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創世神話Ⅰ 赤い瞳に創造と破壊を宿す転生女神、滅びの島から紡ぐ女神たちの三国志  作者: ゆみとも
第一章 神婚の儀

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第139話 最後の試練へ


控室の扉を押し開けた瞬間、ひやりとした空気が頬を撫でた。

灯花の柔らかな光の中、華蓮の待女たちが衣装を抱えて静かに並んでいる。

その中央で、華蓮がふとこちらを振り返った。


「星愛、髪を……整えてくれる?」


決勝を前にしているとは思えないほど穏やかな声だった。


私は櫛を手に取ると、指先がわずかに震えているのが自分でも分かった。

けれど、華蓮の髪にそっと触れた瞬間、ふわりと淡い香りが立ちのぼる。


冬の花のような、どこか懐かしい香り。

その香りに包まれた途端、胸の奥に張りつめていた緊張が、少しずつほどけていく。

銀糸の髪はさらさらと心地よい音を奏でるように輝いていた。


華蓮は何も言わず、ただ静かに目を閉じている。

その横顔があまりにも穏やかで、私も自然と呼吸が深くなった。


一方、絵蓮の周りでは、扶美が淡々と衣装の紐を整えていた。

絵蓮は鏡越しにその姿を見て、ふっと笑う。


「扶美、なんか……前より神能が安定してない?」


扶美は手を止めず、静かに頷いた。


「……智遊祭の間に、信仰の力を多くいただきました。

未来視も……少しだけ、伸びました」


「えっ、未来視!? どれくらい!?」


「五分先まで、でしたが……襄陽に来てから、半日先まで」


「は、半日!? じゃあ……決勝の結果も分かってるの!?」


扶美は無表情のまま、こくりと頷いた。

絵蓮の叫びが控室に響き、お茶を啜っていた者たちも振り返る。


琴葉が身を乗り出し、大きな声で尋ねた。


「ねぇ、ねぇ、教えて! 私たちが勝つんでしょ?」


扶美はちらりと琴葉を見て、微笑む。


「今は秘密です。教えたらつまらなくなりますよ」


曹英がニコニコ顔で声を上げた。


「多分、私たちが勝つのでしょ!

だって、負けるなら“何か対策を打ちましょう”って話を持ち掛けてくるでしょ?」


碧衣が腕を組み、首を左右に振った。


「曹英らしくないですよ。

対策を考えるっていうことは、もう試練の内容も知っていて、

勝ち目がないから対策を考えましょうと言っているようなものじゃないですか……

この時点で負けを認めているのと同じです」


琴葉が手を叩いて笑う。


「じゃあ、試練が勝ちでも負けでも、対策はしないのが正解ってことだね!」


扶美はにこやかに笑い、静かに頷いた。


華蓮は話が聞こえたのか、ニヤリと笑い、独り言のように呟いた。


「扶美の神能も大切だけど、あなたの赤い瞳の方がもっと重要ですのよ」


「えっ、華蓮様、それはどういうことですか」


「うふふ。決勝では赤い瞳は暴走しなさそうですけどね」


そう言うと、華蓮は再び静かに目を閉じた。


「華蓮様、ずるいですよ――

いつも、どうして肝心なことは話してくれないのですか」


呼びかけにも応えず、華蓮は聞こえぬふりで目を閉じたままだった。


待女たちが差し出した衣装には、赤と黒を基調に、

金糸で縁取られた深紫の小さなバラが無数に散りばめられていた。

花弁は細くとがり、灯花の光を受けるたびに繊細な線の輝きを放つ。


華蓮がそれを羽織ると、深紫の小花が影の中に静かに咲き、

絵蓮が軽く回るたびに、花弁の先端が赤みを帯びて光を散らした。


廊下の扉が開いた瞬間、白い光が溢れ出し、

金糸の縁取りが一斉に鋭く輝く。

深紫の小花が光の中で弾けるように咲き、

蓮蓮姉妹が一歩踏み出すたびに、観衆の歓声が花のように跳ね上がった。


そして扉が閉まり、華蓮と絵蓮の姿が光の向こうへ消えると、

控室には静けさが戻った。

けれど、遠くから響く歓声だけが、まだ胸の奥を震わせている。


その音に耳を澄ませながら、私はぽつりと呟いた。


「……いいなぁ。ああいうの、羨ましい」


胸の奥が熱くなり、思わず言葉がこぼれた。


「やっぱり、楽団やりたいなぁ……」


「そうそう、楽団! やろうよ、それ本気で!」

琴葉が勢いよく振り返り、曹英が目を輝かせる。


「私、わたしを忘れないでください! 絶対必要です、ええ、必要なんです!」


碧衣は呆れたようにため息をつき、

羨ましそうにこちらを見ている小さな燈澄(デンチェン)の肩を抱きながら言った。


「……あなたたち、決勝前に何の話してるんですか」


――カチャン


待合室の扉が開き、顔を覗かせたのは五華彩音だった。


「あっ、お母さん!」


私が言うより早く、琴葉が美優に駆け寄り抱きつく。


「おかあさーん、今日はまた一段と綺麗だね!」


今日の五華彩音のいで立ちは、黒い薄紗が揺れ、

灯火の下で暗花の文様が浮かび上がる。

玄絹の衣をまとった少女たちが後ろに続き、まるで影のようだった。


絹の擦れる音と、靴の音が心地よく控室に響く。


「お母さん、闇宮に仕える黒巫女楽団みたい。

とっても綺麗ね」


私が言うと、美優は微笑んで私を優しく抱きしめた。

ふわりとした衣装の感触が伝わってくる。


玄紫の差し色が揺れ、凪いだ海のような気配が控室の空気を一変させた。


美優が私の方を見て声を掛けてくる。


「聞いたわよ、星愛ちゃんは楽団やってみたいのね」


私は目を輝かせて頷いた。


「はい。屋台対決の時に聞いた麗麗姉妹の歌……

人の心に灯りをともすのは、これしかないと思いました」


「うん、いいわね。私がみっちり教えてあげましょうか」


私は満面の笑みで頷いた。


「お願いします。芸術の女神さまから教えてもらえるなんて、

信じられません」


「うふふ、その言い方はよしてよ。美優叔母……いえ、

今は私も十七の姿だし、美優でいいわよ」


「ありがとう、美優おば……あっ、美優」


美優は微笑みながら言葉を付け足した。


「もし智遊祭に勝ったら、優勝旅行のついでに浮島夢咲に寄りなさい。

みんなに楽器を用意してあげるわね」


「えっ、うそー」「信じられない」「やった!」


みんなから喜びの声が上がった。


(何だ、みんなやりたかったんじゃない)


歓喜の声の後、再びドアが開き、女官が顔をのぞかせた。


「灯花庵の偉い人の皆さま、時間でーす!」


私たちは顔を見合わせ、私が右手を差し出すと、

次々に重なる仲間たちの右手。

皆の顔を見てから、大きな声を出す。


「勝つわよ!」


「「「オウ!」」」


一斉に手を上げ、お互いに手を叩き合う。

気合十分、私たちの出番だ。


私たちは女官の後に続き、灯花に照らされる通路を進んだ。

灯花は私たちの影を幾重にも重ね、揺らめく光が壁に淡く広がっていた。

不思議と誰も口を開かず、通路に響くのは足音と、遠くに聞こえる観衆のざわめきだけ。


歩みを進めるにつれ、ざわめきは次第に大きくなり、

やがて絵蓮の声に合わせて観衆が声援を送っているのが分かるほどになった。


扉の前まで来ると、待っていた女官が手のひらを上げて制止の合図を送る。

私たちは息を潜め、扉の向こうに耳をそばだてている女官の指示を待った。


外ではざわめきが収まり、静けさが広がっていく。


「さあ、今回の智遊祭決勝、一位で上がってきたのは――灯花庵の偉い人だー!」


絵蓮の声が響いた瞬間、女官が扉に手をかけ、光が溢れ出す。


白い陽の光が視界を奪い、続いて轟く歓声が舞台の幕を押し上げるように広がった。


「手を上げて、振りながら私についてきてください!」


女官が声を張り上げるが、一瞬で歓声にかき消される。

観衆の音の波を裂くように、美しい花の旋律が耳に届いた。

女官が歩き出し、私たちは観衆に手を振りながらその後に続く。


「灯花庵の偉い人は、秦の四女神、灯花庵の管理人、そして――

我らが夢咲星環府の五華で構成される班だー!!」


絵蓮の声が闘技場に響き、観衆の声が円形の客席から輪となって押し寄せる。


「灯花庵の偉い人は智遊祭に参加した強者を降してきた、

花の女子たち!」


「きゃー、女神さまー!」「ことはちゃーん!」「でんちぇんかわいいー!」


歓声に混じって、いろいろな名が飛び交う。

やがて中央と左右に設置された円形の舞台が見えてきた。


左の円形舞台の上には、先に呼ばれた黄河猪親子が腕を組み、

調理器具の前に立っていた。


(えっ、調理器具――!? 聞いてないわよー! えー、えーどうしよー!)


私は笑顔を崩さないようにしながら、内心ドキドキしつつ右の円形の舞台に上がった。


曹英が小声で私に話しかけてきた。


「ねえ、気付いた……観客席、よく見て。動いているでしょ」


私は観客席に目を凝らす。確かに、少しずつ位置が変わっている。


「え、本当だ。観客席が動いているわよ」


琴葉がにやにやしながら言った。


「違うよ、動いているのは舞台だよ。影を見てごらん」


私と曹英は顔を見合わせ、足元の影に目を落とす。

影の向きが、ゆっくりと変化していた。


「うわっ、動いてる! 動いてるよ、曹英!」

「う、うん……本当に動いてるわね」


沙良が冷静な声で耳打ちしてきた。


「中央の舞台も、その奥の黄河の猪親子の舞台も回転していますね」


その瞬間、観客の声援がすっと静まり返った。


「さあ、いよいよ――女神さまたちの入場でーす!」


絵蓮が耳を澄ませ、観客もそれに合わせて息を飲む。


静かに、そして子気味よく流れ始める琴機(きんき)の調べ。

続いて、戦絃(せんげん)をはじめとする楽器の音が重なり、

美しい旋律が闘技場を満たしていく。


「まず、最初に入場するのは――麗麗姉妹だー!!」


シュッ。


入場口に虹色の花吹雪が舞い、光の粒が浮かぶように広がる。

その中から、ふわりと浮きながら手を振る二柱の女神が姿を現した。


歌姫・愛麗(アフロディテ)は白を基調に淡い桃色を重ねた、

裾の広がる可憐な衣装をまとっていた。

胸には白い大きな蝶結び、後ろ腰にはさらに大きな桃色の蝶結びが揺れる。


隣の歌姫・虹麗(こうれい)(イリス)は白を基調に淡い水色の衣装。

愛麗と同じ意匠の蝶結びが胸と腰に飾られ、光を受けてきらめいた。


二柱の歌声が音響器から紡がれると、

観衆の声援はさらに大きく広がっていく。


笑顔で、少し浮きながら進む麗麗姉妹は、

やがて舞台の中央へと上がった。


絵蓮が手を上げ、音楽がすっと止まる。

観衆の息が一斉に吸い込まれ、闘技場に静寂が落ちた。


――その瞬間。


黒い薄紗が揺れ、舞台奥の入場口に深い影が落ちる。

影の中心から、ゆらりと灯花が揺れ、五華彩音が姿を現した。


玄絹の黒衣に深紫の暗花が浮かび上がり、金糸が炎のように瞬く。

まるで闇宮に仕える黒巫女楽団――その象徴のような姿だった。


次の瞬間、空気を裂くように妃良(ヘラ)の歌声が響き渡る。

鋭く、燃え上がるような声。闘技場の空気が震え、観衆が息を呑む。


続いて、背後から一斉に重なる激しい演奏。

戦絃が唸り、琴機が火花のように鳴り、太鼓が心臓を叩くように響く。


まるで、炎が立ち昇かのような旋律。


黒い羽根が舞い上がるような音の奔流の中、五華彩音はゆっくりと歩み出す。

薄紗が揺れ、灯花が反射し、五人の影が炎のように揺らめいた。


五華彩音は麗麗姉妹とは対照的に粛々と移動する。


観衆の歓声が爆ぜる。舞台が震える。


五華彩音が舞台中央に立った瞬間、音が止まり、闘技場全体が静まり返った。


絵蓮がにやりと笑い声を張り上げた。


「さあ、これで役者がそろいましたー!

智遊祭最後の試練、決勝の始まりだー」


再び巻き起こる観衆の歓声。


決勝の幕が、ついに上がった。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

初めての投稿ですので、いただいたご感想や評価は次回作品づくりの大きな力になります。

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更新は偶数日の朝7時過ぎを予定しています。

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!

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