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創世神話Ⅰ 赤い瞳に創造と破壊を宿す転生女神、滅びの島から紡ぐ女神たちの三国志  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第145話 主菜対決・黄河の猪親子


許褚が掲げた主菜は、深い琥珀色の照りを陽光に返し、

どの強者も寄せつけぬ圧を放つ──まるで戦場を駆ける大将軍のようだった。

その瞬間、会場の空気が一段と重く、熱を帯びる。


「まるで……黄河の猪親子──」


その名を口ずさむ者の輪が自然と広がり、観客席がざわりと揺れた。


胸の奥のざわめきが、さらに強く脈打つ。

料理の香りのせいなのか、それとも……。


郭淮は腕を組み、許褚の背中を睨みつけるように見つめていた。

その表情には、焦りと苛立ち、そしてわずかな期待が混ざっている。


(……来る。ここからが本当の勝負だ)


「ほほう、なかなかの料理。これは蹴落とされそうですな」


ニヤリと笑う程普の姿があった。

その隣では、諸葛瑾が心配そうに私の手元を見つめている。


「星愛さん、なかなか手慣れたものですな」


「本当じゃのう。我らの西湖の主が、あの猪を切り刻んでくれそうだわい。

 ──ははははは!」


程普は赤ら顔で大笑いした。


(もう……この二人、食材を提供するからと特別に舞台に上げてもらったけど、

 特に程普、顔は赤いし、お酒臭いし、完全にできあがってるわね)


そして反対側には、楼蘭商隊の隊長バハルンと、

その愛娘・桜花(ロウカ)が料理の成り行きを見守っていた。


「これがお父さんの言っていた、遠い西の国の香りなの?」


「うむ。いい香りだろう。楼花は、この香りを中華全土に広げられるかな」


「うん、任せて。私、きっと広めてみせるわ」


親子は私の手元を眺めながら、楽しそうに話していた。


(……この親子、わざと私に聞こえるように話してる気がするんだけど。

 あとで何か言われるのかなあ)


一抹の不安を抱きつつ、蓋をした鍋を竈からおろす。

湖の幸の仄かな香りと、西方の香辛料がふわりと立ち上った。


程普が我慢できず、蓋に手を伸ばしながら呟く。


「うむ、たまらん。この時期はやはりこれだな。酒の友には最高じゃよ」


私はその手をぴしゃりと叩いた。


「程普さん、ここで蓋を開けたら台無しです。

 食材提供は嬉しいですが、この料理は女神様にお出しするものですよ」


諸葛瑾が程普を窘めるように言う。


「ここで女神さまから高い評価を得られれば、

 この食材、呉の特産として大々的に売り出せますぞ」


そこへバハルンも輪に加わった。


「我らの仕入れた香辛料も、良い香りを漂わせている」


「お父さん、早く蓋開けてみたいなあ……」


「ここで開けては味が半減するよ。楼花は賢いから、分かるよね」


「うん、私賢いから大丈夫」


(……何、この親子。ちょっと美優と琴葉を思い出すんだけど)


私は苦笑しながら言った。


「この料理は、女神さまの前で蓋を開ける、その瞬間まで計算して作っています。

 なので、今は開けられません」


四人は感心したように、そろって頷いた。


「さあ、とりあえず主菜二品と温菜一品を女神の舞台に届けないとね」


私がそう言うと、曹英が頷き、碧衣と扶美へ視線を向けた。


「主菜の勝負になるから、女神の女王の子である碧衣と、

 宮廷料理に慣れている扶美にお願いしたいの」


碧衣と扶美は静かに頷き、余裕の微笑みを浮かべた。


「安心して。必ずこの料理の素晴らしさを余すことなく伝えるわ」

碧衣が言い、扶美も続ける。

「このような料理、秦の時代にはなかったわね。

 だからこそ、この美味しさがよく分かるわよ」


二人は用意された供膳車に料理を丁寧に載せていった。


一方、女神の舞台では、許褚の従者が副菜の皿を九柱の女神の前に

静かに置いていく。その様子を注意深く見ていた郭淮が、

頃合いを見て説明を始めた。


「いまお配りした一品は、

 “黄河の恵み・小麦餅(シャオビン)と野菜の盛り合わせ”でございます」


妃良が「主菜と一緒に食せば良いのね」と言う。


郭淮は恭しく頭を下げ、微笑んだ。


「主菜の肉汁を吸わせて食べてみてください。きっと驚かれます」


皿の上には、胡麻をまぶした小麦餅(シャオビン)が香ばしく焼かれ、

内側はもっちりとした層を見せていた。黄金色の焼き色に胡麻が輝く。


その横には、蒸し野菜や根菜、緑の葉物など、

季節の野菜が彩りよく盛り合わせられていた。


供膳車の上には二皿の猪料理が並べられ、

その後ろには包丁を携えた許褚が、豪胆な笑みを浮かべて控えていた。


芳美テイアが許褚に視線を移し、静かに頷く。

「許褚さん、その二種の料理を私に頂けるかしら」


にっこり微笑む芳美に、許褚が力強く頷いた。

大きな肉塊に包丁を当てた瞬間、刃は吸い込まれるように沈み、

背まで見えなくなる。

次の瞬間、立ちのぼる湯気の中、はらり──と一枚の肉が静かに落ちた。


そこからは宮廷の作法そのものだった。

丸ごと紅焼にした仔豚を美しく切り分け、

深い琥珀色の照りをまとった肉片が整然と皿に並んでいく。

外側は香ばしく、皮は薄くぱりりと割れ、

中はとろけるほど柔らかい。湯気とともに濃厚な香りが立ちのぼる。


黄河の蜂蜜と老抽(濃口醤油)を重ねて煮含めた特製の煮汁が

黄金色の光を受けて艶めき、肉の断面に美しい光沢を与えていた。

香草や秋の果実が添えられ、宮廷料理らしい格式が際立つ。


続いて、もう一皿の主菜。

親豚の肩肉を大ぶりに切り、強火で香ばしく炒め上げた一品だ。

孜然クミンの香り、花椒のしびれる刺激、

唐辛子の辛味、ニンニクと葱の香りが重なり合い、

黄河の風土を思わせる力強い香りが皿から溢れ出す。


肉は外側が香ばしく、中はしっとりと柔らかい。

赤と金のスパイスが絡み、豪快な盛り付けの中に

紅焼仔猪との親子の対比が宿っていた。


許褚は豪胆な性格とは違う一面を見せる。

丁寧に一枚の肉を皿に載せ、

もう一皿は大きな匙で料理をすくい、

角切りの肉の向きを整えながら小皿に盛りつけた。


従者が皿を受け取り、芳美の前に静かに置く。


郭淮は切り分けた肉料理を受け取り、芳美の前に差し出した。

「曹丞相府・紅焼(ほんしょう)仔猪(しし)でございます」


芳美は頷き、フォークとナイフを手に取る。

スッと刃が通り、肉は抵抗なく切れた。


三つ折りにした肉片を持ち上げると、

湯気とともに蜂蜜と老抽の深い香りがふわりと広がる。


「……香りだけで分かるわ。これは……本物ね」


口に運んだ瞬間、芳美の肩がわずかに震えた。

外側の香ばしい皮がほろりと砕け、中の肉は舌の上で溶けていく。

甘みと旨味が幾重にも重なり、余韻が静かに広がった。


「なにこれ……っ。

 こんなに優しいのに、こんなに力強い味……」


胸に手を当て、目を細める芳美。

その声は震えていたが、確かな感動が宿っていた。


「許褚殿……魏は戦場だけじゃなくて、

 料理でも人の心を奪うのね……」


芳美の言葉に、許褚の太い眉がわずかに揺れる。

だがすぐに胸を張り、武将らしい豪胆な笑みを浮かべた。


「へっ……女神さまにそう言っていただけるとは、光栄の極みよ」


許褚は包丁を軽く持ち直し、肉塊を見下ろす。

その目には、戦場で敵陣を見据える時と同じ鋭さが宿っていた。


「この仔猪は、曹丞相府の名に恥じぬよう、

 わしらが魂を込めて仕上げた一皿だ。

 味わっていただけたなら、それで十分よ」


郭淮と許褚の視線が合い、二人は自信に満ちた表情を交わす。


続いて郭淮は二皿目を芳美の前に置いた。

「親豚の香辣(シャンラー)炒めでございます。

 小麦餅(シャオビン)と絡めて召し上がると、格別です」


芳美は静かに息を整え、二皿目へと視線を移した。

赤と金のスパイスをまとった親豚の肉が湯気を立て、

香辣の刺激がほのかに鼻先をくすぐる。


「……香りだけで、もう分かるわね。

 これはまったく別の世界の味だわ」


芳美はシャオビンを一口大にちぎり、

親豚の肉と野菜をそっと乗せた。

指先の動きは優雅で、瞳には料理人の技を見極める鋭さが宿る。


口に運んだ瞬間、芳美の表情がふっと変わった。

外側は香ばしく、中はしっとりと柔らかい親豚の肉。

孜然、花椒、唐辛子の刺激が次々と重なり、

シャオビンの素朴な甘みが全体を包み込む。


「……っ、これは……なんて力強いの。

 紅焼とはまったく違う、荒々しさと香りの奔流……」


芳美は目を閉じ、余韻を味わうように息を吐いた。


「許褚殿……あなたたちの料理人は、

 本当に親子の対比まで計算しているのね。

 この二皿、互いを引き立て合っているわ……見事よ」


許褚は深く一礼した。

その所作は粗野さとは無縁で、

むしろ宮廷料理人と見紛う誇りが滲んでいた。


観客席からは、どよめきと拍手が自然と湧き上がった。


芳美の感動が広がるように、他の女神たちも静かに息を呑んだ。


妃良が箸先を揺らしながら、低く囁く。

「……皮の香ばしさと、この深い甘み。曹丞相府、恐ろしいわね」


芽衣ペルセポネは目を細め、肉片の断面をじっと見つめる。

「火入れが完璧。外と中の温度差がまるで計算されているみたい」


虹麗イリスは思わず身を乗り出し、湯気を吸い込むようにして言った。

「香りだけで分かる……これは、ただの猪じゃないわ」


絵蓮は静かに頷き、ひとことだけ呟く。

「……見事」


観客席からは、抑えきれないざわめきが広がっていた。


「曹丞相府の勝ちじゃないか……?」

「いや、まだ灯花庵が残っている」

「しかし、この親子の対比……計算され尽くしているぞ」

「許褚将軍がここまでとは……!」


ざわめきは波のように広がり、

女神の舞台全体が熱を帯びていく。


許褚の背後に控えていた二名の料理人が、

互いに小さく頷き合った。


「……さすが許褚様。あの火入れは、我らでも真似できませぬ」

「紅焼も香辣も、完璧な仕上がりです。これで負けるはずがない」


しかしその目には、

灯花庵の主菜を警戒するような、わずかな緊張も宿っていた。


一方、灯花庵の舞台の端で見守っていた程普が、大声で笑い飛ばした。


「ほんに、柔らかい猪親子じゃのう。のう、そう思わんか」


諸葛瑾も相槌を打つが、その眼には戦う者の鋭さが宿っていた。

「あれだけ柔らかければ、西湖の主がいくらでも刻めますな」


「おうよ、おうよ……楼蘭のお人はどう見る?」


バハルンは程普の言葉に頷き、静かに口を開いた。

「さようですな。西湖の主と我らの香辛料、そして米の前では……風前の灯です」


(呉と楼蘭の協力なくして、今回の料理はできなかった。

 本当に……ここにいる皆には感謝しないといけないわね)


私は、程普、諸葛瑾、バハルン、楼花の顔を見て、胸が温かくなるのを感じた。


一方、女神の舞台へ移動し始めていた碧衣と扶美は、

許褚の料理を前にしても揺らぐことなく立っていた。


碧衣が小さく息を吐き、静かに言う。

「……すごいわね、曹丞相府。でも、私たちの主菜も負けていない」


扶美は微笑み、供膳車の取っ手にそっと手を添えた。

「灯花庵の味を、必ず女神さまに届けましょう」


二人を見送っていた曹英は、力強く頷く。

「灯花庵の主菜は、ここからが本番よ」


曹英の声が舞台に広がり、私たちは一斉に彼女へ視線を向け、静かに頷き合った。


曹英と碧衣、扶美は、

許褚の料理を前にしても揺らぐことなく立っていた。


碧衣が小さく息を吐き、静かに言う。

「……すごいわね、曹丞相府。でも、私たちの主菜も負けていない」


扶美は微笑み、供膳車の取っ手にそっと手を添える。

「灯花庵の味を、必ず女神に届けましょう」


曹英は二人を見て頷いた。

「行くわよ。灯花庵の主菜は、ここからが本番よ」




ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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