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第16話

 玄関ドアの鍵を掛けて振り返ると、そこに隆が座っていた。


「チビちゃんもそこから2人を見送(みおく)っていたのね」美沙はそのまま隆を抱き上げて書斎へ行き、引出の奥に隠しておいた翻訳機を取り出す。


「2人は何も(うたが)わずに帰ったようだね」隆が満足げに言うと美沙はフーッと短い息を吐いて

「そうね、もう心配無いわ」ホッとしたように告げた後、「でも、2人を(だま)しているのが心苦しい…」と(つぶや)いた。


「僕も同じことを考えていたよ…」抱かれながら静かに言うと、

「さぁ、明日は何を着て行こうかしら? お土産の帽子に合う服を探さなくちゃ!」美沙は何かを振り切るように告げ、クローゼットの中へ消えた。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「じゃ、チビちゃん行ってくるわね」少し不安な表情の美沙が靴を履き終え、「夕飯はネコ缶を入れてあるから、いつでも好きな時に食べればイイわ」と見送る隆の頭を優しく撫でる。


「大丈夫、勝手にやるから何も心配はいらないよ」そう答える隆に(うなが)され、美沙は鍵を閉める音を残して出掛けていった。


 遠ざかるハイヒールの音がとても(なつ)かしく聞こえて隆は奇妙な感覚に(おちい)ったが、やがてこうしてよく見送っていたことを人間の時の記憶から思い出した。

 自宅の書斎を仕事場にしていた隆は自分が見送られるより出掛ける美沙を見送る事の方が多く、その場面が鮮明に(よみがえ)ってきたのだった。


 しばらく玄関ドアを見上げたまま人間に戻ったような不思議な感覚に(ひた)っていたが、いつものように書斎の椅子の上で丸まるとすぐに寝息(ねいき)を立て始めた。



 授賞式の会場となっている『インターナショナル・チヨダ』はホテルとオフィスの機能を(あわ)せ持つ複合ビルで東京の丸の内にあった。

 外壁に金色のガラスが使われてキラキラと異彩(いさい)(はな)つメインエントランスが関係者で混み合っているのを見て、美沙は少し離れた所でドローンタクシーを降りることにした。

 人が少ないサブエントランスを目指(めざ)して大理石が敷かれた歩道をのんびり歩き、ビルの中へ入ると案内板の矢印に(したが)ってエスカレーターに乗る。


 美沙は由美子がくれたツバの大きいストローハットを(かぶ)り、手には帽子と同じ紺色に染められた人工(じんこう)スエード製のバッグを持っていた。

 ショート丈のジャケットは紺地(こんじ)に薄いグレーの大きなチェック柄があしらわれ、同じ生地のタイトスカートにサテングレーのハイヒールを()いて地味(じみ)ながら(はな)やかさを感じさせる授賞式の舞台に相応(ふさわ)しい格好(かっこう)をしていた。


 エスカレーターで2階に上がると真正面(ましょうめん)に自動受付機と書かれたカウンターが見える。

 美沙がカウンター上に置かれた受付機のスキャナーにスマートウォッチを(かざ)すと、すぐ横にあるドアからダークスーツ姿の女性が出てきた。

優秀賞(ゆうしゅうしょう)の斎藤美沙さんですね。ご案内いたします」そう言うと丁寧(ていねい)にお辞儀(じぎ)をし、美沙を受付の横にある通路へ誘導(ゆうどう)する。


 女性は受賞者控え室と書かれた部屋へ案内し、

「こちらでお待ちください」再び深々と頭を下げてから通路を戻っていった。

 ソファに腰掛けた美沙がなにげなく部屋を見回していると視線の先にあるパーティションの陰から1台のドリンクサーブロボットが現れ、ミネラルウォーターのボトルを運んでくる。


「オノミモノヲ、ドウゾ」そう言ってトレーに乗せていたボトルをゆっくりテーブルに置き、「シバラク、オマチクダサイ」と先ほどの女性のように丁寧なお辞儀をしてパーティションの裏へ帰っていった。


 予定の時間より早く到着したせいか他の受賞者は誰もおらず、ロボットがいなくなると控え室は静まり返った。



 しばらくして、先ほどロボットが姿を消したパーティションの向こうからブラックタキシードを身にまとった男性が現れた。


 真っすぐ美沙の方へやって来ると、

「こんばんは。やなせフーズ株式会社、代表取締役の柳瀬知広(やなせともひろ)です」そう告げながら頭を下げた後、意味ありげにニヤッと笑った。


 その笑みに戸惑いながら、

「…今日はよろしくお願いします」美沙が立ち上がって応えると、

「美沙さん、日比谷中学(・・・・・)出身でしたよね?」と柳瀬が真面目な顔になって言う。


 美沙は突然ハッとした表情になり、

「あっ! 柳瀬さんって、もしかしてトモくん(・・・・)?!」と見開いた目でその顔を見つめる。


 すると柳瀬は満面の笑みを浮かべながら

「そう、そのトモくんです。こんな形で再会できるなんて思ってもいませんでした」嬉しそうに答えた。



 柳瀬は美沙が通っていた日比谷中学校の先輩で運動神経は抜群、成績はトップクラスという不良っぽい見た目以外は模範的な生徒だった。  

 その大人びた雰囲気から女子生徒達のあこがれの(まと)でどの学年の女子からも『トモくん』のあだ名で呼ばれ、男子からも好かれるような存在だった。

 2歳年下の美沙は柳瀬と同じブラスバンド部に所属していたことがあり、35年振りの再会ではあったがすぐに思い出した。



(すご)いねトモくん、社長さんなんだ」美沙が柳瀬の顔をまじまじと見ながら言うと、

「あのトモくんが、って感じでしょう。頑張っちゃいました」照れ臭そうに言って頭を()いてみせ、「ポエム、とても良かったですよ。僕は最優秀賞にしたかったんですけど投票の結果、優秀賞になっちゃいました。ごめんなさい」と、先ほどの笑みを消し真面目な面持ちで頭を下げる。


「そんな風に言うのはやめてくれません? まるで優秀賞が良くないみたいに聞こえるわ…」美沙が冗談交(じょうだんま)じりで言うと、

「決してそういう意味じゃないですよ…」柳瀬は苦笑いしながら腕時計に目をやって、「それでは後ほど、授賞式のステージで…」そう言い残し、受付へ続く通路を早足に歩いていった。



 授賞式では先ず佳作(かさく)の10名が賞品の(たて)授与(じゅよ)されその後、司会者によって自分の作品が朗読(ろうどく)される中、優秀賞の3名が1人ずつステージへ上がった。

 美沙を含む受賞者は200人程の観客に見守られながら(まばゆ)いスポットライトを浴び、メダルと副賞のパネルを社長の柳瀬から手渡される。

 最後に最優秀賞の受賞者がステージに上がり自分のポエムを読み終えると紙吹雪が舞う中、トロフィーと副賞である豪華食材が描かれた大きなパネルを手渡されて授賞式は無事に幕を閉じた。


 授賞式の後、隣の会場で立食パーティーが(もよお)されることになっており、そこでメディアの取材を受ける予定の受賞者達は観客と共に移動し始める。


 会場の壁沿いには様々な会社の展示コーナーが設けられ、やなせフーズもその片隅で会社の歴史や各地にある工場を紹介していた。

 代表取締役の柳瀬は新商品が置かれた展示台の前で、取引先への対応で忙しそうにしている。


 一方、過去にポエム雑誌の仕事をしていた関係で名前が知られている美沙は『丸の内ニュース』という名のインターネット配信会社から取材を受けていた。

 自分の写真と作品が貼られたパネルの前でハイチェアに腰掛け、ポエム応募に至った背景や裏話などについての質問に答えた後、写真撮影に応じてようやく自由の身になった。


 喉が渇いていた美沙は会場の隅にドリンクサーブロボットを見つけると、

「ミネラルウォーターを1つ頂けますか」と告げる。


「スグニ、オモチイタシマス。ココデ、オマチクダサイ」ロボットがそう言ってボトルを取りに行ってしまうとする事がなくなり、何気なく視線を移した先のスクリーンに映っていた愛らしい子ネコの映像に夢中になっていく。



「ミネラルウォーターヲ、ドウゾ」

 背中の方から声がして振り返ると柳瀬がボトルを乗せたトレーを持ち、ロボットの横で笑っていた。


 美沙が呆気(あっけ)に取られて何も言えずにいると、

ミネラルウォーターを(・・・・・・・・)どうぞ(・・・)」今度はロボットの声を真似た柳瀬が言う。


「こんな所で油を売ってる場合じゃないでしょ?」と美沙が真面目な顔で言うと、

「大丈夫。取引先は皆、帰りました」そう言って少し間を置き、「久しぶりの再会だからゆっくり話がしたいと思って…」美沙の反応を伺った。


「そうね、卒業以来だから何年振りかしら…」美沙が嬉しそうに応えると、

「ここでは何だから、静かな所で思い出話をしましょう」(なか)強引(ごういん)に誘うと待合室の奥にあるスタッフルームへと手招きしながら歩き始めた。


 美沙は誘いに乗るかどうか迷ったが、すでに通路の大分先を行く柳瀬を追い掛けるしかなかった。


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