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第64話 【新しいホールと女の子の部屋は緊張する】


 純増を見つめ、店員は小さくため息を吐いた。

「とりあえず……座ったらどうですか?」

「あっ、失礼します。」純増は慌ててソファへ腰を下ろす。

「…………。」落ち着かない。視線は部屋中をキョロキョロ。

 ぬいぐるみ。本棚。可愛いクッション。観葉植物。

「…………。」ソワソワ。モジモジ。キョロキョロ。

 店員は立ち上がると、テーブルへカフェラテを置いた。

「どうぞ。」「……ありがとう。」

 純増はカップを両手で持つ。しかし飲まずに、また部屋を見回す。店員のこめかみに青筋が浮かんだ。

「「……。」」二人の数秒の沈黙。


 そして……

「おいっ!!」店員が勢いよくツッコんだ。

「初恋かよっ!!」「えっ?」

「初めて彼女の家に遊びに来たみたいな過ごし方すんなっ!!」

「いや……なんか落ち着かなくて。」

「そもそも!お前っ!」ビシッと純増を指差す。

「なんでここにいるんだ!?なんでまだ逃げてない!!」

「えっ?逃げる?」

「そうだよ!逃げる準備は出来ただろう!」店員は頭を抱えた。

「いやぁ……みんなパワーアップして、やる気満々だったけど……。」純増は困ったように頭をかく。

「…………。」店員の動きが止まる。

「……ま・じ・で?」「……うん。楽しそうだった…」


 しばらく天井を見つめる店員。そして両手で顔を覆った。

「はあぁぁぁぁぁぁ……最悪だぁ……。」深いため息が部屋に響く。


 数秒後。店員はゆっくり息を吐き、真剣な表情に戻り純増を見る。

「お客様、落ち着いて聞いてください。今の特殊効果で勝てるほど、甘い相手ではありません。」

 その一言で空気が変わる。純増の表情も引き締まる。

「若き獅子王の腕を戻したのも、そのためです。」

 一拍置き、真っ直ぐ純増を見つめた。

「特殊効果が切れるまでに逃げないと……全滅しますよ。」

「……。」純増は静かに頷く。

「……ま・じ・で?」「おいっ!マネすんなっ!!」

 店員の鋭いツッコミが飛ぶ。

「いいから早く連絡しろ!逃げろって指示しろ!」

 棚から薄い板状の道具を取り出し、純増へ放り投げる。

「これ使って逃げろって言えっ!」「お、おう。」

 純増は受け取ると、表を見て、裏を見て、横を見て、ひっくり返す。

「ほぉ……。」さらに縦にしたり横にしたり。

「…………。」指で軽く叩いてみる。

 店員は無言で見守る。

「おっ、綺麗な板だなぁ。」

「お前っ!チンパンジーなのかよっ!!観察してる場合じゃないって!」店員の叫びが部屋中に響いた。

「ご、ごめん!」純増は本気で焦る。

「マジで使い方分かんない!電源どこ!?これ横持ち!?魔力で動くの!?それとも指紋認証?」


「あぁぁぁぁぁ!!おまっ!マッじで!キレそうっ!!」店員は頭を掻きむしる。

 バッ!純増からタブレットを奪い取る。

「貸せっ!」画面を素早く操作する。

 トン。スッ。ピッ。ピコンッ♪

「はい、繋がった。」


 画面に映し出されたのは➖➖

 剣を構え、青一と対峙するジュリナだった。

「おーい!ジュリナ〜。聞こえる〜?」

『あっ、はい。純増様!』

 ジュリナは青一から一瞬も目を離さずに口を開く。

『こちら聞こえます。どうしましたか?』

「なんか戦っちゃダメみたい!特殊効果切れるから逃げろって!その三兄弟、逃げ遅れたら全滅するぐらいガチ強らしい!」


 ジュリナは静かに歯を食いしばる。

 それでも視線だけは青一へ向けたまま。


『……はい。分かりました。』小さく頷く。

『直ちに皆へ伝えます。安全な場所まで避難しましたら、改めてご連絡いたします。』


「んっ?」純増は首を傾げた。

「今日はホールもう閉店みたいだから、じゃあ俺、今から戻ろうか?」

「ばかっ!!」横から店員の拳が飛んだ。

 ポカッ!「いった!」ポカポカッ。

「痛っ! 痛いって!」

「今戻ったらすぐ死ぬに決まってるだろ!」

 さらにポカッ。「少し考えろっ!」

「分かった! 分かったから叩かないで!」

 頭を押さえて涙目になる純増。

 そのやり取りを聞いていたジュリナが、ぴくりと眉を動かした。

『え……女の声?えっ……純増様。なんで女性と……。』

 ジュリナの怒っている顔を見て、純増も店員も動きを止める。その時、プツッ。通信が切れた。


「……あっ。」純増と店員は同時に画面を見る。

「切れちゃった。」「切れましたね……。」

 二人は顔を見合わせる。

「……今のやばくね?」「……勘違いしてる?」

 嫌な予感だけが、部屋に静かに漂っていた。


◇◇◇


 一方その頃➖➖

 通信が途切れた戦場。ジュリナは力無く虹色に輝く剣をゆっくり下ろした。

「…………。」俯いたまま動かない。肩だけが小さく震えている。


 その様子を見た青一が、口元を歪めた。

「へっ。」手のひらに火花の魔法を集める。

「てめぇ……怖くて震えてんのか?」


 ジュリナは答えない。青一はニヤリと笑う。

「お前らよ!“逃げます、はいどうぞ”、なんて行くと思うなよ?」

「…………。」ジュリナ沈黙。


 そして、、「……女の声。」ぽつり。

「……はぁ?」青一が眉をひそめる。

「女の声が……しました。」

 ジュリナの肩がさらに震える。

「お、おい?てめぇ何言ってんだ!?」


 次の瞬間だった➖➖


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!女の声がしましたぁぁぁ!!」ジュリナが涙目で叫んだ。

「はぁぁ!?」青一が思わず素っ頓狂な声を上げる。


「なんでですかぁぁぁ!!ジュリナがいるのにぃぃぃ!!飽きたんだ…。もう用済みなんだ…。主人も守れない奴隷はいらない…そうなんだぁぁぁ!!いやぁぁぁぁ!!純増様ぁぁぁ!!」

 ジュリナは剣を握ったままぼろぼろと大粒の涙を流す。


「いや知らねぇよっ!あぁん!?てめぇ、さっきから何言ってやがんでぇ!べらんめぇ!」

 ジュリナを見て青一は頭を掻きむしる。訳が分からない。

「お前ら逃げるんだろ?逃げられるもんなら早く逃げてみなぁ!」

 するとジュリナは、涙を拭いながら青一を見た。


「……一つだけ聞かせてください…。純増様……に……ジュリナ、捨てられませんよね?」ぐすっ。

「…………。」ジュリナの泣き顔に青一は固まった。

「ジュリナ、捨てられませんよね!!早く答えなさい!!」物凄い圧。青一は思わず一歩引いた。


「いや、その……。」考える。考える。

「お前がそんなに好きなら……大丈夫なんじゃね?」

 その一言で、ジュリナは、ぱぁっと笑顔になった。


「ふふふ……そうですか。」涙を拭く。

「好きなら大丈夫ですか……。」

 ほっと胸を撫で下ろし、優しく微笑んだ。

「慰めて頂きありがとうございます。これで心置きなく逃げられます!」


 そして。スッ。大きく後方へ跳ぶ。ドンッ!!地面から土煙が舞い上がる。

 十分な距離を取ると、ジュリナは剣を肩へ担いだ。

 にこり。どこまでも可愛らしい笑顔。


「それでは、私達は逃げさせていただきます。」一礼する。

「ふんっ!黙って逃がすかよ、、」

 青一のその言葉を遮るように、ジュリナは微笑んだまま告げた。


「あなた……。」一瞬だけ真っ赤な瞳から光が消える。

「次に会ったら、必ず殺しますね♪」

 ヒュンッ!!その姿は風のように消えた。

「…………。」青一は数秒間、何も言えなかった。

「……なんなんだ、あいつ…調子狂うな…」頭を掻きながら呟く。

「怖ぇのか天然なのか……どっちなんだよ…まっ、どの道逃すつもりはねぇけどな!!」

 その瞬間、足の裏が爆発した様に火花を出して、ジュリナを追いかける。



            続


読んで頂きありがとうございます。ブックマーク、評価、感想などよろしくお願いします。毎日7時30分更新予定です。

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