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高位魔族とさらわれた勇者

 嬉しくてこの手紙のことは覚えている。魔族との一騎打ち。魔族道にのっとる由緒正しきもの。それを断るとパーティー戦を申し込まれることがある。強力な魔族たちは一人で全てに挑む。勇者カーズの時代、二万を数えたその本軍に現魔族王テウソが挑んだように。

 綺麗な夜だった。天に星。空に雲。地に凪。川に浮。ヨギと私とトリス。魔族領への侵攻を異なるものにしようとした。魔族王が直接出向き、そうして勇者との間、ただ一日の決着をみる。イクセスよりももっと強力な勇者ならそうできたのかもしれないな、とそう思う。リエントラントが勇者であったとしたら。夜を迎えるとこの崩壊戦士が背負う重い袋の中身が役に立つ。補給のための寝床は地点ごとに確保してある。古く黒ずんだ木目に虫が食い散らしたような風抜けの小屋、藁屋根を葺いた丸太小屋、時には魔族の別荘だという豪邸が割り当てられた。集落は先に案内された一つだけ。そうしてその日はそのどれでもない。予定通りに進まなかったから。天の海に波立つ雲間が砂底に輝く光を見えなくする。落ちる影と、消える影。気まぐれな風が雲を流す。魔族たちにとっては気まぐれな風とは言はないだろうとそう思う。澄み切った大地。無風の中、仰ぎ見る空だけが動く。遠く流れる川の音が沈み込むように響くのを聞くと魔族領の豊かさを思う。野に煌々と輝かす焚き木の番に火の神官たるものが着くことにそんな場合でもないのに妙なおかしみを感じる。周囲を囲む輪からはずれリエンラントは一人、剣を振りその動きの確認をしていた。空を切る音が静かな川の音を遮って響く。

 その日の輝く花への恵が中天をすぎるころに私たちは魔族王の側近から一騎打ちの申し込みを受けた。

「全員でかかられよ」

 怪物を3体つれた魔族、フィラネストがそう言ったのは川沿いの絶霊香木の林を過ぎたところでのことだ。怪物3体は見たことがないものだった。怪物ともいえるかどうか。怪物。それは星民とマジックスが残したものだ。一様の特色を持っている。眼前のものはそれとはかけ離れたものだ。星民が残した怪物たちには普通に暮らしている分には出会うことはありえない。唯一の例外がスネックボトム中央の最深部。彼らは典雅さを残しているといわれる。そこで実験を繰り返しているのだと。あるいは待っているのだと伝えられる。マジックスたちが残した怪物たちは、遊びがある。必ず一つ簡単な弱点があったり、強度の魔道力を派手なパフォーマンスに用いたり、つまり、レベルが対する程度であれば対応する余裕を残してくれているのだ。違う。違った。この怪物たちはすきもなく襲い掛かって魔道、接近そういう決められた戦闘を繰り返す。それだけだった。ナイフを抜く。風完草の紋章のナイフを。二刀の両刃刀で切付けてくる側面から羽を生やした小柄なヒトガタの怪物に切りつける。嫌な感覚。突然その姿が歪み、支配される、魔道の奔流が体の中で暴れ出す。まるで自分そのものが掴まれたような感覚。急いで押し返す、位相を掴み返す。近くを見る。

「いやヒトヤ。こいつら魔道、高位魔道。普通じゃない。よく気をつけて」

 ヒトヤに向かって警告する。ヒトヤがうなずき返し印を結ぶのを見て2、3足。はねるように蹴り、もう一度怪物に切りつける。そしてまた同じ感覚。ひどく高い技量だ。まるで私の体の中から発生して私の体中を分解しようとする力。かろうじて後退する。

 遠くでマーズが首をひねりながら剣を抜き巨体の怪物をいなす。そうして追われながら叫ぶのが聞こえる。

「魔道の流れがおかしい、一種の奇妙な運動が行われる、まるで」

 フレイスラはふわふわと浮かぶローブで、優美な印象を与える巨大な聖魂に向かい、魔族フィラネストに向かい、巻きつかせてそうして怒られていた。フィラネストはくるくると回りながら、周囲に向かって魔力の奔流を泡立たせながら、その優美なドレススーツを躍らせては、幽霊に向かって両手を振り落とす。その周りでイクセスが何度も刃を躍らせては、あしらわれてを繰り返している。

 と、腕輪と凍牡丹の剣が波打ち一致する。

 圧倒的な冷気の奔流が流れ出す。勇者イクセスと華麗な魔族との間には無数の氷柱と幽霊があった。

「こらよせ」

『えー、かかってきていいんでしょ』

「お前も魔族なら魔道の心得があるだろうに」

『それはさ、なるべく使うな、ダメだって、そう言われているからさ』

「手を出せないからって、」

「こら。私の相手をしなさいって」

 幽霊と勇者と魔族と氷の刃たち。

 氷の刃を持って魔族と戯れる勇者の力は心ばかりの勇気と幽霊だけ。対する魔族は乱れた優雅さを持って対応する。どうやら決して勇者には手は出さないという姿勢のようだった。私は情勢を見極めたかった。情報を分析する。

 とにかく、勇者と幽霊はしばらく安全そうだ。

 リエントラントはただ戦いの中にあった。迷いもない。その相対する俊敏に動く怪物は魔族そのもののようにも見えた。それが違うと認識できるのは、奇妙なことに耳が短いというただそれだけ。角まで生えている。その違いは元から違うものだという目を持ってみないと分からないだろう。その怪物相手に切りつけては、惨い魔道の力を抑えるのに必死になる崩壊戦士。黒の鎧が泥にまみれている。何度か吹き飛ばされた証拠だ。やがて確信したように叫びながら地面を蹴るリエントラントは、勢いのまま魔族型の怪物を真二つに切り裂く。そうして自身はひどい衝撃と共に横なぎに吹き飛ばされる。まさしく力に任せた技だった。

「さらわれた天使よ。心奪われた神々よ。我は獄の名を知るものなり。汝らの全てを解き放ちしものの名において等しくわれらに繋がれた鎖を元に返したまえ」

 ヒトヤだ。長く結んだ印の姿を開放し解呪の呪文を唱えると叫ぶ。

「今のうちに」

 うなずく。私は走り出す。風を導くナイフと共に体を進ませ切り裂く。羽を持つ小柄な怪物の位相を把握し警戒を続けるのは無駄だった。あの感覚はない。振り向きざまにもう一太刀。錐もみ突き出す。怪物は倒れ込みそして消えはしない。嫌な感じ。冷え込む感覚。振り返るとヒトヤが持つ裁きの杖から淡い光が広がっている。地面から同心円に広がる光の輪が空に向かって立ち上る煙のように、淡く、淡く、立ち上る。

 マーズが強大な火を立ち上らせる。その剣を介して広がる炎の渦を操作しようともがいている姿の前にブスブスと音を立てる巨大な炭が残る。後には嫌な匂いが漂うだけ。

 すごい威力だ。ヒトヤが髪を跳ね上げ魔族フィラネストを見上げるような場所へと近づくとたずねる。周囲から立ち上る燐光にね、私は、あの綺麗な絵のヒトヤと実際のヒトヤが確かに同じに見えていたんだ。

「怪物たちの魔道を封じたの?」

「いいえ。流れを掴まれていたのを断ち切ったの」

 説明されてもよくわからない。

 声が上がる。視線の先で剽悍な肉体が起き上がる。横なぎに倒されていたリエントラントだ。その額から流れる血もそのままにフレイスラと戯れる魔族に向かって結び終えた印を解き放つ。

「山の民マヤよ、汝が遺したもうたのは何であろうか。我が眼前の強欲なものに裁きを与えたまえ」

 魔道の力が集まってそして散らされるのが位相をずらす私の目に飛び込む。そして、その先にある魔族の表情が不機嫌そうに歪むのも。魔族から伸びた腕がフレイスラの不自然に揺れるからだを布越しに掴み取る。それから投げる。ひゅーるるる。そう擬音をつけたくなる。そんな格好で幽霊は飛ばされ相変わらず飛ばされた先でふわふわしている。

「ほら見ろ。お前のせいで私自身が手を下すことになる」

 つぶやく魔族フィラネスト。その姿は今まで出会った魔族と変わらない。細身に綺麗な顔、長い、長い、耳。そして特徴的なのはこれだけ、伸びた大きな角。唐突にイクセスの腕を掴みあげた魔族の腕は細い。私の手で一周押さえてもそのわっかに指が三本入りそうなくらい細い。

「イクセスッ」

 叫び、駆け出すのは私。無言で土を蹴り上げるリエンラントの後に続く。

「勇者よ。述べよ」

「え、」

 魔族が何を言ったのか分からない。リエンラントが飛び、切り下ろし跳ね上げる。タンタンと無常な凹音が響いたのを覚えている。私は輝いているのを見た。魔族の腕が。そうして、そうしてイクセスは消えちゃったの。唖然とする私が高位の位相魔法の仕業だと思い至るまでのときはだいぶ長かった。その間にリエンラントは四度フィラネストを袈裟懸けに、三度ツバメ返しに、そして二度突きあげた。私はリエンラントを追いながら位相をつかもうつかもうとまるでもやもやの雲に手を伸ばすみたいなことを繰り返しながらナイフの柄を握り返すと横なぎに飛ぶとリエンラントの腕の下を通してナイフを投げつけた。肩が石にぶつかってひどく痛んだ。受身を取るための準備さえしていなかったから。

「逃げるのか」

 リエンラントが叫び声をあげた時、ようやくイクセスの姿が位相を変えていることに私は気づかされた。私はヨギが書いてくるものを全て信じていた。そうだ。確かに魔族領では高位の位相魔道は禁忌なのだろう。禁忌がある。禁忌でないものがいるから禁忌を定めたに決まっているではないか。例外の魔族。私は自分の完全な失策を信じた。フレイスラにあれは低位の位相魔道なのだと教えられるまで。魔族特有の聖霊鬼道なるうちの争還術と組み合わせた低位の位相魔道。そう聞いた。どちらにしても同じようなものだ。失策の度合いの問題。「禁忌なの?」フレイスラに尋ねる。『ううん、なるべく必要ないときは使わないだけ』帰ってきた答えに失望する。私の失策だった。

 逃げるのか。そんな声にだが魔族は逃げなかった。ナイフを左手でつかみながら顔を歪ませて怒り始める。

「私が逃げる?」

 そうして眼前の例外だと思われた魔族が魔族道の信奉者であることに私は感謝したのだ。何に。もちろん私のLCC社章の紋章に。クリスと髑髏と泥縄に。

「約束を。魔族道に誓うのよ。みな一騎打ちよ。イクセスを出せ」

 無茶苦茶な言葉だった。慌てて口にした言葉の並びは無茶苦茶だった。だけど意味は伝わるだろう。魔族フィラネストの美しい顔に嘲弄が浮かぶのを私は見逃さなかった。

「口だけか、魔族道は」

 そうして同じように嘲弄を浮かべてみせる。私はヨギの忠告を無視した。相手はどう考えても仕官クラスを超えている。返事。魔族が左手に持つナイフを投擲するのが返事だった。私は緩やかに飛んで落ちたナイフの腹を踏み、柄を起こしながら拾う。相手であるフィラネストは斬りつけようとするリエンラントを魔道の縛りで一瞬の内に制すると、私に向かって近づいてくる。妖艶な笑みを浮かべて。凄絶な笑み。

「方法は?」

 言われてみて私は困惑する。方法。同じような笑みを浮かべてやろうと努力したけどどうしても無理で私は満面の笑みといわれるものを作りながらたずねる。何も考えずに笑うように、張り付いた笑みを浮かべて聞いたのだ。

「私には決める権利があるのかな」

「どうぞ盗賊殿」

 言われてしまって私、おかしくて本当に笑い出しそうになった。盗賊。確かにそうだ。忘れてしまっていた。もうイクセスの方がきっと強いのだ。勇者イクセスはスネックボトム探索行でけっこうな経験を積んでいたのだから。そうだいつの間にか私は一番弱いのだ。予定通りではないか。盗賊といえばもっとも弱く卑怯でずるがしこく立ち回る役割なのだから。

「では盗み、取り去りましょう。宝物を」

「で、何を」

 運を天に任せる。予言の力が導くままに。位相幾何と静的なものが高まる気配に眼前の魔族フィラネストが面白そうに微笑む。

「お互い最も大切な聖魂のやり取りとなるのかな、盗賊殿」

 首を横に振る。興奮状態にある私はけらけらと笑う。極度の興奮状態。いくつもいくつも加えては必要なものへの直感を信じる。

「魔族王テウソ=アスナナ」

「お仲間のあの冗談を本気にするのかな」

 笑いながら狂ったように笑いながら私は首を縦に振る。本当に狂っている。その部下より劣っているわけがない魔族王を盗むのだ。どうやって。わからない。方法はわからない、だから笑うのだ。

「そうしたら返してくれる? そうかしら?」

 答えに魔族はあの笑みとともにリエンラントの戒めを解き、そうしてフレイスラの存在しない肩のあたりを叩きながら笑い声を高め、そうして私たちの前からゆっくり消えた。その間、リエンラントを除いては誰も追いかけようともしなかった。マーズもヒトヤも。リエントラントは追いかけようとし、間に合わないと知ると押し殺したような低い声でいつもどおり短く口にした。

「いずれ滅ぼしてやる」

 私たちは誰も信じなかったし、宣告された魔族自身も笑うだけだった。

「お前ではなく、な」

 その一言は近くにいた私の耳の中にだけ残った。甲高い普段の声とは違う何かがこもったその声を私は笑い続けながら聞いた。ようやく全ての狂気が収まったのは日の傾くころだった。

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