ティル・ナ・ノーグの異人4
「それが今回ベネッタを呼び出した理由ですか?」
「……はい、跡継ぎを身籠った私が堂々と疑うわけにもいきませんから。自分の子供のことを。ですから、物証の残る手紙は避けて、セーバに頼んだのです。ベネッタさんを呼んできてほしいと」
ガザスからの正式な要請ではなく、セーバが頼み込んだ理由にようやく納得する。
女王が自分の子供を人かどうか疑っているなど、どんな事情であれ文字に残していいはずがない。
他国の貴族であるカエシウス家宛となればなおさらだ。
ラーニャは自分のお腹を撫でるベネッタからの答えが恐いのか、生唾を呑み込む。
「あはは、妖精じゃないですよー」
「え!?」
お腹を撫でるベネッタはいつの間にか目を開けていて、銀色の瞳を見せる。
ベネッタの血統魔法【魔握の銀瞳】。
常時発動型であり、魔法によって作られた彼女の目そのもの。
その瞳は魔力を持つ命を映す。人も、動物も、魔法生命も例外なく。
「ボクの目って妖精が見えるんですけど、妖精って魔力そのものなせいか実体がないんですよー。妖精だったら多分、物理的にお腹膨らまないと思います」
「あ……」
「ラーニャ様には妖精がはっきり見えちゃってるんですもんねー。不安になっても仕方ないと思います」
ラーニャは望まぬ渡航によって異界から来た人間。
妖精に愛されているがゆえに彼女は周りを飛び交う妖精がはっきり見えている。
対して、ベネッタは魔法の効果で妖精を感知しているに過ぎない。
妖精が本来、肉体を持たない魔力だけの生命だということがわかっているのだ。
「そ、そうでした……実体があるように見えるのは私だけ……。そもそも、ベネッタさんを呼んだのは。他の人には見えないから……」
ラーニャは安心したのか、足の力が抜ける。
崩れ落ちそうになるところを咄嗟にアルムとベネッタが支えた。
二人は立っていられないほど力の抜けたラーニャを椅子に座らせる。
「大丈夫ですかラーニャ様ー……? セーバくんにお医者さんを呼んできてもらいましょうか?」
「いえ……呆れてしまっただけです。自分の馬鹿さに。わざわざ友人を無理言って連れて来てもらってこれとは……失格ですね。ガザスの女王として」
「そんなことありません」
アルムは震えるラーニャの肩に自分の上着をかける。
「ガザスの女王として日々公務を果たされていても、母親になるのは初めてなんですから。ラーニャ様がそれだけ子供のことを考えていらっしゃるということですよ」
「そうでしょうか……」
「母親になるというのはとても大変なことです。命を産むのですから不安があって当然……ましてやラーニャ様のように特別な事情があるならなおさらです。ベネッタを呼んだのも、すでにラーニャ様が母親として万全を期そうと頑張っている証拠です」
「アルムさん……」
「ミスティもティアを産む前は不安で涙を流していたこともありました。きっと母親になる前というのは、みんな気持ちがばたばたとしてしまうんですよ。失格などではありません。あなたは変わらず、立派な方です」
アルムに諭されて、落ち着いてきたのかラーニャは深呼吸をする。
汗で額に張り付いたダークブラウンの髪をちょいちょいと整えて、ゆっくり姿勢を整えながらいつもの様子に戻っていく。
「本当にずっと情けない姿を見せている気がします。あなた達には。まさか、母親になる時にまでとは思いませんでした」
「ラーニャ様……」
「セーバ、迷惑をかけましたね。あなたにも」
「私はお二人を呼んできただけですので、迷惑なんて思っておりません!」
「ありがとう、国を離れてもガザスの民であることを忘れないでいてくれて」
ラーニャは安心した様子で、自分のお腹を愛おしそうに撫でる。
ベネッタの言葉を聞いてようやく、何の不安もなく愛せるようになったのだろう。
その顔は今まで見せたことのない穏やかさで、もう大丈夫なのが見てとれた。
「迷惑を掛けました。私の友人達。久しぶりのガザスでしょうから、ぜひ我が国を観光をしていってください。もちろん、おもてなしをさせていただきます。今できる最大の」
「やたー! お言葉に甘えまーす!」
「ありがとうございます」
「夕食は一緒にとりましょう。全ての予定をキャンセルしてでも作ります」
ラーニャは女王ではなく、同年代の友人として少し気の抜けた笑顔を浮かべる。
「やはり、頼れる友人ですね。持つべきものは。あなた達に相談してよかった」
ラーニャからの相談も解決し、アルム達は完全に予定のないフリーの状態。
すぐに解決したのもあって時間は完全に有り余っている。
女王の客人として部屋も用意されているだけでなく、何でも要望を言いつけられるように使用人まで待機していた。
トランス城にいる時と同じくらい至れり尽くせりで、他国の王城とは思えない。
「俺はお土産を買って、カレッラに顔を出したらそのまま帰るよ」
「えー、アルムくん一緒に帰らないのー?」
「ラーニャ様の相談も終わって、護衛する意味がないってわかったからな。それにカレッラに顔を出したら多分そこで一泊することになるから余計に時間がかかる。まさかあんな山奥にセーバまで連れて行くわけにはいかないし……」
アルムは自分を指差しながら、セーバをちらっと見る。
「仕事とはいえ、せっかく恋人と帰郷したんだ。邪魔だろ?」
「い、いやいやそんなことは……」
そんなことは……の先から言葉は出てこなかった。
あまりに正直なところは昔と変わらずセーバらしい。
「こっちは気にせず、二人でゆっくり楽しんでくれ。先にトランス城に戻ったらミスティには今回の一件について俺から伝えとくから」
「アルムくんってば気が利くー!」
「ちょ!?」
「じゃあ、一先ず今日はおやすみ」
からかうように笑いながらベネッタはセーバの腕に抱き着く。
アルムは手を振りながら自分のために用意された部屋のほうへと歩いて行った。
廊下には残されたベネッタとセーバ。
ベネッタは何故か緊張している様子のセーバの顔を下から覗き込んだ。
「セーバくんセーバくん」
「は、はい!」
名前を呼ばれて直立不動になるセーバ。
まるで上司に名前を呼ばれた時のような反応速度だが、隣にいるのは恋人である。
そんなセーバの反応にベネッタは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「明日はセーバくんもお休みでしょー?」
「そ、そうですね……」
「じゃあさ、ボクと一緒にいれるよねー?」
「もちろんですよ!」
「じゃあセーバくん、学生の時みたいにデートしよっかー?」
「っ!!」
腕に抱き着き、頭を擦りつけるようにしながらデートの誘いをしてくるベネッタ。
惚れた弱みというのはいつまで続くのか。恋人になっても二人の力関係は一切変わらない。
セーバはうるさいくらいの自分の鼓動を聞きながら、声も出せずに頷いた。
お久しぶりです。らむなべです。
お待たせしました。




