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創世神話Ⅰ 赤い瞳に創造と破壊を宿す転生女神、滅びの島から紡ぐ女神たちの三国志  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第151話 湯煙に溶ける神々の記憶


長い冬の市も終わり、用意された襄陽天華温泉苑で、

私たちは智遊祭の疲れを癒していた。


冬の名残を含んだ夜風が、湯気の向こうで静かに揺れていた。


白い湯気が、冷たい夜風にふわりと揺れて心地よい。

そっと足にお湯をかける。


(熱っ……やっぱり身体、冷えてたのね)


ゆっくり、ゆっくり。

足先から腰、そして肩へとお湯をかけ、体を慣らしてから入ろうとしていた──


その矢先、露天風呂の湯気を揺らすように声が飛んできた。


「琴葉姉ちゃん、早ーい! 待ってよ!」


「嫌よー。私が一番なんだから!」


続いて、後ろから燈澄(デンチェン)の落ち着いた声。


「ほら、二人とも。走ったら危ないって言ってるでしょー」


九歳とは思えない、灯花庵の管理人三姉妹の末っ子らしい言い方だ。


(なんて、感心してる場合じゃないでしょ)


「きゃははは!」


ザッブーン!


飛沫が勢いよく飛び、私の肌に熱いしぶきがかかる。


「あっつーい! ちょっと琴葉、何てこ──」


言い終わる前に、楼花が私の腰に飛びついてきた。


「キャアッ!」


バランスを崩し、手が空を切る。


「あわわわ……!」


ザップーーン!!


「あっつーーい!! ちょっと、何するのよ!」


腰にしがみついたままの楼花を見下ろしながら叱る。


「お風呂は滑るんだから、走ったり飛びついたりしたら危ないでしょ」


楼花は顔を上げ、私の瞳を見てしゅんとし、胸に顔を埋めてきた。


「星愛お姉さま、ごめんなさーい……」


「ま、まあ……分かればいいのよ」


すると、先に飛び込んでいた琴葉がニヤリと笑いながら言った。


「二人とも、そんなことしてると──大変なことになるよー?」


琴葉が視線を移した先には、険しい顔の燈澄が立っていた。


「楼花! 星愛姉ちゃんから離れなさい!」


目を細めてにやける琴葉が、わざとらしく言う。


「ほらー、大変なことになった」


燈澄は慌てて湯に入り、私と楼花の間に割って入ると、

諭すように言った。


「いい? 星愛お姉ちゃんはみんなの者なんだから、

そんなふうに抱きついたら駄目なの」


楼花は不思議そうに燈澄を見上げる。


「そんなの誰が決めたの? 早い者勝ちでしょ?」


「灯花庵の掟を教える必要があるわね」


(なに、掟とか物騒なんですけど……)


湯煙の向こうから落ち着いた声がして、曹英が姿を現した。

こちらに静かに近づきながら、お湯を肩にかけて言う。


「楼花。あなたにも星愛組の掟をしっかり覚えてもらわないと」


(な、何なんですか……星愛組って。私、聞いてませんけどーー!)


さらに湯煙の奥に、二つの影が揺れた。


「星愛組……生まれた時からずっと一緒だった私からすれば、

不満しかないんだけど。でも、これだけ人数が増えたら仕方ないかな」


不服そうな沙良に、碧衣が苦笑しながら声をかける。


「もう、沙良ったら。独り占めは駄目なんですよ。

これは星愛が決めることなんですから」


(な、何よ……いったい私が何を決めるっていうのよ)


そして最後に、四つの影が湯気の中から現れた。


(あっ、扶美、括香(しずか)、斯音、亜亥……!)


私が視線を向けると、亜亥がにっこり微笑み、小首を傾げる。


「いいですね。私も星愛組に加えていただきます」


亜亥に続き、他の三人の女神も当然のように加わることになった。


(本当に何なんですか……人の名前を勝手に……恥ずかしいですーーー!)


「ちょ、ちょっと待って!」


私は慌てて口を挟んだ。


「星愛組は恥ずかしすぎます……灯花庵の小さな守り手たち……とかでいいじゃない……」


すると曹英が不服そうに眉を寄せる。


「灯花庵の十二宮はどうかしら?」


「十二支!」


「琴葉はふざけないで。十二女子はどう?」


「もう、沙良はもう少し捻った方が……」

碧衣が沙良に微笑みながら言う。

「十二賢人よ」


負けじと亜亥が湯気の向こうから声を上げる。


「いえいえ、私たち女神もいるのですから──十二天でしょう」


(うわーーー、収拾つかないわよ……!)


沙良が真剣な表情で私を見つめてくる。


「星愛はどう思うの? 何か良い案あるかな」


(いつの間にか、何で私が決める流れになってるのよ……)


私は腕を組み、湯気の向こうの灯りを見つめながら考えた。

ふと、一つの漢字が浮かぶ。


「……()よ。煦!」


沙良の顔がぱっと明るくなる。


「あたたかい光、春の陽光……ぬくもりを感じさせる言葉だね」


「うん。灯花庵の──十二煦でどう?」


皆が顔を見合わせ、にっこり笑い、声を揃えた。


『灯花庵の十二煦!』


その言葉の通り、灯花の灯りが湯気を照らし、

湯面に反射して、春の陽光のように優しく輝いていた。


私は肩までお湯に浸かり、ふうっと息を吐いた。


「はあ……いいお湯。疲れが吹き飛ぶよ。

 それにしても、襄陽府に着いたら智遊祭に出場って……驚いたよね」


沙良が肩にお湯をかけながら頷く。


「でも、いざ出てみたら楽しかったよ。

 気づいたら優勝してたしね」


燈灯(デンデン)がにっこり微笑む。


「智遊祭に参加して、みんなの距離がぐっと縮まりましたよね」


琴葉が湯気の向こうで笑いながら続ける。


「だよね。それに“灯花庵の十二煦”まで結成しちゃうなんて、

 私たちって本当に面白い集まりだよね」


曹英が立ち上る湯気を目で追い、私へ視線を向けた。


「でもさ、銀糸で繋がってた時の一体感……あれはすごかったよね。

 ところで、赤い瞳が覚醒したって本当なの?」


私は首を横に振る。


「それが……自分でもよく分からないんだよね」


琴葉が真剣な表情で私を覗き込む。


「ねえ、星愛。絵蓮の背後に回って銀糸を喉元に立てた時……

 あの時のこと、覚えてる?」


私は視線を落とし、ゆっくり首を振った。


「頭に血が上って……気づいたら絵蓮の後ろにいたの」


琴葉は耳元でそっと囁く。


「あの瞬間、私……意識を盗まれた感じがしたんだ。

 多分、星愛が私の意識に入り込んで、蜘蛛の能力を使ったんだよ」


私は琴葉の瞳を見つめ返す。


「そんな……でも、絵蓮に近づきたいとは思ったかも……」


琴葉は静かに頷き、にっこり笑った。


「じゃあ試してみようよ。今、星愛が胸に当ててる湯巾あるでしょ?

 私が蜘蛛の能力で灯花庵の露天風呂に瞬間移動して置いてくる。

 次は星愛が私の能力を使って取りに行って、ここに戻ってくるの」


私は頬を真っ赤にして湯巾を胸に押し当てた。


(沙良、曹英、亜衣、燈柚……視線が熱いんだけど)


「む、無理!失敗したらどうなるのよ!」


琴葉が腕を組み、真剣に考える。


「裸で他人の前に現れたり……氷の海に飛び込んだり……」


「嫌っ!絶対に嫌!!」


「えへへ、そんなこと言わずに〜。やってみようよ?」


琴葉の怪しく光る瞳を避けるように、私は必死に首を振った。


「琴葉ちゃん、うちの子に変なこと吹き込まないでね。

 星愛ったら、嫌がっても興味が勝って……

 誰も見ていないところでやる子なのよ」


声の主に振り向くと、芳美テイアが困ったように微笑みながら

湯の中をゆっくりと近づいてきた。

私の隣に腰を下ろすと、湯気の向こうで優しく目を細める。


琴葉が口をとがらせて言う。


「でも、星愛の覚醒の状況は知りたくないの?」


芳美は苦笑しながら琴葉の頭をそっと撫でた。


「もちろん気になるわよ。

 でもね、まずは星愛自身の能力を知ってからでも

 遅くはないと思わないかしら?」


沙良が小さく頷き、真剣な表情で言葉を添える。


「私たちも、星愛の能力を理解しておいた方がいいよね。

 この先、何が待っているかわからないし……

 何より、星愛のことをもっと知りたい」


芳美は沙良に向けて柔らかく微笑んだ。


「星愛の周りには、本当にいい子が揃ったわね」


灯火の揺れる光が湯煙に溶け、温かなぬくもりが広がる。

時折吹き抜ける冷たい夜風が、心地よい対比を生んでいた。


私たちは自然と芳美へ視線を向け、

その続きを静かに待った。


湯気の向こうで、芳美が静かに目を閉じた。


「私には、クロノスという弟がいるのよ。

 とても臆病な子でね……。

 そのクロノスとレアの間に六柱の神が生まれたの。

 ヘスティア、デメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドン、そしてゼウス」


沙良が目を丸くする。


「えっ、ゼウスって……玄迷原に雷と一緒に現れた、あの浮気者の男神?

 それにヘラって碧衣のお母さんでしょ?

 天界では姉弟で婚姻できるの?」


芳美は少し困ったように微笑んで頷いた。


「結局、神は“何でもあり”なのよ。

 人の子みたいに遺伝子で困ることもないし、

 木に触れただけで子を宿すこともあるし……

 私みたいに、単独で星愛を授かることもね」


女神になって間もない亜亥が、湯気の中で目を輝かせた。


「では……女神同士の婚姻も可能なのですか?」


「ええ。例えばヘスティアは、今はアルテミスと婚姻関係にあるわ。

 子どもも三人いるの」


亜亥がさらに質問しようとした瞬間、

碧衣がそっと手を上げて制した。


「お母さん、少し話が逸れています」


「ふふ、さすが碧衣ちゃんね。では本題に戻るわね」


芳美は湯気の向こうで、私をまっすぐ見つめた。


「実はね……ヘスティアという女神は“赤い瞳”を持つの。

 そして、星愛――あなたはその神能を受け継いでいるのよ」


胸の奥が熱くなる。

私は、今まで聞いたことのない母の神話に惹かれ、

思わず芳美の瞳をじっと見つめ返した。


芳美はそっと私を抱き寄せ、

湯気の中で優しく諭すように語り続けた。


「ここからは推測だけれどね」


芳美は湯気の向こうで、柔らかく微笑んだ。


「私は光の女神。ヘスティアは竈の女神。

 光と灯は、とても相性がいいのよ。

 それに……私はヘスティアの叔母でもあるから、

 姉妹のように仲が良かったの」


灯花の灯りが、芳美の髪を淡く照らす。


「だからかしらね。私が地上界で生む子は、

 みんな少しずつヘスティアに似てしまうの。

 能力も……ほんの僅かだけれど、引き継がれるのよ」


私は不思議と驚かず、静かに頷いた。


「うん……なんとなく気付いていた」


芳美は私の顔を見つめ、優しく頷く。


「ヘスティアという女神はね、竈の火を守る存在なの」


湯面に反射した灯りが、ゆらりと揺れた。


「竈は家庭の中心に置かれるでしょう?

 家族が集まり、食事を作り、命をつなぐ場所。

 だから竈の火は“家そのもの”を象徴しているの」


芳美の声は、湯気に溶けるように静かだった。


「でもね、竈の火は家庭だけのものではないの。

 古代の都市には“公共の竈”があって、

 その火が絶えない限り、国は滅びないと信じられていたのよ」


沙良が小さく息をのむ。


「つまり……竈の火は、家の中心であり、

 国の中心であり、世界の中心でもあるのね」


芳美はゆっくり頷いた。


「ええ。だからヘスティアは“全ての中心に立つ女神”なの。

 争いを好まず、ただ静かに火を守り続けることで、

 世界そのものを支えているのよ」


胸の奥がじんわりと熱くなる。


芳美はそっと私の肩を抱き寄せた。


「星愛……あなたの赤い瞳は、その火の証。

 ヘスティアの神能は“中心に立つ者の力”なのよ」


曹英が固唾を飲んで尋ねる。


「その神能には……どんな力があるのですか?」


芳美は真剣な表情で答えた。


「一つは、赤い瞳の女神の神能を“十割”使えること。

 そしてもう一つは……ヘスティアを中心に、

 その神能の“一割”を他者へ中継し、受け渡すことができるの」


湯気がふわりと揺れた。


「ヘスティア自身は無敵。

 そして赤い瞳の女神も、ヘスティアを介すことで、

 僅かだけれど……自分の神能をすべて使えるのよ」


皆が息をのむ。


芳美はさらに、静かに続きを語り始める前に、

芳美は一度、静かに息を吸い込んだ。


「……そしてね、これはあまり知られていないことだけれど」


湯気の向こうで、灯花の灯りがゆらりと揺れる。


「ヘスティアは竈の女神であると同時に、

 今では破壊神としての側面も持っているの」


皆が小さく息をのんだ。


「竈の火は、家族を温め、命をつなぐ創造の火。

 でも同じ火は、すべてを焼き尽くし、世界を浄化する破壊の火でもある」


芳美の声は、湯気に溶けるように静かだった。


「ヘスティアの火は絶えない火。

 絶えない火は、世界の根源。

 世界の根源は……創造と破壊の両方を司るの」


胸の奥が熱くなる。


「だからヘスティアは、家庭の中心に立つ女神でありながら、

 世界の終わりすら左右する根源の火を持つ存在なのよ」


芳美はそっと私の手を握った。


「星愛……あなたの赤い瞳は、その火の証。

 創造の灯であり、破壊の焔でもある。

 その力をどう使うかは……あなた自身が決めるのよ」


湯気の向こうで灯花の灯りが揺れ、

夜風がそっと頬を撫でていった。


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