第21話 【だから俺は徳を積む】
朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋を優しく照らしていた。
「う、7時半か?……抽選、行かなきゃ……」
寝ぼけた純増は、半分閉じた目のまま身体を起こす。ベッドから降りようと手を伸ばした、その瞬間。ぷにゃん…。
「んっ……」柔らかな感触と、小さな寝息。
「…………」純増は数秒固まる。
「……そうだ。」ゆっくり天井を見上げる。
「俺、異世界にいるんだった」小さく笑う。
「今日、抽選受けらんねぇじゃん。」頭を掻きながら立ち上がる。
「癖ってのは……なかなか抜けないもんだねぇ。」
コーヒーを淹れ、窓際へ。タバコへ火を点ける。
朝の静かな町を眺めながら煙を吐いた。
「ふぅ……。」振り返る。ベッドではジュリナが気持ちよさそうに眠っている。
汚れた黒いワンピースは所々破れ、昨日の戦いの跡がまだ残っていた。
「……洋服、買ってあげるか。」
小さなテーブルへ財布を広げ、お金を並べ始める。
その時だった。隣のベッドから巫女音がゆっくり起き上がる。「うぅぅ……頭痛い…飲み過ぎた…」
「あはは、おはよう。女神も二日酔いするんだ…」
「おはよう…私はだるいので帰ります。」大きく伸びをする。
「ご飯、ご馳走様でした。」ジュリナを見て優しく笑う。「起きたらよろしく伝えてください。」
「あぁ。またね。」巫女音は手を翳し回す。
空間がゆっくり歪み、身体が光へ溶けていく。
「もう、来ないですから…。ちゃんと二人で頑張りなさいよ」
「あははっ!嘘つけ!またすぐ来る癖に〜」
「来ません!……ゴブリンステーキあったら……いいえ、私は神、神、神…」
そう言い残し、巫女音は朝の光の渦へ消えていった。
◇◇◇
しばらくして「……ん。」ジュリナが目を覚ます。
純増と目が合った瞬間。「ふっわぁっ!す、すみませんっ!!」勢いよく起き上がる。
「また純増様より遅く起きてしまいました!今すぐ準備いたします!」
「あはは、そんなに慌てなくていいよ。ジュリナのコーヒーもあるよ」純増は笑う。コーヒーを一口飲む。
「それよりさ、今日は買い物でも行かない?」
「買い物……ですか?」
「うん。洋服見に行って、美味しい物でも食べようか」
ジュリナの耳がぴくりと動いた。
「……はいっ!」ぱぁっと笑顔が咲く。
「すぐ準備いたします!」その姿を見て純増も自然と笑っていた。
◇◇◇
宿を出る。昨日の祭りの名残が町中に残っていた。
屋台の骨組み。紙皿。空き瓶。少し散らかった石畳。純増は何も言わず、落ちていた紙くずを拾った。
ジュリナが不思議そうに見る。
「純増様?どうしたのですか?」
「ん?」純増は笑う。
「あはは、昔さ、徳を積めば当たり引けるかなって思って始めたんだ。でも今は……」ゴミを拾いながら肩を竦める。「ただの癖。」
その横へジュリナもしゃがみ込む。何も言わずに紙くずを拾い始めた。
「あっ、ジュリナはいいよ。手、汚れちゃうから」
ジュリナは首を横に振る。そして優しく笑う。
「いいえ、私も町が綺麗な方が好きです。」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇◇◇
洋服屋へ入る。
「いらっしゃいませ〜!」元気な若い店員。
店内には色鮮やかな服が並んでいた。
メイド服。チャイナ服。冒険者用。ドレス。
ジュリナは目を輝かせながら試着室へ入っていく。
「純増様!どうでしょう!」メイド服。「リゼロ!」
チャイナ服。「功夫淑女!」
ガッチリ戦士服。「モンハン!」純増は笑いっぱなしだった。
「あははっ!全部似合うな。」「えへへ。そうですか〜」ジュリナも嬉しそうに笑う。
「純増様。どれがいいですか?」
「そうだなぁ、動きやすい服がいいなら……。」
二人で悩んでいると店員が声を掛けた。
「でしたら!こちらはいかがでしょう!」
取り出されたのは身体へぴったり密着する全身タイツ型の鎧。
「はい!それ、着てみます!」
数分後➖➖
「純増様!どうですか?」試着室のカーテンが開く。
「…………。」純増の鼻からつーっと赤いものが流れた。「スタイルのパンチ強っ。」
ジュリナは嬉しそうに身体を動かす。
「これ、すごく動きやすいです!剣も振りやすそうです!」
「……気に入ったなら、それでいいけど…」純増は鼻を押さえながら苦笑する。
「そのままだと俺…絶対目押し失敗する…。下に履けるスカートも買おう。」「???」
店員が笑いながら別の服を持ってくる。
「こちらならいかがでしょう?」
黒を基調とした軽装の冒険者用戦闘服だった。
動きやすく、それでいて気品がある。
ジュリナが袖を通す。純増は一目見て頷いた。
「……それだ。すごく似合ってる。……あと、タイツとスカートも買っていこう…」
ジュリナは少し照れながら笑った。
「ありがとうございます。これにします。」
そして会計。ジュリナがお金を出そうとする。
「純増様。私、お金あります。この前いただいた分で払えますので」
純増は首を振る。
「いいよ、今日は俺が買ってあげたい。だから甘えて。」
ジュリナは少し黙る。そして胸へ手を当てた。
「……ありがとうございます。」
◇◇◇
店を出る。早速新しい服を着たジュリナが歩く。
風が黒い髪と服を揺らした。
「私……。純増様に買われて、本当に幸せです。」
純増を見つめる。純増は照れ笑いを浮かべた。
「そんな真っ直ぐに“幸せ”って言われると…照れるな…。きっかけはどうあれ、今は一緒に旅する仲間だ。これからも大変だろうけど…よろしくね。」
ジュリナの瞳が潤む。
「はい!死ぬまで……。」少し考える。
「いいえ。死んでも、お供します!」満面の笑み。
「あははっ!お化けばっかり引くようになったら困るから、殺さないように頑張るよ。」
二人は笑いながら食堂へ入った。
◇◇◇
昼食時、賑やかな店内。
その奥から笑い声が聞こえてくる。
「あははっ!あのガキ、またギルド来てたぞ!“誰か、薬草の依頼受けてもらえますか?”だってよ!誰があんなクソ依頼やるか!テメェで摘んでこいって話だ!」
「ぶははっ!確かに。銀貨一枚の仕事なんて家で寝てた方がマシだからなっ!あははっ!」
純増の箸が止まる。笑顔が消えた。
「なんか……気分悪ぃな…」静かな声だった。
ジュリナが心配そうに見る。「純増様?」
「ねぇ、ジュリナ。帰りギルド寄っていい?」
「えっ、あ……はい。」ジュリナも静かに頷いた。
食事を終えた二人は、その足でギルドへ向かって歩き出す。まだ知らない。その一歩が、新たな物語の始まりになることを。
続
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