第61話 【純粋なハズレこそ最高の祝福】
純増は静かに筐体へ腰を下ろした。
目の前には過去に何十万回と回したリール。
このビッグボーナスが全てを決める。
(ふぅ……1G連か…)小さく息を吐く。
(ただでさえ、この台の1G連は重みが違う……。それなのに今回は特殊効果付き。引けなきゃ終わる……)
自然と喉が鳴った。そんな緊張を見透かしたように、横から巫女音がニヤリと笑う。
「おらー、早く打てー!引け引けー!引けなきゃ終わるぞー!」
「あぁ!分かってるよ!分かってます!今、精神統一中なんだって!レバー叩かないやつは黙ってろっ!」
純増は眉をひそめる。
(うるせぇな!煽る女神ってなんだよ!煽り運転で捕まれっ!…俺にはこのシステムの願掛けってもんがあるんだよ!)ゆっくりとレバーへ手を添える。
(……どこで揃う)目を閉じる。
(一回目の予告か? 二回目か? それとも、もっと後か?)頭の中で何度もレバーを叩き、リールを回す。
予告音が鳴り、青七が左上に滑ってくる光景を何度も、何度も想像した。
(…………うん)自然と笑みが浮かぶ。
(一回目の予告だ!そこで来る)純増は迷いなくレバーを叩いた。
カコン。リールが回る。ポン、ポン、ポン。
再びレバーオン。カコン。何も無し。
五回。七回。十回。静かにゲーム数だけが積み重なっていく。
そして十五回目のレバーオン。予告音は鳴らない。
(……やっべ〜…)純増の額から汗が伝う。
(予告無しで終わるパターンなんか想像してねぇよ……)リールだけが無情に回る。
(嘘だろ……まずい……まずい、まずい!)
左ストップボタンを離す指先が震えた。
その時だった。
「純増」巫女音の声。
さっきまでの茶化した調子は欠片もない。
「ごめん……もう時が動き出す。」真剣な眼差し。
「急ぎな。相手が本気を出したら……すぐ終わるよ。」
純増は静かに頷いた。表情だけは、なぜかやけに凛々しい。
「あぁ。大丈夫。今までありがとうね。俺には、もう見えてるから。」ふっと笑う。
(うぉぉぉいっ!!)心の中では絶叫していた。
(何が大丈夫だよ!何が見えてるだよ!なんにも見えてねぇつぅの!未来も見えねぇ!この先も見えねぇ!うわぁぁぁぁ!!死ぬっ!死ぬっ!みんな死んじゃうよぉぉぉ!!このレバーオン重すぎぃぃぃ!)
それでも表情だけは余裕そのもの。
レバーオン。………。鳴らない。
レバーオン。………。鳴らない。
レバーオン。………。リールだけが静かに流れ落ちる。
(違う……)胸の鼓動だけが嫌に大きい。
さらにレバーを叩く。何も起きない。
静寂。白い神界に、リールの回転音だけが響いていた。
その空気を破るように、コツ、コツ、と靴音が近付いてくる。
「お客様。随分と手こずっておりますね…」
店員だった。片手には湯気の立つカフェラテ。
「少しタバコでも吸われたらどうですか?」
「あは、そうだね……ありがとう。」
純増は一本咥え、火をつける。深く吸い込む。肺いっぱいに煙を満たす。だが、落ち着かない。
冷や汗は止まらず、口の中は乾き切っていた。
それでも純増は、無理やり笑顔を作る。
「あはは……ありがとう!」
「生き返る前に、歯だけ磨いてくださいね☆」
店員は微笑んだ。
「えっ?臭い?」純増は固まる。
「はい。ヤニ臭く、とても不快です!」にっこり。
「なんでぇぇぇ!自分で吸えって言ったんじゃん!」
店員は口元を隠して笑う。
「ふふふ。その笑顔でレバーオンしてみると……何か変わるかもしれませんね。」
軽く会釈し、一歩後ろへ下がった。
純増はもう一度だけ煙を吸い込む。
そして、ゆっくり吐き出した。
「……おっし。」口角が上がる。
「店員さん……ありがとう。」
そして純増はもう一度煙を肺いっぱいに吸い込む。
ゆっくりと吐き出すと、肩の力が抜けた。
レバーへ手を添える。
(そうだよ……。)静かに目を閉じた。
(なんで1G連させる気でいたんだ…おこがましい。違うだろ。1G連ってのは……祝福だ。ここまで頑張った俺への祝福。だから、全部、台に委ねろ。)ゆっくりと息を吸う。
(そして……台と繋がるん)ジャキンッ!!
鋭い予告音が、神界に響き渡った。
そこからは一瞬だった。純増の頬がみるみる緩んでいく。
「あは……あはは……。」肩が震える。目尻が下がる。「あははははっ!!」
ポン。ポン。ポンッ!迷いのない三停止。
リール中央と右下がりに、青七が美しく並ぶダブルライン。その瞬間、純増は勢いよく拳を突き上げた。
「おっしっ!ごっつぁんですッ!!」
パンパカパーン♪
『お客様、見事!店員チャンス成功です。』
陽気なファンファーレが鳴り響き、店員が拍手をしながら歩み寄る。
「お客様。ダブルラインとは、流石ですね。」
「いやぁぁぁ!超気持ちいい!なんも言えねぇ!」
純増は頭をかきながら笑う。
店員は人差し指を立てた。
「今回の特殊効果ですが、シングルラインであれば全ステータス十倍。」
「十倍?ぶっ壊れてるな……。」
「ですが、お客様はダブルラインです。」店員はにこりと微笑む。
「ダブルラインの特殊効果は全デバフ解除。全属性効果・大。全回復。そして、【絆コネクト】発動。」
「絆……コネクト?僕と君の?」純増が首を傾げる。
「はい。お客様のお仲間全員へ、同一効果を付与します。」
数秒の沈黙。純増はぽかんと口を開けたまま固まる。そして次の瞬間、大笑いした。
「あはははっ!マシマシ過ぎて何が何だか分かんねぇわ!つまり、生き返れて、みんな強くなった!それでオケ?」
店員は力強く親指を立てる。
「ふふふ。オケです☆」
「よっしゃ!」純増は勢いよく立ち上がった。
「ありがとう!んじゃ、また行ってきまーす!巫女音頼むっ!」
「もう空いてるよ!早く行きなっ!」
巫女音が歪ませた空間へ、迷いなく飛び込んでいく。その背中を、巫女音と店員は静かに見送った。
◇◇◇
純増を見送り、少しして巫女音が口を開く。
「……随分とサービスがいいのね。」
店員は何も答えない。そのまま純増が座っていた筐体の前へコツコツと歩み寄る。
レバーに手を掛ける。カコン。ジャキンッ!
巫女音が目を見開いた。「えっ?」
店員は淡々とリールを止めていく。
ポン。ポン。ポン。……何も揃わない。
「ぷっ!」巫女音が吹き出した。
「下手くそ!カッコつけて打って何にも揃ってないじゃん!」
店員は楽しそうに笑う。
「ふふふ。何も揃わないのが、最強なんですよ……この台は。」
ボタンを離したその瞬間、リール全体が真紅に染まった。真っ白な神界を赤く照らすレッドフラッシュ。
「へっ?!それって。」巫女音の笑みが消える。
店員は静かに頷いた。
「純ハズレ。サービスって言うのは、こう言うことです。これの特殊効果は……失われた肉体の復活。“若き獅子王”よ……まだまだ引退には、早過ぎますよ☆」
その声はどこまでも優しかった。赤い光がゆっくりと白へ溶けていく。店員は巫女音へ向き直り、軽く一礼した。
「お騒がせしました。では、私はこれで失礼します。」
コツ。コツ。静かな足音だけが神界に響く。
店員は立ち止まらない。そして歩きながら口を開く。
「あの〜?女神さん?もしかして、あなたが純増に私を渡したと思っていますか?」
「はぁ?そうでしょ!だって私が選んであんたを渡した……」
言い掛けた巫女音の言葉を、店員は小さな笑みで遮る。
「ふふふ。可愛い顔。私が、あなたに、私を引かせた。……そう考えたら……きっと面白いですよね。」
巫女音は思わず息を呑む。
「……あんた、まさか。」
返事はない。店員は最後まで振り返ることなく、白く輝く空間の彼方へと静かに姿を消していった。
神界には、巫女音だけが取り残される。
その表情には驚きと、ほんの少しの笑み。
「ふっ、……ほんと、神界で何やってんだあいつら…。はぁ、さぁて、純増の戦いの結末でも見るかな」
ゴロンと釈迦寝をして画面を見る巫女音。
白い神界は、何事もなかったかのように静かに輝いていた。
続
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