされているわ」そう言った後、声を落として「どうやら新しい法律の取り締まり用らしいの…」と修一の顔をじっと見詰めた。
それを聞いて先日、柳瀬が話していたことだと思った美沙はその先を聞きたくなり、
「そんな大事な仕事に関わるなんて2人とも凄いわ」とおだててみる。
すると先ず、修一が口を開いた。
「ウチはドローンに取り付けるセンサーと制御ソフトの開発なんだけど、センサーは変身動物の脳に埋め込まれたマイクロコンピューターを特定する為のものらしい。他に電磁パルス照射装置というのも開発しているけど、そっちは違う部署が担当していて僕は詳しい内容を知らないんだ」話し終わるとすぐに由美子を見る。
その由美子は神妙な表情なると、
「2人とも絶対に口外しないでね。…こっちは無音ドローン開発よ…」そう言って少し間を置き、「つまり、音がしないドローン…」と小さなかすれ声で言った。
最初は柳瀬の捜索に支障が出ると思って聞き出すつもりが自分達にも危険が及びそうな話になり、焦った美沙はキャットタワーに目をやる。
すると、隆はその話を聞いていたのかいないのか、ただ気持ちよさそうに寝ているだけだった。
美沙は出来るだけ多くの情報を得ようと、
「無音ドローンって、どんなものなの? 何だか怖そうね…」続きを話すよう、由美子を促す。
「元は軍事用に作られたもので、それを民生転用する為の開発よ」由美子が話し終えるや否や修一が、
「違法な変身動物の取り締まり用なんだから、僕達みたいに罪のない人は何も怖がる必要はないよ」と美沙の不安を否定し、「新しいやり方で取り締まればもうヘヴン逃れはできなくなる。そして、ようやく食料問題は解決に向かうんだ!」政治家のような口調になって話し終えた。
「そうね。人類の未来が掛かっていると思って私も頑張るわ」由美子が修一と美沙を見て力強く頷いたが、一方の美沙は背筋が凍り付くような感じがして、
「…人々のために、2人とも頑張ってね…」そう応えるのがやっとだった。




