第138話 バンドやろうよ!
たらい船はコロシアムのある区画の桟橋に到着していた。
運河の定期船を利用する人々はいたが、桟橋自体は閑散としていた。
その反面、柵の向こう側は人々でごった返しているようだった。
――星愛、聞こえるかしら。
華蓮からの心話が届いた。
(あっ、華蓮様、聞こえます)
――あなたたち、今どこにいるのかしら?
(は、はい、今桟橋に到着したところです)
――コロシアムはあなたたちを待つ人々で大変なことになっているわ。
(えっ、それはどういうことですか)
――あなたたち、派手に勝ち進んできましたし、
秦の四女神がいるということで、一目見ようと待ち構えていましてよ。
(え、どうしたらいいのでしょうか)
――今から迎えに行きますわ。
そこで心話が途切れ、私が皆に伝えようとした瞬間だった。
バシャーーン!!
水面に二つの大きな波紋が重なり合って広がる。
その中心には、華蓮と絵蓮が浮かんでいた。
「は、早すぎます!」
私は驚きの表情で運河を見つめ、皆も振り向いた。
「か、華蓮様に絵蓮様……な、何事ですか?」
桟橋の向こうが大変なことになっているとを知らない曹英は、
また厄介ごとを持ってきたと思ったのか、警戒した表情で尋ねた。
華蓮がにやりと笑い、私を見て言った。
「さっきの話、皆にまだ話していませんの?」
「いえいえ、華蓮様が来るのが速すぎるのです!」
「あら、嫌ですわね。夢咲星環府の府庁さんが言い訳ですか?」
皆が不思議そうな顔で私を見る。
(えー、これって私を非難している目なの? うそでしょー)
「もう、華蓮ったら、その辺にしてあげなよ……
星愛が困っているよ」
絵蓮が救いの手を差し伸べた。
「仕方ないわねー」
華蓮はそう言い、ふわりと浮かびながら私たちのところまで来た。
ドサッ――
華蓮と絵蓮は布包みを桟橋に落とした。
琴葉と燈澄デンチェンが勢いよく布包みに飛びついた。
「華蓮さまー、これ開けていいのー?」
目を輝かせて琴葉が尋ねる。
「ええ、あなたたちのために持ってきましてよ。お開けなさい」
「うわぁーい!」
琴葉と燈澄は嬉しそうに手分けして包みを開けた。
「えっ、この綺麗な布はなにかなあ?」
琴葉が尋ねると、華蓮は布を一枚取り、頭から巻き付けた。
見えるのは目だけだった。
「燈澄ちゃん、その色眼鏡を取ってくれるかしら」
「はーい」と言い、黒い色のついた眼鏡を華蓮に手渡す。
「どうかしら、私とはわからないでしょ」
碧衣が苦笑いを浮かべて答えた。
「華蓮様とはわかりませんが……十分に人目を引くと思います」
「うふふ、そんなことはありませんよ。外に出ればわかりますわよ」
華蓮が含みのある微笑みを浮かべ、絵蓮がさらに輪をかける。
「そだよ、コロシアム前の広場に行けばわかるよー。
ムフ、冬の市の風物詩と言って過言ではない!」
「な、何ですかそれは……逆に怖いんですけど」
私の言葉に、華蓮は小首をかしげ、ニッと笑った。
(なに、その笑い……とても怖いのですけどー)
曹英が布を一枚手に取り、華蓮に質問した。
「この布ですけど、中華の物ではありませんね」
そう言いながら、華蓮の真似をして布を頭から巻き、目だけを出す曹英。
華蓮はその質問を待っていたのか、嬉しそうに頷いた。
「屋台対決に出場していた楼蘭商隊のことは憶えているかしら」
曹英はもう一枚布を手に取り、今度は私の頭と顔に巻きながら答えた。
「ええ、憶えていますが」
そう言いながら、私の顔を見て満足げに頷く曹英。
華蓮は腕を組み、続けた。
「彼らが私たちと交易をしたいと申し出てきたの。
これは交易品の一部で、巻き布と言っていましたわ」
絵蓮が言葉を継ぐ。
「なんでも、タクラマカン砂漠を横断するときの必需品とかで……」
話が終わる前に、亜衣が曹英の後ろに立ち、声を荒げた。
「ちょっと、曹英! あなた、何てことしてくれたの!」
(は、早い……いつの間に曹英の後ろに。
推しの人数が増えたことで神威が上振れているからかしら)
そんなことを思っていると、今度は沙良が顔色を変えた。
「なんで、あなたと星愛が同じ布を巻いているの」
曹英は腕を組み、人差し指を頬に当て、小首をかしげる。
「あら、何か言いましたか?」
惚ける曹英に、業を煮やした燈柚デンヨウが前に出た。
「私が、星愛の肌に触れた布をもらいますね」
燈柚が私の横に立ち、布に手を伸ばす。
すかさず曹英がその手を叩き落とした。
碧衣が声を張り上げる。
「もういい年なんだから、そんなことで揉めないの!」
「そんなことーー!?」
沙良、曹英、燈柚、亜衣が口を揃えて叫び、
碧衣が四人を睨むと、扶美が呆れ顔でため息をついた。
「ほんと、あなた達って……」
酷いい言葉しか思いつかないのか、そこで言葉が止まった。
――パン、パン。
手を叩いた音に、全員の視線が向く。
「ほら、さっさと支度しなさい。決勝まで時間がないよ」
華蓮が三枚の布を沙良、燈柚、亜衣に手渡す。
「早く巻き付けなさい……あら、いいわね。
星愛と曹英を守る親衛隊って感じ。フフフ」
「もう、華蓮は余計なこと言わないの」
「あら、いいじゃない。三人お揃いの巻き布、お似合いよ」
そう言い残し、華蓮が前を歩き出したので、
私も慌てて横に並んで歩き出した。
華蓮も私と同じ巻き布だったが、華蓮には誰も何も言わなかった。
桟橋の柵を出ると――
「えっ、華蓮様、これは一体どういうことですか」
「うふふふ、言ったでしょう。こんな格好をしていても目立ちませんわよ」
そう、コロシアム前の広場は、さまざまな装束遊びをした民衆で溢れかえっていた。
「うわあ、麗麗姉妹がいっぱいいるー!」
燈澄が目を丸くしてあたりを見回す。
沙良が腕組みをしながら頷き、燈澄の言葉を継いだ。
「それに、蓮蓮姉妹に五華彩音までいる」
琴葉がジト目で五華彩音の装束遊びの一座を見て一言。
「全然お母さんに似てないよ。お母さんの方がずっと……」
私は慌てて琴葉の口を押さえた。
五華彩音の装束遊びをしているうちの一人が、こちらを見た。
「すいませーん!」
私はペコペコ頭を下げ、琴葉を連れてその場を離れた。
「何するのよ星愛。こういうのはちゃんと言ってあげないと」
不服そうに琴葉が言う。
「遊びでやっているのよ……雰囲気よ、雰囲気。
きっと、好きな人になりきって、少しでも好きな人の気持ちに近づきたいのよ」
皆がすぐに追いつき、華蓮が目元を微笑ませながら琴葉を諭した。
「みな趣味でやっているのですわ。その趣味を奪うのはいけませんの。
それに、趣味が働く力を与え、私たち女神に信仰の力をもたらしているのですもの」
「うーん、分からないわけでもないけど……でもお母さんが……」
「あら、琴葉は美優のことを独り占めしたいのかしら?」
「うん。お母さんは私だけのものなの」
「あらあら、この子ったら。いつまでも私たち女神はここにはいませんのよ。
美優に心配をかけないように、早く親離れしなさい」
「うーん、わかんないや」
そう言うと、琴葉は私に抱きついてきた。
そして、すかさず引きはがしに来る曹英と亜衣だった。
私は楽しそうに装束遊びをしている人たちを眺めながら、ぽつりと言った。
「私、楽団やってみたいな」
頭の後ろで手を組んで歩いていた絵蓮が、すぐに口を開いた。
「おっ、いいねー! 来年は奏者として冬の市に参加できるね」
曹英が私の顔を覗き込み、にこりと笑う。
「うん、私も一緒にやりたい」
「えー、私もやるやる!」
琴葉が言いながら、私の腕にしがみついてきた。
「琴葉ねーちゃんずるいよー! 私も、私もやりたーい!」
慌てて手を上げる燈澄デンチェン。
「うーん、燈澄にはまだ早いかしら」
私が言うと、絵蓮も燈澄の頭を撫でながら諭すように言った。
「まだ、みんなと一緒に演奏するには早いかな……。
でも、付き人として練習を支えるのはどう?」
「えー、やりたいのになあ……。まあ、一緒にいられるならいいか」
「うん。私たちと一緒に演奏できそうなら、いつでも入ればいいでしょ」
私が皆の顔を見ながら言うと、全員が頷いた。
曹英が腰を曲げ、燈澄と目線を合わせて言う。
「ね、私たちも楽団ってよくわからないし、まずは一緒にやってみよ。
できそうだったら、一緒に舞台に立とうね」
巻き布で表情は見えないが、声は少し不満そうだ。
「うーん、仕方ないなー。それでいいかな」
「ちょっと待ってください! 私も楽団に入れてください!」
亜衣が慌てて手を上げた。
「星愛、琴葉、曹英、亜衣の四人は揃ったけど……ほかはいないのかな。
四人より五人の方が音に厚みが出るんだけどなあ」
絵蓮が皆の顔を見回すと、華蓮がふわりと微笑んだ。
「うふふ、仕方ないわね。私が参加しますわ」
(え、えー!? 華蓮様、蓮蓮姉妹はどうするんですか?)
――大丈夫よ。十分に掛け持ちできますわ。
沙良が浮かない目でため息をついた。
「いいなあ……私も参加したいけど、夏口の防衛学術院があるし、
さすがに楽団までは無理かな」
私は沙良の手をそっと取り、微笑みながら話す。
「大丈夫よ。そうそう、趣味として少しずつ始めるのもいいと思わない?」
扶美が沙良の横に並び、軽く肩を叩いた。
「私もやりたいとは思ったんだけど、楽団がどんなものかわからないし、
まだ屋台対決の時に演奏を見ただけでしょ。
まずは趣味として始めてみるのも悪くないと思うよ」
沙良は扶美の顔を見て、ふっと頷いた。
「それもそうだよね……
いきなりお母さんたちだって五華彩音を始めたわけじゃないし、まずは音楽に触れるところから始めようか」
前を歩いていた華蓮が振り向き、私たちに自信ありげに微笑む。
「うふふふ、普通は沙良や扶美のように躊躇しますわよね。
今日、智遊祭の決勝の後は冬の市、そして最後の宴……
私たち蓮蓮姉妹や五華彩音、麗麗姉妹の“響戦”がありましてよ」
曹英が目を丸くして声を上げた。
「きょっ、キョウセン……聞きなれない言葉ですね」
華蓮は曹英に視線を向け、くすりと笑う。
「キョウセンではなくて、“響戦きょうせん”ですわ。響きで競い合う、音の戦いのことですの」
新しい言葉に弱い曹英は、漢字を聞いてほっとしたように胸をなでおろした。
華蓮はそんな曹英から視線を外し、私たち全員へと向き直って言葉を続けた。
「そう、私たち蓮蓮姉妹と五華彩音、麗麗姉妹が観客席を舞台にして向かい合うの」
華蓮の言葉に、私は頭の中で響戦の光景が描かれた。
「観客は闘技場に降りて、好きな楽団の前で盛り上がるのですか?」
私は華蓮を見ながら尋ねる。
「あら、星愛は察しがいいわね。お互いの音楽を競い合い、信仰の力
――押しの力をより多く集めるのですわ。うふふふ」
斯音の目がぱっと輝いた。
「そんなに、力を分けてもらえるのですか?」
華蓮はにやりと笑う。
「ええ、そうですわよ。私は必要ないから関係ないけれど、蓮蓮姉妹の場合は……
みんな、この絵蓮と私から垂れ流され、秦の四女神に集まりますの」
斯音は笑顔になり、深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
華蓮は軽く手を上げ、「気にしなくてよいことですわ」と添えてから続けた。
「最後には、気をよくした女神の無駄な神能を見ることができますわよ。
推しにとっては“神の奇跡”“加護”なんて言われているけれど……
そんなものではありませんわね。人の子を喜ばせるための、一芸ですわ」
華蓮の視線が絵蓮へ流れる。
「えへへ、まあ神威を与えてくれたことへのお礼だよ。
一芸なんて言い方、華蓮は酷いなあ……」
絵蓮が笑うと、華蓮はそっけなく「あら、そうですの」と受け流した。
気づけば、私たちはコロシアムの関係者入り口に到着していた。
皆が巻き布を顔から下ろすと、衛兵が深く頭を下げ、重厚な扉が静かに開かれる。
中へ通され、扉が閉ざされると、冬の市の賑わいが一気に遠ざかった。
壁に並んだ灯花が、石造りの巨大な壁を淡く照らし出す。
裏通路の冷たい空気が、決勝に臨む私たちの気持ちを引き締めた。
闘技場からは、観客のざわめきが低く響いてくる。
通路の奥、扉の隙間から白い光がこぼれていた。
いよいよ――智遊祭、最後の試練が始まるのだった。
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