第18話
次の日、ボランティアに協力したいという気持ちを柳瀬へ伝えると早速、その夜の同行を頼まれた。
準備を終えた美沙がリビングで待っていると、約束した通り7時ピッタリに1台のドローンがマンションの前に着陸するのが見え、それと同時にスマートウォッチへ到着の連絡が届く。
自宅はマンションの1階で柳瀬の乗ったドローンは庭側の道路に着陸していたので、美沙は玄関とは反対側にあるリビングのドアから出掛けていった。
ソファの背に乗って見送る隆は意気揚々と出掛けていくその後ろ姿を少し羨ましく感じながらも、ようやく自分のために時間を使うようになったのだと思ってホッとしていた。
柳瀬はドローンを自動操縦にするとシートを向き合うように回転させて、
「忙しいところ早速、同行してくれてありがとう」と美沙へ深々と頭を下げた。
そのあまりに丁寧な仕草に違和感を持った美沙は
「お礼なんていらないわ。私はネコが好きだし、トモくんが頼ってくれて嬉しかったの。これからよろしくお願いします」堅苦しくならないように笑いながら応えた。
2人が乗ったドローンは『下町地区』と呼ばれる狭い路地と古い建物が立ち並ぶ場所まで来ると、自動的に降下して音もなく着陸した。
座席のドアが上へ跳ね上がるように大きく開くと同時に後部の荷室から自動カートが走り出て、ドローンを降りた柳瀬の脇で止まる。
「さあ、始めるよ! ネコ缶は全部このカートに積んであるから、重たい箱を運ばなくても良いんだ」柳瀬はそう言いながら自動カートのボディをポンッと叩き、何かのスイッチを押した。
すると、前後に取り付けられたスピーカーから昔何処かで聞いた事のあるような懐かしいハーモニカの音楽が流れてくる。
「このハーモニカを聞いて、どんどんネコが集まってくるよ。食事の合図になっているんだ」辺りを見回しながら柳瀬が言うと、あちこちから様々な毛色のネコ達が集まり始めた。
柳瀬がネコ缶の1つを開け、
「缶を開けたら、こんな風にして1つずつネコの前に置いてあげて」手本を見せるようにフタで中身をほぐし、食べやすいようにしてから地面に置いた。
やなせフーズが製造するペットフードはそのまま食べられるよう缶自体が器の形になっていて、猫用のものはフタで中身をほぐせるように出来ていたのだ。
美沙がネコ缶を開けて中身をほぐし、別のネコの前に置いて柳瀬を見ると、
「オーケー、バッチリだ。ネコ缶は沢山あるからどんどん配って!」そう言って左手の親指を立てた。
美沙は次々とネコ缶を開けていく、素早いながらも丁寧なその手際を見て、柳瀬がどれだけ長い間続けているのか良く分かった。
そのひたむきな姿勢と優しい表情を目の当たりにして、理由はわからないがネコは確かに特別な存在なんだと思った。
ようやく作業に慣れてきた美沙が一心不乱にネコ缶を配っていると、
「ネコは自分に優しい人を見分ける、というのは本当だなー」それを見ていた柳瀬が感心したように言った。
次々にやって来るネコ達を待たせないようにと思い必死で作業をしていて気付かなかったが、少し前から美沙の作業を見ていたようだった。
「どういう事?」美沙が手を止めて訊ねると、
「毎日、見ているから僕には分かるんだ。どのネコも美沙さんの事を警戒してないよ、ほら…」夢中でネコ缶を食べている周りのネコを指差しながら言う。
美沙は100匹以上のネコに囲まれていて皆、夢中でネコ缶を食べている。
ネコの性質を良く知る美沙は柳瀬の言わんとする事が良く分かったし、確かにネコ缶を置く時に警戒の様子を見せたものはいなかった。
「やっぱり美沙さんに頼んで良かったよ」柳瀬は嬉しそうに言い、「さあ、もう一頑張りだ!!」と大きな声で気合を入れて作業に戻る。
ドローンであちこち移動しながら最後の目的地までやって来て、70個程のネコ缶を配り終えると新たなネコが集まる気配がなくなった。
「今日はお腹を空かしているネコが少ないみたいだ。これで終わりとするか!」柳瀬が最後にやってきたネコの前へ缶を置く美沙の肩をポンッと叩いた。
「フゥー、みんな満足してくれたかしら?」小さく息を吐きながら立ち上がった美沙は周りのネコ達を見ながら言うと
「うん、安心して食べていたから満足してるさ。今日は手伝ってくれて本当にありがとう」柳瀬は真面目な顔になって頭を深々と下げる。
「お礼なんて要らないわ、私はトモくんのお陰で沢山のネコと幸せな時間を過ごせたんだから」美沙は笑顔を返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ボランティアを手伝うようになって1週間位経った頃、ネコ缶を配っていた美沙は柳瀬の奇妙な行動を目撃した。
それは忙しくネコ缶を配る柳瀬が時々その手を止め、何かを捜すようにして辺りを見回す仕草だった。
今までは遠くからしか見た事がなくあまり変だとは思わなかったが今日、さほど離れていない所から目撃したことで初めてそれが奇妙なものだとわかったのだ。
気付かれぬように観察してみると、餌に集まってくるネコ達を見ているのだと思っていた視線はもっと遠くに向けられていると判った。
その後、奇妙な行動をする時の左手がいつもポケットの中にあり、ゴソゴソと何かを弄っているということまで確認出来た。
場所を移動する度に必ず奇妙な行動をとるのだが、その時の柳瀬の表情が見たことのない程悲しいものだと気付くと何だか触れてはいけないように思えてきて、美沙は見て見ぬふりをするしかなかった。
その日の帰り、ドローンを自動操縦にした柳瀬が突然、話を切り出した。
「美沙さん。今まで言わずにいたけど…、ネコ缶配りに実はもう1つ別の目的があるんだ…」そう言うと少し間を置いて、「…僕は行方不明になっている母をずっと捜しているんだ」と続けた。
柳瀬の母親を捜すのとネコ缶を配る事がどう関係しているのか理解できずに美沙が困惑した表情を向けると、
「ごめん。いきなりそんな話をしても解らないよね」と自分の頭を叩いて笑った後、「今日まで一緒にやってみて、美沙さんには全てを明かしても大丈夫な気がしているんだ」と言い、「最初から話すから聞いてもらえるかな?」柳瀬が見せたことの無い表情をした。
それが以前、「ネコは特別な存在だから…」と言った時と同じ表情だったから美沙はただならぬものを感じたが
「…力になれるかどうか分からないけど、それでも良ければ聞くわ」覚悟を決めて言うと真剣な顔の柳瀬が話し始める。
柳瀬は自分が2歳の時に父親は亡くなっていると聞かされていて兄弟はおらず、15年前にある会社の創立を祝うパーティーで出会った女性と結婚するまでは母親と2人暮らしだったようだ。
結婚して1ヶ月ほど経ったある日、1人暮らしになった母親を夫婦で訪ねるとめずらしく留守だった。
その2日後に再び訪ねても同じように留守で、一体どこへ姿を消してしまったのかそれ以降は1度も母親に会えなくなり、1週間後には行方不明者として警察へ捜索願いを出す事になった。
警察は手掛かりを捜そうと母親の自宅を隈なく捜査したが、どこにも荒らされた形跡はなく貴重品も全て残されていた為、事件性はないと結論付けた。
捜査が終わり、全ての物が生活していたままの状態で残されている部屋を1人で訪れた柳瀬は、何か不審なものがないかもう1度確認してみることにした。
すると、捜査の通り不審なものは何も見つけられなかったが、母親が使うとは思えない金属製のボイスレコーダーを見つけた。
それを家に持ち帰った柳瀬は録音の中に何か手掛かりがあるかも知れないと思い、再生しようと試みたがどこから見ても使い方が判らずその後、引き出しの中で数か月経つとその存在すら忘れてしまった。




