第15話
2日後、美沙がポエムで受賞した事を何かで知った由美子から連絡が入った。
外資系ロボットメーカーで働いている由美子は現在本社があるドイツへ出張中だったが授賞式の前日に帰国する予定で、飛行機を降りたその足で修一と合流し、美沙の元へ土産を持ってくる事になった。
その修一は国内最大手のソフトウエア会社に勤めており、工業用ロボットや輸送用ドローンを制御する為のソフトウェア開発に携わっている。
現代は人間に代わってロボットが殆どのことを行うので、大抵は由美子と同様にロボット自体の開発・製造、または修一のようにロボット制御用ソフトウェアのプログラミングの仕事に従事していた。
いまだに人間が任されている領域は警察や消防のように複雑な状況判断が求められるものと類まれな個性によって創造される芸術などで、最新のAIにとっても難しいとされる仕事だけだった。
2人が訪れる日の前夜、隆と美沙は書斎にいた。
「由美子と修一が来るなら、僕はどこかに隠れていた方がいいかな?」美沙がデスクに置いた翻訳機のスイッチを入れるのを見て切り出すと、
「大丈夫よ。1人になったらペットでも飼って寂しさを紛らわしたらイイって、由美子に言われた事があるの。その助言通りにネコを飼うことにしたんだと言えば、何も問題ないわ」美沙があまりに平然と言い切るので少し心配になった隆は
「それで本当に大丈夫かな?」左右に顔を動かして周りを確認しながら呟く。
美沙も同じように部屋を見回した後、
「もちろん翻訳機は隠さなきゃいけないけど、それ以外はネコ用のものばかりだから心配ないわ」と隆を見て言った。
隆は念の為、ネコの動きを完璧に身に付けた自分がペット用のトイレや食器を使う光景を思い描いてみたが、翻訳機以外は何も問題ないように思えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お帰り~、由美子!」美沙はチャイムが鳴ると同時に小走りで玄関まで行き、ドアを大きく開けて元気よく声を掛けた。
「久しぶり、美沙!」由美子は嬉しそうに言った後、「元気に…、してた?」と小さな声で不安げに訊ねる。
隆がヘヴンへ行ったと思い、1人になった美沙を気遣ってくれたことに申し訳なさを感じながらも、
「うん…。皆が通る道なんだから…頑張らなきゃと自分に言い聞かせているの…」と変身がバレないように寂しい自分を演じる。
由美子の後ろで心配そうに立っていた修一が
「あの時以来だけど…、思ったより元気そうで良かった」安心したように言うとそのやさしさが2人を騙している美沙の心に突き刺さった。
美沙がその心の痛さを誤魔化そうと、
「あら、こんな所に立たせっぱなしでごめん。さあ、上がって!」笑顔で言うと2人はすぐに靴を脱ぎ、慣れた足取りでリビングへ向かう。
由美子が廊下を歩きながら足元に落ちているオモチャを見つけ、
「これって…、ワンちゃん? それともネコちゃん?」美沙へ振り返って尋ねるが修一がそこへ割って入り、
「ねずみのオモチャで遊ぶんだから、ネコでしょ!」当たり前だと言わんばかりに告げて美沙の答えを待つ。
「そう、ネコよ…。由美子に言われた通りネコを飼う事にしたの。1人じゃ寂しいから…」美沙は下を向いてそう言った後、「お陰で救われたわ、ありがとう」由美子を見て真面目な顔で頭を下げる。
そう言われた由美子は
「お礼なんて言うの、やめてよ」と驚いたようにして、「でも、言っておいて良かった…。タカさんがヘヴンへ行った後、美沙がどう暮らしてるか心配だったけど、1人きりじゃなくて良かった…」少し寂しそうな表情を浮かべて美沙を見つめた。
「うん…」美沙が消え入りそうな声で答えて下を向くと、
「どこにいるのかなー? ネコちゃーん!」悲しいヘヴンの話題を変えようと、修一が額に手を翳しながら辺りを見回す仕草でふざける。
「書斎かしら? そこが気に入ってるの」美沙がそう言うと、すぐに書斎へ向かった由美子が、
「あ、ここにいるわ!」と入り口から中を覗きながら2人に告げた後、静かな足取りになって近づいていく。
「アメリカン・ショートヘアね」いつものように椅子の上で寝ていた隆の頭をそっと撫で、「名前は何ていうの?」と遅れてやって来た2人へ振り返る。
「名前はチビ、チビちゃんよ!」美沙がそう告げると、
「おチビちゃ~ん、よろしくねー」今度は大きく身体を撫で、修一が見やすように椅子を少し動かした。
「お、可愛いね。チビ」そう言いながら近づいた修一は腰を屈めて覗き込む。
寝ていたところを起こされたように演じなければならない為、隆は目を細めたまま由美子と修一を交互に見ていたが、その光景はとても奇妙だった。
人間として生きていた時に友人だった由美子と修一の顔が5倍くらいの大きさになって近くにあり、今までと同じ声で自分に話しかけている。
自分が小さくなったからだと分かっていても、最初に美沙を見た時のように2人が大きくなったように思えて仕方がなかった。
良く知る2人の言葉だからなのかこれまでと同じように話している事は全て理解出来たから、余計にその大きさだけが変に感じたのだった。
2人共、目の前にいるネコが言葉を理解しているなんて考えないだろうし、ましてやそれがヘブンへ行った筈の自分だとは想像すらしないだろうと思った隆はちょっといたずらしてみたくなった。
「ニャー」と2人を見ながら鳴いてみると、一瞬で美沙の顔が凍り付いた。
慌てて近づいてくると、
「チビちゃん、眠いからご機嫌斜めなのね」優しく声を掛けるフリをしながら冗談はやめろと言う感じで睨む。
隆はふざけたことを後悔し、言われた通りに眠いフリをして毛布に顔を埋めた。
「じゃ、お寝んねしましょうねー」由美子は撫でるのをやめ、何かを思い出したように立ち上がると、「そうそう、美沙へお土産を渡さなくちゃ」そう言いながら廊下に置きっぱなしにしていたスーツケースを手に取り、リビングへ向かう。
その重さに身体を振られながらヨロヨロと行く姿がまるでやんちゃな子供のように思えた修一と美沙は思わず顔を見合わせ、笑いながら後を追った。
「美沙には受賞祝いも込めて特別にね…」リビングでそう言いながらスーツケースを開ける由美子に
「僕への土産は?」修一がねだるように訊ねると、
「あるわよ。はい、これ!」と小さな箱を投げるようにして手渡す。
その後、由美子は円い形の大きな箱を大事そうに取り出した。
直立して美沙に向き直ると、
「美沙、受賞おめでとう!」と賞状を手渡す時のように両手で差し出す。
修一が自分の土産を見ながらブツブツ呟いていたが2人はそれを無視して、
「ありがとう! こんな大きなお土産、何が入ってるのかしら?」と嬉しそうな美沙。
「授賞式に丁度イイかなと思って帽子にしたのよ!」と楽しそうな由美子。
「ドイツには仕事で行ったのに、色々気を遣わせてごめんね」再び美沙。
「気にしなくていいの。私も嬉しいんだから」そしてまた由美子が応える。
「どんな色かしら、開けてもいい?」と美沙が言えば、
「どうぞ、日本ではなかなか無い色なのよ!」とすぐ由美子が応え、テンポ良く賑やかなやりとりを交わす。
書斎の隆は参加できない代わりにリビングから届く楽しそうな声を聞きながら、1人平和な時間に浸っていた。
9時を過ぎた頃、明日も仕事だからと2人は帰り支度を始める。
「食料難で大変なのに夕飯まで頂いちゃってごめんね。いつもありがとう、美沙」と由美子が別れ際に礼を言う。
「こちらこそ、あんなに良いお土産を頂いたのに夕飯があり合わせのものしかなくて…」美沙は申し訳なさそうにしたが、
「そんなことないわよ。食べられるだけで幸せなんだから」由美子は真剣な顔になって応えた。
その表情を見て海外の状況が気になった美沙が
「ドイツの食糧事情はどうなの?」と尋ねると、
「日本と変わらないわ、何処でも食べる物を手に入れるのは大変よ」と由美子は疲れた表情で答えた。
「世界中で食糧の奪い合いが始まったら、と心配になるよね」それを聞いていた修一も2人の顔を見ながら困ったように言う。
その後もしばらくの間、玄関で立ち話をしていたが、
「じゃ、仕事頑張ってね!」と美沙が話しを切り上げると、
「近い内にまた来るね!」そう言い残して2人は帰っていった。




