盗賊と勇者の一日
“ミオシツミサ要塞はついに落ちなかった。魔族王が率いた200万の軍勢を引き受けながら、かの地の魔道士たちはマジックスが残した秘宝の数々を用い、また自らの力を限界以上に引き出すことにより、囲む魔族の主力軍に対して深刻な打撃を与えた。そしてかの要塞はついに英雄エレノートの率いる軍勢が魔族軍の前へと現れるまで持ちこたえたのだ。聖民が作りそしてマジックスの残したこの要塞は手を加えられ続け、後には霊都として、” 魔族王戦記より
霊都ミオシツミサ。英雄勇者エレノートが魔族王との一騎打ちの末、魔族軍の侵攻を止めたという伝説の地。今では巨大な版図を持つ大都市となっている。
私は帰ってきた。旅立った霊都へと。うれしく感じる。どうせ直ぐに旅立つことになるのだろうと分かっていたとしても。またしても空の旅だった。だけど今回はイクセスも行き先を知っている。そして私にとって最もよく知る場所だ。決まっている。ガパンの背に乗り青澄空間の耳鳴りを経て霊都へと召還されたのはついに魔族領への侵攻が始まるからなのだ。報告のためボスの前に出席し、トリスとの何気ないやり取り。受付近くでリュキエラの新しい服を誉め、LCCの入り口付近でエイセンさんと訓練していたカイトが冒険譚を私にねだる。何かの懐かしい感覚。日常性を感じる。落ち着いた気持ちでトリスと共に街路の露店を覗き、そして非日常的になったヨギからの手紙に胸が高鳴る。魔族領侵攻後には直ぐこうしたいと要望してきて、私がそれはどうかと返事を書く。そうしながら魔族領と霊都を行き来するトリスが両方の意見を聞き自然と誘導してくるのをあるいは受け入れてあるいは受け入れない。そうして時にはイクセスと街を歩き、ヒトヤさんと楽しそうに実験菜園を営むジルエルカさん(魔非法使さまとは呼ばないよ、だってそういう場所柄じゃなかったから)に様々な魔道が勇者たちと共に及ぼした影響のご高説と娘の活躍話を(私たちの方がよく知っているはずなんだけど)たまわり、火の民の神殿で営々と輝く火を守るために集まる乙女と少年に囲まれて説法と伝承語の講義をなしているマーズさんに対してびっくりし(なんだか東方の都市テミスティスのエロースの館みたいだって少し思っちゃったのは内緒)、そしてトリスと共に魔族領と霊都をいったりきたりを繰り返す幽霊フレイスラ(彼のおかげで移動時間が省けてありがたいとトリスは言っているのよね)の不幸な話しに付き合い、そしてリエンラントが冒険の成果(あの樹角の代金)を少ないけれど分配に現れたのに驚いたり。
そうして勇者出立の日と定められた時までのゆっくりとした時間は私たちの上を過ぎてゆく。その日には、私たちは霊都中央部へ東部パレス地区から私たちが、ヨギと私とトリスが勇者の元へと向かったあの門をくぐり、そして霊都中央部で霊都評議会の眼下を抜けそのまま西部土御門門の元をくぐり、西部バストゥール地区を抜け、そして霊都を抜けるまでそのままに進むことになっていた。
霊都に戻って3日目のことだ。魔非法使ジルエルカさまから正式に呼ばれたのは。その日の午前中は魔非法使さまによる魔道についてのちょっとした講義だった。このことはあまり言う必要もないことだ。静動魔道と位相魔道についての私の理解を測ったのだと思う。ふいに「なぜかね」と問われた私は昔ボスに答えたのと同じ答えを返すことにしたことのだけどその後のことばはなぜだか印象に残っている。
「我々魔道に携わるものは、星民を、そしてマジックスを、その未知なるものたちを知る手がかりとして魔族との協定に賛としたのだ。当時、我々が魔族たちのなすがままだったのは伝説として知っているだろう。我々は魔族との協定の枠内でそのありようを、魔道の蓄積を探り出した」
知っている。長い間、魔族領横断は魔族との間に設けられた唯一の交流の場だった。その長い歴史を通じて戦闘的ではない魔道の士たちが幾人も勇者に同行した。その理由は魔非法使さまの言葉だった。私たちは長いときをかけて魔族たちとの対峙によって変化を強いられ、あるいは変化を望んできた。
「だが、彼らが決して明かそうとしない部分がいくつかある。そしてその一つが位相と静動のありようだよ」
動悸が早くなる。「何のことを仰って、意味がよく」私は分からないことを強調しようとして首を傾げながら消え入るようにそう答えた。
「どうやら君はその意味をすでに知っているようだからいうのはよそう。ま、考えておいてくれたまえ」
言われる意味を確かに私は知っていた。魔非法使さまが、私の隠しておきたいこともきっと知っているに違いないと思うと少し落ち込んだ気持ちになった。盗賊の私のほうが知られてしまっているのだと思うと残念な気分だった。驚かされてしまったのも悔しかった。季節の花に関しての話を明るい蒼白のひらひらしたワンピース姿のヒトヤさんと繰り返しながら、魔道を用いた菜園作りの楽しさに触れてみる私たちは、何事もなかったかのように、同じように何事もなかったよう振舞うジルエルカさんを含めて談笑した。ふとヨギのことを考えながら私はその日の午後をイクセスと共に過ごした。郊外の放牧地でスワエの鞭を振るい甲高い音で羊を追うイクセス。霊都外苑部の一面の草原をもくもくと積み重なった雲が風に押し流されて視界の中を形作っては消え、形作っては消えてゆく。ふと、あの風の力を全て奪ってしまえたら、とそう考えると何だかおかしくなって笑ってしまった。柵の隅に数匹の羊が固まって取り残されているのをイクセスが招きよせては音で追う。「なぜここに」と聞くと「久しぶりにやっておきたかったんだ」と飛び切りの笑顔で笑いながらそう言われた私も、何だか盗賊として久しぶりに腕を振るいたくなる。その日の夜のことは、私は語らない。
出立式の日取りが近づくにつれ私は道具の選定に、ルカ工魔道に力を入れる。スネックボトム行きは余りに急で時間も無かったからほとんど準備できなかったけど今度は違う。入念に準備する。サマザ石、統制玉、香雪花、テンナの秘水、アタイ温泉水。砕いて、すり潰して、混ぜて、測って、蒸留し、冷融する。リーン水薬、スワーン高層気封鏡、レイスの雷招札。そしてプッシ光玉。種類も豊富に、持ち運びも便利なものから集める。多めにストックしておいてトリスに預けておく。値が張るものも惜しげもなく使う。私の作業を見るかわりなのだと言ってイクセスが勇者様領収証を切ってくれて私はそれが妙におかしくて仕方なかった。宛霊都評議会勇者選定課の文字を思い出すとどうしてか私笑ってしまう。支払い後の補填が見込まれるため買いあさる私とイクセス。カサンドラの目薬、プロメテウスの灯、クリスティナの糸、トラストの鍵、といった盗賊七つ道具を肩からPポケットの袋に常備させ準備は少しずつ整ってゆく。出立の前日。アスナの閃光弾を造る私の工程を面白そうに見ているイクセスに私はふと尋ねてみる。地味なちょっとした加工を見るのが面白かったのかどうか自信が無かった。だから私、勇者様領収証のお礼もこめて聞いてみたのだ。「造ります、必要なのは?」そのつぶらな赤みを帯びた瞳が期待した目で私を見る。輝く瞳のイクセスが口に出した無茶な注文。「誘惑石、造ってよ」冗談半分で始めたものは冗談半分にしかならないのだろうけど、結構、惜しいところまで行ったと思う。皇樹玉、霊魂テルミエナ剤、カンナ透水、ヒドラリューズ4N。どれも手に入らないものばかり。全部代用品ではいいにおいがする感覚を感じさせてくれる綺麗な石というところが限界だ。イクセスが「削ったらお守りになるかな」と言いながら残念そうに持っていくのを見る。私もジンクスを確認しておきたくなる。イクセスの姿が消え一人になった私はLLCのナイフを抜き放ちそのクリス部分を撫でてみる。髑髏の縄の感触を確かめる。私の最後のお守り。それを持って明日、霊都評議会の下を通る。一瞬の悪魔の時間、直ぐに思考を追い払う。そうだ、霊都評議会は私たちに向かって歓声を上げるだろう。ただそれだけのことだ。そう考える私は疲れにどっと倒れこむ。
それから起きたのは翌日の早暁だった。




