表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世神話Ⅰ 赤い瞳に創造と破壊を宿す転生女神、滅びの島から紡ぐ女神たちの三国志  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/153

第150話 料理勝負の結果発表②


気付けば陽は傾き、朱色の空と群青の空がせめぎ合っていた。

コロシアムの灯花がともり、四方向へ長い影が伸びていく。


少し寒さを感じ、燈澄(デンチェン)に声をかけた。


「燈澄、寒くない?」

「うーん、ちょっと寒い」


そう言いながら寄り添ってきたので、私はそっと肩に手を回した。


「こうしていると温かいわね」

「うん、とーっても温かいよ」


隣の曹英が目を細めて呟く。


「計算ね」


沙良と燈柚(デンヨウ)、亜亥も続く。


「うん、計算だね」「そうよ、計算ですよ」「あー私も温めてほしいな」


最後の亜亥の本音に、三人がじろりと睨んだ。


「抜け駆けは許さない」「条約違反ね」「そうです、絶対だめです」


(な、何……みんな智遊祭ではじけたのかしら)


私が苦笑していると、碧衣が四人に声をかけた。


「まったく、あなたたちは……ますます磨きがかかったわね。

 私のお母さんの話をちゃんと聞きなさい」


その声が届いたのか、深いロイヤルブルーの髪を揺らし、

サファイアの瞳が冷ややかにこちらを見つめていた。


碧衣が私の耳元に口を寄せる。


「ねえ、何で神が揺れているかわかるかしら?」


私は首を傾げる。

碧衣は手で口元を隠しながら囁いた。


「笑いをこらえているの。

 私のお母さん、優しいからめったに冷たい視線なんて送らないでしょ」


そう言われれば、いつも優しい瞳で話を聞いてくれていた。

妃良と視線を合わせ、私は静かに頷く。


再び碧衣が囁く。


「あの冷たい視線は偽装よ。ぎ・そ・う」


視線が合っているのに、思わず吹き出しそうになった。

堪えようとして、燈澄の肩を抱く手に力が入る。


(ま、まずい……目が笑っちゃう)


小刻みに震える私を見て、燈澄が頬を染めて寄り添ってきた。


――うふふ、星愛。しっかりしなさい……妃良が本当に怒るわよ。


華蓮の声に絵蓮が反応する。


――一番楽しんでいるのは華蓮じゃない。

  妃良はゼウスを始めとした男神にしか牙を向けないよ。

  女神には優しいんだから。


さすがに場の空気が崩れそうだと感じたのか、

妃良が咳払いをひとつ。

その瞬間、女王としての威厳が場を引き締めた。




妃良はまず、私たち灯花庵の偉い人に視線を向け、にっこり微笑んだ。

そのあと黄河の猪親子にも同じように微笑みを送る。


婚姻と王権、そして威厳を司る女神ヘラ──

当然、その視点からの料理評価が下されるだろう。


(ま、まずい……黄河は王宮料理寄りの献立。

 対する私たちは異国料理……分が悪い)


私が不安を悟られないようにしている一方で、

許褚と郭淮は余裕の表情を浮かべていた。


(あの二人も気づいているわね……)


絵蓮が妃良に声をかける。


「現在、夢咲の偉い人が六票。対する黄河の猪親子は二票……

 ヘラの三票が勝敗を決する票になるのか!」


観客が静まり返り、視線が妃良へと集まる。

妃良は観客席を見渡し、にっこり微笑んで口を開いた。


「私は格式、正統、王権の象徴を重んじ、料理を評価しました」


観衆がどよめく。

碧衣が私の耳元で囁いた。


「お母さん、虚実を言って反応を見るのが好きなのよ……

 だから、どちらに票を入れたかまだわからないわ」


私は碧衣の言葉にすがるように頷いた。

やがて、どよめきが静まり、静寂が場を支配する。

妃良はその空気に満足したように、再び口を開いた。


「黄河の猪親子は、まさに宮廷料理を体現していました。

 五彩冷盤、紅焼仔猪──いずれも王家の威厳そのもの。

 対する灯花庵の偉い人の料理……

 シルクロードの多文化宴は華やかでしたが、

 私には散漫に映りました」


妃良の言葉を受け、アストレイアの天秤はゆっくりと

黄河の猪親子の皿を下へ押し下げた。


その様子を見ていた絵蓮は満足げに頷き、声を上げる。


「これで勝負の行方がわからなくなりました。

 最後は──やはりこの女神!」


絵蓮が観客席へ視線を送ると、

観客は期待に応えるように声を上げた。


「カレン! カレン! カレン! ――」


「一斉に巻き起こる華蓮への鬨の声!

 私の声は届いてますか―――!!」


「カレン! カレン! カレン! ――」


――あー、いやよね……

  ちょっと絵蓮、やり過ぎだと思いませんこと。


カレンが心話で私に語りかけてきた。


(どうでしょう。皆さん盛り上がっていますし、良いのではありませんか)


――私、こういうの苦手なのをご存じでしょう?


(えっ、そうですか? 延命の策の時や玄迷原の時も、

銀糸まで使って実況していましたよね?)


――あれは皆が物欲しそうな顔で見るから、

  現場の状況を教えて差し上げただけですのよ。


そこへ絵蓮が割り込んできた。


――あのー、お二方、仲がいいのは……


絵蓮の言葉を、華蓮がぴしゃりと遮る。


――仲がいいですって? 私と星愛のどこが仲がいいのですか!


華蓮の言葉に、なぜか胸の奥がむっとして、私も言い返した。


(そうです! 華蓮様とは、あくまでも仕事での付き合いなんです!)


――何ですって!? 星愛、あなた何でそんなことを言うの!


絵蓮は肩を落としながらも、必死に食い下がる。


――えー……観客の皆さまがお待ちなのですが。

  華蓮様、ご準備はよろしいでしょうか。


――良いわけありません!

(そうです、良いわけあるわけないです!)


普段は心話を使わない琴葉が、真剣な表情で割り込んできた。


(もう、星愛に華蓮様……私、お腹すいちゃったよ。

 玄さんの元祖田螺焼き買ってきて、冬の市最後の奏会を楽しみたいの)


琴葉の声で、私ははっと我に返った。


(そうよね……華蓮様、そろそろ智遊祭を終わりにしませんか?)


――そうね。私の愛弟子の琴葉の言葉を無視するわけにはいかないわね。


華蓮が指を鳴らすと、衣装が一瞬で変わった。


(げっ……鬼女だ。それに、あの大鎌まだ持ってるのね)


その姿を見た観客から、華蓮への声援が一斉に巻き上がる。


――あら、星愛。今、何か言いましたわね?


細められた赤い瞳が、冷たく私を射抜く。


(いえ……華蓮様、とてもお似合いだと思います……)


絵蓮が心配そうに心話へ割り込んできた。


――お二方がお話したいのは分かりますけど……

  これからは私語は厳禁でお願いします。


琴葉が、華蓮の口を開かせないように言葉を重ねる。


(ねえ、お腹すいたし……早く奏会を楽しみたいんだけど)


――仕方ないわね……


そう言い残し、華蓮は舞台の前へ進み出た。


銀糸のように輝く長い銀髪がふわりと揺れる。

光を受けるたび、白銀・淡青・薄紫の繊細なハイライトが流れ、

まるで月光そのものが髪を伝って落ちていくようだった。


瞳は魂を断つ者の深い赤。

その奥には冷静な知性と、襄陽府長としての強い責任感が宿る。

表情は穏やかだが、視線には揺るぎない芯があり、

神と人を導く者としての気品があった。


その姿を見て、私は胸の奥が温かくなる。

華蓮様がいる――それだけで、

どうしようもないほどの安心と誇らしさが込み上げてきた。


ここで観衆から声援が巻き起こる──はずだった。


だが、華蓮の放つ圧に気圧されたのか、

コロシアムは水を打ったように静まり返った。


片手で大鎌を立て、

黒い魂を探すような深紅の瞳が観衆を射抜く。

その場の空気すべてが、華蓮の支配下に置かれた。


観衆は固唾を飲み、彼女の言葉を待つ。


「私は断絶神としての肩書のほかに、

時間、歴史、記憶を司る神でもありますのよ」


完全に魅了された観衆は、瞬きすら忘れて見つめていた。


「人の魂と神の魂を断絶する。

なぜって? うふふ、簡単ですわ。

時間の記憶、歴史の記憶を手繰り、

根絶やしにするためですもの」


華蓮は大鎌をビュンと突き出す。

「ひいっ」と悲鳴があちこちから漏れた。


(か、華蓮様……やり過ぎです。

ここにはお年寄りも子供も、親子連れもいるんです)


私が心話で注意すると、

華蓮はニヤリと笑い、私を一瞥して返す。


――よく見なさい。子供たちは羨望の眼で私を見ていますわ。

  私を恐れるのは、魂の色が灰色以上の腹黒者だけですのよ。


確かに、子供たちは目を輝かせて華蓮を見つめていた。


「私は歴史の連続性、文化の旅路を見ます。

灯花庵の献立は、ギリシャ、バグダッド、ローマ、トルコ、

楼蘭、新疆──まさに歴史の道そのもの。

黄河側は文明の深さこそあれ、旅路ではありませんわ」


華蓮の言葉に、アストレイアの天秤が灯花庵へ傾く。


その瞬間、コロシアムの縁に沿って仕掛けられた導火線が

蛇のように走り、次の瞬間──。


ドンッ、と腹に響く重い音が夜空を揺らし、

巨大な火柱が弾けるように天へ昇った。


赤、青、金、白。

色とりどりの光が次々と咲き乱れ、

コロシアム全体が昼間のように明るくなる。


観衆の影が幾重にも伸び、

その中心で、華蓮だけが揺るぎなく立っていた。

刃のない大鎌には、花火の光が幾色にも反射していた。


私たちは互いに目を合わせ、一斉に駆け寄る。


ただ一人を除いて。


その一人──曹英は、肩の力が抜けたように両手を下げ、

空を見上げたまま、ただ花火を見つめていた。


私たちは頷き合い、そっと近づく。

沙良が肩を軽く叩き、優しく声をかけた。


「曹英、勝ったんだよ」


曹英はゆっくりと花火から視線を外し、私たちを見た。


「えっ……何?」


私は彼女の両頬をぷにっと摘まむ。


「えへへ……星愛、嬉しいなあ……」


にんまり笑うその瞳には、涙の光が宿っていた。

そんな曹英を見て、碧衣がそっと抱きしめる。


「料理対決では、曹英が司令塔になって頑張ったわよね」


「えへへ……そうでしょ。私、頑張ったよね」


その後はみんなで

「頑張ったよね」「うん、頑張った」「みんな頑張ったんだよ」

と言い合いながら、抱きしめ合った。


そんな私たちの輪に、

許褚と郭淮がゆっくりと歩み寄り、

無言のまま、温かく見守っていた。


一方女神たちはニンマリ笑いながら絵蓮に詰め寄っていた。


「絵蓮、あなた勝手に採点のルール変えましたね」


妃良がじっと絵蓮を睨む。

顔は笑っていたが、目は笑っていない。


「えっ、でもこれだけ盛り上がったからいいと思うな」


絵蓮が言い訳をすると、理沙テミスが厳しい顔で睨む。


「私たちで決めた、智遊祭の掟を破った。

 理由はどうであれ、破った事実は変えられない」


アストレイアが慈悲の光を宿し、絵蓮を擁護する。


「私は絵蓮の善行を信じたいと思います」


芳美テイアが心配な顔でアストレイアを見つめる。


「人の子が争いを始め、世界が堕落していった時、

 最後まで地上に留まり、人の善行を信じましたけど……

 結局落胆し、おとめ座に帰ったのを覚えている?」


芳美の問いかけに静かに頷くアストレイア。


「でも、絵蓮の行いを信じてあげたの」


華蓮が腕を組み提案する。


「うふふ、

こういう時のためにアストレイアの天秤がありますでしょ」


アストレイアは華蓮を見て静かに頷き、

絵蓮が妃良ヘラと華蓮の持ち点を一点から三点に変えた行為を天秤にかけた。


天秤は少し揺れ、罪の皿が少し下がった。

ニヤリと笑う、理沙テミスが口を開いた。


「これで、今回の絵蓮の行いは僅かであるけど、

罪として認められましたね。

皆はどのような罰がふさわしいと思う?」


華蓮が意地悪な笑みを浮かべて口を開いた。


「うふふ、絵蓮は冬の市では司会者として働き、

 多くの民の声援、そう、信仰の力を得ましたでしょ。

 今回の優勝賞品、中華一周の旅は絵蓮持ちでやるというのはどうかしら」


他の女神たちが一斉に頷き絵蓮を見つめた。

絵蓮は慌てて芽衣ペルセポネに助けを求めた。


「ぺるちゃーん、冥界の女神のよしみで皆に何とか言ってよー」


ペルセポネはゆっくり首を左右に振った。


「諦めなさい、アストレイアの天秤は絶対なのよ」


ぴしゃりと芽衣に咎められ、しゅんとなる絵蓮だった。


こうして、絵蓮が私たちの旅行の費用をお土産代まで含めて、全て持つことになった。

そして、何故だか一緒に旅行をすることになった。


この後、表彰式が行われた。


灯花庵の名が呼ばれると、コロシアムに温かな拍手が広がった。

黄河の猪親子も笑顔で手を振り、互いの健闘を讃え合う。


女神たちは静かに見守り、

夜空にはまだ花火の残光が淡く漂っていた。


私たちは笑顔で勝利を分かち合い、

智遊祭の長い一日が、ようやく静かに幕を下ろした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ