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戦士たちの冒険と罠

“魔族王が英雄に討たれるとき、それは一つの時代の黄昏であろう。大マジックス、エイナ=ストラックは一つの予言を残している。〈スネックボトムが蘇り、英雄は魔族王を撃つだろう〉と。あるいは予言のようにスネックボトムが蘇らなかったことは、未だ魔族と我々、我々の、そう我々の時代が続く証左であり” 魔族王戦記より


 B層に向かうことになるなんて思ってもみなかった。リエントラントが提案し、イクセスが了承し、私とマーズが反対し、それからヒトヤが困惑するとき、幽霊がDLLの崩壊戦士に味方したことがこの無謀な探索行の始まりだった。私はマジックスが冗談で仕掛けていたであろう鈍痛の罠を解除しながらふとヨギのことを思った。手紙によるとヨギは魔族王から客人扱いされているようだし、トリスもそう言っていた。あの手紙にはなぜだか心が痛んだ。私の余計な心配が、トリスにも余計なことをさせてしまったこと。ヨギと私とトリス。LCCはヨギと私とトリスに一種の期待を持って送り出した。それは当然だ。純粋な盗賊としてはトリスが最も優れている。魔族領へ侵入し、それでいて勇者様と二人の魔道者の出会いをあつらえ、そして今頃は霊都での情報収集に当たっているのだから当然だ。いつもの業務から考えても当然のこと。ヨギと私。社運がかかる従者選定になぜ私たちが選ばれたのか。ヨギ。あいつ魔族領で魔族王の前で何を思ったのかな。ふと思う。そう言えば魔族王に会えば私たちの勇者イクセスは鈴を鳴らすことになっているのよね、と頭に浮かぶ。ついで大マジックスとの奇妙な出会いを。やがて取りとめもなくなってゆく思考とともに罠を解除した私はその源である貴重な魔宝玉を肩からかけるPポケットの保契箱にしまいながら警告を口にする。

「本当にこの先にまだ行きますか?」

「何のために聞く」

 リエントラントはそういいながら直ぐに通路を奥へ向かって歩き出す。それはそうだ、入り口付近で止まるのは畏れからだと決まっているだろうから。畏れはマジックスの嘲笑をかう。そしてこの人は本物にしろそう擬しているにしろ、DLLの信奉者なのだ。DEAD LIFE LORRY。盗賊流の軽口では彼らのことをそう呼ぶ。彼らは何者も畏れないことを信条にしている。それゆえに彼らはその信奉者を含めて何度も境目に立つのだ。やがてその境界地を去るものは嫌悪を、畏怖を、省察を、さまざまな感慨で持ってその証を見て、そしてその地に残るものは相変わらず気にもとめないのだ。その日が来るまでは。

 突然巨大な影が見えた。通路が暗くなる。怪物の巨体から伸びる4つの拳が振り下ろされるとスネックボトムB層のほの暗く狭い通路そのものが震え上がった。先頭を進むリエントラントがよける隙間も存在しない通路で出会った怪物を後方にいた私が目にしたのはナイフを抜き放ち複数回の跳躍を繰り返した後だった。

 怪物だ。ボスの元で習わされた博物図鑑にも登場していた危険度Aクラスの怪物。怪物スナムリエbb。巨大な六本の腕。魔道の光がその巨大な頭部から伸びている樹木のような角に集まるのが見える。と、イクセスがその振り下ろされた一本の腕に切りつける。乾いた音と共にその小さな体が後ろにのけぞる。「離れて」ヒトヤの声でイクセスはそのままぐらつく足で床を蹴ると後方に飛び出す。巨大な怪物は広がるエントランスで通路に並ぶ私たちを待ち構える。不利だった。全く不利な態勢になったとそう思う。「来たれ暴帝の庭よ。暴れ騒げ、炎よ」巨大な炎塊が蠢く。怪物の頭部から淡い光が漏れると輝く赤き炎は瞬間に音を立てて掻き消える。息苦しさに身悶える。怪物の頭部の樹角の輝きは収まらない。淡い光に包まれた通路の外では壁石が吹き飛ぶのが見えている。ヒトヤの腕が印を結ぶと口が言葉を発してしまおうと動くのが見える。苦しい吐息の中で私は通路の外で吹きすさぶ風の力を盗み取ろうと必死で魔道の動きを追う。普段は穏やかなその顔を苦しそうに歪ませながらも、ヒトヤがその手に集う光の束を掲げる。するとようやく通路を覆う淡い光が消えて風が急速に入り込む。空気の空白が埋まってゆく。大きく深呼吸しながら、秒速数百ポインタの気圧変動の力を盗み取る私は、スナムリエbbの足と足の間を一瞬で走り抜くとその背中を一足蹴って駆け上がり風完草のナイフに全体重と魔道の位相を乗せると二本の腕が伸びている背中に向かいその骨の隙間へと差し込んでみる。ずぶずぶと半分が沈みこむと、どうやらそこが限界。そこで刃先が固まったように止まってしまう。怪物の頭がいやいやをする子供のように振り回されると、そこから生えた角樹が振り回されて、私、自分の腕が綺麗にすりむけていくのを見ながら慌てて怪物の背中を蹴り飛ばす。

 と、エントランス側にもう一人。通路を揺らした振動から逃れでていた崩壊戦士が、私の落下する先でさっと背中を押さえ、それから、床に放り投げてくれる。そして跳躍するその姿が遠のいてゆく。崩壊戦士が飛び込む先で微細振動を続ける鋼索刀が怪物の腕を表面の肉をすり潰しながら切り裂いてゆく。

「一本」

背中の腕を切り落としながらそうつぶやくリエントラントは印を結びながら、同じように跳躍しようとするイクセスに一言口にする。

「角を狙え」

 床を蹴る音。そして硬いものが触れ合う音。痛みで何も考えられない時間に聞くでもなく聞こえる音。怪物の残されたもう一方の樹角と床に倒された樹角が呼応する。魔道の光が伸びる。「聖魔道士、干渉しろ」

 とそう叫ぶリエンラントの声。涙で滲み続ける目を何度も何度も痛くないほうの腕でこすって私は見る。位相を掴む。

「霊なる聖性よ、魔道の鎖を解け」

 ヒトヤの叫ぶ魔道の力で弱まっていた光を掴み取る。そうして位相を揺らし魔道力により樹角が爆ぜてしまうのを見届けた私は、もう痛みに我慢できなかった。一瞬の叫び声を我慢できなかった。

「ッッ、ァゥウアァ、くぅっ、もう」

 座り込む足の開いたほうで床を思い切り踏みつけながら、そう叫び終えるともう一度痛みに耐える。そして私は腕が伸びるのを見た。怪物の背中に残される最後の腕が。振り下ろされそうになったそのとき、幽霊が巨大な怪物の腕をなでるのを私は見た。縛りつけられたように動力を奪われて、腕が突然おかしな方向に曲がる。力点を奪われた腕がぐにゃりと骨の辺りで曲がると奇妙な音がして怪物がうなり声を上げてふらつく足でエントランスを数回揺らしたそのときだった。ようやくリエンラントの長い詩吟が終わる。

「詠われる天空の司書の跡を襲いしものよ。山の民マヤよ。この身を滅ぼさんとするものについに裁きを与えたまえ。マジックスに囚われしもののあわれな魂に裁きと開放を与えたまえ」

 怪物スナムリエbbの体から伸びる巨大な影から背中の折れた腕と前方の2つの腕が失われると、影の中には大きな蜘蛛、普通の5倍以上のが、足を一つ失ったまま死んでいた。

「強力だな」

 うれしそうに笑う崩壊戦士。

「しばらく」

 そして突然の声。私、いつの間にそばにいたのか気づかなかった。ふと通路を見るとそこにはイクセス一人だけ。怪物を包囲するようにヒトヤは移動し、そして私の側にいた火の神官。いつも落ち着きそれでいて警戒を絶やさない。うなずくことが多く自分からは多くは語らない。それでもいつも必要なときは必ずこたえてくれる。期待にも、ね。

「火よ。生命を燃やす炎よ、絶えざる炎の番人ウグジードよ。聖魂の伝に従い癒せ、失われしものを」

 痛みは残る。それでも動かせるようになった腕を見て心の痛みは消え去ってゆく。私も立ち上がる。崩壊戦士の微振動を繰り返す鋼索刀が振り回される腕を削りながら受け止めると、衝撃でその踏みしめられた足が床石に向かって沈み込む。と、小さな体が走る。ザラザラとした血を流す巨大な腕の付け根に向かってイクセスの凍牡丹の剣が振り下ろされると呼応するように腕におしゃれに巻きつけた腕輪が光る。サラサラと巨大な腕がうごめいたかと思うと床石へと落ちる。腕だったものがうごめきながらすべるとすーっと広がって広がって広がってそうして何もなくなってしまう。切り口から上へ。その腕の跡から凍気が白い渦煙をあげながら怪物の体を昇っていく。

 ふっと怪物が消え去ったのはその時だった。私のナイフが抗力を失って乾いた音を立てて落ちる。回収されたのだ。ほっと一息つく。そしてしばらくの安息を祈る。怪物のためにも。こうして消えてまたいつか放たれる。マジックスたちの定めた命令によって。

 ナイフを痛みの残る腕で拾うと腰のケースへと収めてしまう。後処理。その怪物から切り離されて残されている萌え上がる樹のごとき角が目に止まる。私の手が伸びたその先。もう一つの手が伸びていた。リエントラントの腕が樹角をつかむと無造作に置かれていた崩壊戦士の背負い袋の口が開かれる。

「どうする、盗むか盗賊」

 そして崩壊戦士の口も開く。楽しく挑むような笑いに首を振る。どんなものなのか魔道士の二人と調べてみようと考えて樹角へ近づいた私だったけど、引き締まったリエントラントの腕が伸びた理由はと考えると、価値あるものだからに決まっていた。戦果第一の人だもの。そのときはその程度に思っていたのだけど、後で皇樹玉の塊なのだと聞いてちょっと悔しい気持ちに襲われたことは正直に書いておく。

 この無謀な探索行で出会った最初の関門は、とりあえずこれで終わりだった。

「もうここで帰りませんか」

 私はもう一度だけそう告げて、そして、背負い袋を担ごうとしていたリエントラントは少し間をとる。たぶん迷ったのだと思う。二人の魔道士はうなずいて、勇者イクセスは残念そうにリエントラントを一瞥した。私はそれで今回の無謀な探索は終わりだとそう思った。だけど、突然、幽霊君が思念の波を差しはさんで、そうして私たちの冒険行は続くことになってしまう。

『古い魔道の感覚がする』

 ただそれだけだったのだけど、私は、ふいに幽霊が言っていたヨギの言葉を、魔族王の言葉を思い出す。

 幽霊は必要なものに会うのだろうか。

「私はまだまだ冒険したい」「私は反対です」「私はここまでで充分だと思いますが」「冒険なら歓迎だ」

 それぞれの声はこう答える。私は、私はと言えば、魔道の感覚について神経を尖らせてみていた。盗賊に求められることは少なくは無い。特に私は、戦闘や実戦向きじゃない。予知を、風の民トーリの声を聞き、林の民シュリの沈黙を感じ、火の民ウクジードの激情を盗み、山の民エマの夢を食らう、予知技能を買われて、魔道の技巧を買われて、早期警戒の能力を買われて、LLCにいるのだ。その私が気づかないなどと言うことがあるだろうか。いや、ここはスネックボトムだ。スネックボトムのB層だ。何が起こるか分からない場所だ。大マジックス、エミール=ソルが拡張し続けたA層へと連なる層でのことだ。

 私は「ちょっと待ってくださいね」と答えてそのまま周囲の探索を始める。幽霊と言っても元は魔族だ。何か私たちと異なる感覚を持っているのかもしれない。私はそんな希望的な観測を元に探索を進めて行く。カサンドラの目薬を差して、魔道の流れを視覚的に把握する。基本的には風の流れと同じだ。全てのものは高いところから低いところへ。魔道の罠が、魔道の仕掛けがあれば私にはわかるはずだった。にもかかわらず、私は、痕跡を探し出せずにいた。やがて調べ疲れて立ち上がった私の目に飛び込んできたのはイクセスがその小さな体を折り曲げて私の真似をするように地面を這っている姿だった。ヒトヤがその優美な髪を揺らしながら笑い、マーズが苦笑いを浮かべる中にあって、リエントラントはと言えば勇者イクセスの遊びには関心も無く幽霊を睨み付けている。

「イ・ク・セ・スっ」

「な、何。トウサ」

 私は何も発見できない苛立ちと、どこかで引っかかる違和感に、あの癇癪と呼ばれるものに引っ張られて思わず勇者イクセスのことを呼び捨てにしてしまう。

「まあ」「どうでもいいですが。ここはB層なのですよ」

 ヒトヤがそう呟いて笑い続けるのを見る私は、どうしてだろう怪物と戦った疲れがどっと押し寄せてしまっていた。マーズの言葉が正しかった。スネックボトムB層は危険すぎる場所だった。

「どうしたんだ。幽霊。ここに何があるというのだ」

「うん。それはね。あっちからだね」

 リエントラントと幽霊フレイスラとの会話。私は実際のところ疑いながら幽霊の指さす方向に向き直り、そしてハッとする。どうだろう。扉の行く末を叩いてみる。どう考えても仕掛け扉だ。それもとても精巧でそして強力な罠が施されているはずだ。

「ここね」「うん」

 幽霊の返事に頷く私。「どう見てもただの壁だね」「壁、ですね」「隠し扉は多いですねぇ」「嘘ではなかったか」それぞれの声を聞きながら、私は、壁に向かって耳を近づけるとそれから一度だけ叩いてみる。罠があるだろうことは分かっていた。けれど。

「粉まみれだね。トウサ」

 勇者イクセスがそう言う通り、私は全身真っ白な粉まみれだった。埃を落とす要領で私は無言で白い粉を落としてゆく。全く。マジックスたちはいたずら好きにもほどがある。白い粉は甘かった。口元に入り込んでいた粉を吐き出すとき、飲み込んでしまった白い粉は砂糖とは異なる甘さで、何とも言えないような旨みが口元に広がった。

 私は無言のまま壁をもう一度叩き、そして、魔道の流れを透視する。位相をつかむと自然のままである流れに身を任せてみる。そうして予知を得た私は、隠し扉の罠を探り当てる。それは直観に過ぎない。どうやら強力な隠蔽と呪いがかかっているようだった。私は手に手を尽くして罠の解除に取り掛かった。隠蔽の罠は比較的早く解けた。魔道の流れを見れば、どこに何が隠されているのかは簡単に分かってしまう。それから露わになった鍵に私は向かい合う。まずはトラストの鍵と呼ばれる盗賊7つ道具を使ってはみる。魔道の罠、低位の呪いなら身代りになってくれる便利な鍵束。人間や魔族が作り出した錠前になら効果があるらしいんだけど、残念なことにマジックスの作る隠し扉の鍵穴らしきものには一つとして合わなかった。私は、鍵穴に、正七角形が逆さに二個交わった魔法陣に向かってはめ込むべきすべを持たなかった。フレイスラに向かって首を振るしかない。イクセスは退屈したのか床に座り込んで記眺者として己を振る舞わせていたし、今度は笑い出さなかったヒトヤと、いつも真面目なマーズは周囲を警戒していて、崩壊戦士はと言えば、壁を背もたれにして瞳を閉じている。

「駄目ね」

「えー。そんな」

 幽霊はそう口にすると、最初からそうすればよかったのにと私でさえも一瞬は思ったのだけど、ふわふわと浮いた体で壁を通り抜けようとして、そうして、そのままぶつかって、凍ったように停止してしまう。どうみてもそれは時の罠だった。幽霊はまるで違う時を生きているかのような不自然な動きをしながら跳ね返される。古典的なマジックスが用いる罠、ファウストの時計の罠だった。

 無害な、それでいて強力な罠だった。

「魔道の供給は扉の向こう側からね。これは無理ね。鍵が無いと」

「正七角形ですか。それも大きさが決まったものですね。どうにも近い形なら作れるとは思いますが、正確なものとなると」

 私はため息とともにフレイスラに向かってそう口にする。ヒトヤから解呪の魔道を受ける幽霊はまるで老人にでもなったかのように、喋るのもおっくうであるかのように、ゆったりと口を開く動作をやってみせる。

「そーんーなー」

 全くだ。動きが遅くて聞き取れない。

「とにかくどうにもならないわね。鍵が無いことには」

「…いいや」

 私がそう口にする時、反論する人間はいないはずだった。崩壊戦士リエントラントがその組んでいた逞しい腕を振りほどき瞑想から覚めたかのようにして目を開いたのはその時のことだった。

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