秘密の扉と魔法の鏡、そして予言
“大いなる家は、皆々、安住すべき精神の家は天空の司書とともに滅んだのだろうか。私たち星民は神殺しの罪を背負う必要があっただろうか。それはわからない。魔族たちが生まれ落ちたのはそんな時代のことだ。その暗い、果てしなく暗い前兆は私たちの心を暗くした。私たちの自由への門出は”マーズ・アレキサンドリア~大マジックス、ミラーラークの言葉より。星民の言葉~
一旦、宿に戻った私たちはリエントラントのことを待った。彼は短い時間荷物を漁りそして立派なケースに収められた一対の紋章を私たちに見せた。それは望みのものだった。とにかくあったものはあったのだ。なぜなのかは何度も尋ねた。マーズさんが「一体、どこで」と不思議そうに眺める間中、私は、その不思議な形をした紋章を眺めていた。
スネックボトムB層。そこには怪物たちがひしめいている。リエントラントは大活躍だった。マーズは冷静に対応し、ヒトヤは聖なる言葉を紡いだ。フレイスラはふわふわ浮かぶばかりで役には立たず、私はといえば、もう盗賊らしく逃げ回るだけだった。イクセスはその力を振り絞って戦っていた。剣を抜き放ち、青の腕輪を輝かせて凍牡丹の剣は幾度となく凍りつくような悲鳴を上げて怪物たちを凍りつかせた。一体、B層だからと言って何を恐れる必要があったのだろうか。崩壊戦士は強力だったし、そう、余りに強力だった。まるで人の枠を外れているようだったし、勇者はその伝説の剣を完全に使いこなしているようにも見えた。
再び訪れたのは、正七角形の交わる紋章の隠し扉だった。
「さて。何があるか」
崩壊戦士リエントラントはそう口にしてその盛り上がった筋力に覆われた腕を鎧の下から伸ばして紋章へと割り当てようとする。私は止める。呪いがあるからだ。ファウストの時計の呪い。回を重ねるごとにその範囲は強力になる。フレイスラがかかった一回目は一人きり。次は一固まりで全員にかかるはずだった。時間に囚われているとき。そんな時にB層の怪物たちに襲われてはひとたまりもないだろう。
「罠が」
「下らぬことだ」
「いいから貸していただけないでしょうか」
「何だと」
「いいから貸して下さい」
私は、崩壊戦士に向かって苛立った。冒険は冒険を呼ぶ。今回の冒険行は予想外のものだったし、私は、私は、それでも、LLCの一員として、盗賊として大切なことを成さねばならない。予定外なのは構わない。魔族領に向かえばそれこそ予定など全てが狂うだろうから。ただ、私は苛立っていた。たぶん、悔しかったのだ。崩壊戦士の力量に嫉妬したのだ。同時に罠も解けない自分の未熟さに苛立っていたのだ。
「リエントラント貸してあげて」
勇者の一声が無かったら、私は、何を口走ってしまったのだろうか。私の冒険はその場で終わりにでもなっていただろうか。いや、崩壊戦士はそこまで短気ではないだろう。けれど、もしも、イクセスの言葉がなかったら私は少し気まずい思いをしたのだと思う。酷い悪態が頭の中を巡っていたのだから。
「…仕方ない」
リエントラントはその野太い腕から紋章をするりと垂れて私の眼前で慣性の赴くままに回転させた。
私は緊張する。四人を下がらせた後、幽霊と私の二人で黙々と時間をかけて罠を調べてゆく。幽霊はただふわつくだけで意味もないのだけど、罠よけにはなってくれるはずだった。二つの集団に別れていればいざというときが安心だった。
手元に汗が落ちる。
慎重に鍵穴へと紋章を近づけて、紋章の大きさと鍵穴の大きさを見比べる。確かに同じ形で同じ大きさだった。私は鍵を確認すると、罠を追う。罠は隠し扉の奥がその発生源だ。扉の鍵を用いるしかない。壁を壊そうとすればそれもまた罠にかかるだろう。盗賊には手の打ちようが無かった。隠し扉を解かせない仕掛けだった。マジックスたちにしては珍しい仕掛けだった。彼らは仕掛けを解かせるように配置する。何故なら彼らにとってそれは遊戯だから。探訪者との間に行うゲームに過ぎない。結局、私は、首を振るしかない。それから低い声で離れている四人に向かって声を発する。
「下がって下さい。開きます」
私は正七角形の交わる紋章を手に、一度目をつぶる。盗賊も最後は度胸なのだ。怖れるな。怖れはマジックスの嘲笑を買う。私は、恐れない。何も、きっと何も恐れない。そうでなければきっと何も成し遂げることはできないのだから。
紋章をはめ込むと壁は融けるように消えてしまっていた。私は、手元の紋章を眺めながら安堵する。
「大げさなことだ」
「仕方ないよ。それがトウサの仕事だから」
「そうですね」
「そうね」
口々のささやきを耳にする私は、一筋の汗を拭い去ると崩壊戦士に向かってうやうやしくも紋章を返還する。
「どうぞ」
「ああ。悪いな」
そうして、それはいつの間のことだったのだろうか。幽霊は私の周りを彷徨うことをやめていた。そうだ。壁の先だ。壁の先には通路があった。そして、鏡が、一枚の鏡が設置してあった。フレイスラはその鏡に吸い込まれる様に近づいて、近づいて、そして口を開く。
『おお。我が宿敵よ』
「さて。どうすべきか」
崩壊戦士も鏡に近づいてゆく。DDLの戦士は何物も恐れない。勇者カーズに倣って、誓って、そうなのだ。
『勇者、勇者よ』
「この鏡だな。問題は」
「そうですね」
私も同じように鏡に向かって近づいてゆく。イクセスとヒトヤとマーズがそれぞれ思い思いの足取りで私の後を歩いてゆく。
『大マジックス、エーズの後継者よ』
「さて。どうしたもの、かな」
「?」
私は、崩壊戦士の顔色が変わるのを見た。鏡に映った自身の姿を見るDDLの戦士はみるみる内に青ざめて行く。
『再びの時をどうすごすというのだ』
「なぜだ。あなたは」
「どうしたの」
「リエントラントとフレイスラ、どうかしたの」
「この鏡は?」
「私にはわかりませんが、何か禍々しいものを感じます」
私たちは、二つの影が鏡に映る間、何が起こっていたのかを知ろうと努めてはいた。けれど、結局、鏡は私たちには何も答えを与えてはくれなかった。
『勇者よ』
「何。フレイスラ」
イクセスが声を返す。
『エーズの後継者よ。我は会わねばならぬ』
「何を言っているの。フレイスラ」
『魔族領において再び会い見えようではないか』
勇者イクセスとユースト・フレイスラは鏡越しに向かい合った。勇者は鏡を眺め、幽霊は鏡に対して鮮明に映っていた。その姿は全く幽霊とは思えないほどに。
「あなたの聖魂は、」
戦士は鏡に向かって独白する。何物も恐れないはずの戦士は自身の光陰が結ぶ影に向かい合いながら困惑を隠せないでいた。
『さて。このような勇者であるのならばいくつか特典を与えねばなるまい』
「特典?」
『そうだ』
…。
それからいろいろあったのだけど、そのことについて今は語らない。たぶん語る機会はないと思う。私たちの誰もこのことは語らないと思う。きっと誰にも知られず忘れ去られていく冒険なのだと思う。
とにかく私はリエントラントのすごい腕と、密やかな幽霊君の頑張りを見た。勇者イクセスと従者である私はこうした仲間と進むことになるのだ。勇者とともにあれ。その名はイクセス、私、ヒトヤ、マーズ、フレイスラ、リエントラント、と。
なんと言ってもこれから私たちは魔族領横断と魔族王と勇者の伝統に立ち会わなければならないのだから。




