第13話 【イベント開始5秒前】
町を離れ、純増とジュリナはギルドで受け取った地図を頼りに森へ向かっていた。昼の陽射しは心地良く、道端には色とりどりの花が咲いている。
純増は地図をくるくる回しながら歩いていた。
「そういえばさぁ、」何気なく口を開く。
「町を出る時のおっちゃん、言ってたよな。」
少し低い声を真似する。
「“ゴブリン退治を受けた奴で、帰って来た者はいない。気をつけろ”って。」
ジュリナは肩を小さく震わせた。
「純増様……行く前に怖い話は嫌です」
「あっ、ごめんごめん。」 純増は頭をかく。
「でもさ、ちょっと気になっちゃって…あはは」
二人はそのまま森へ入っていく。
最初は鳥のさえずりが聞こえ、木漏れ日も暖かかった。だが、歩くにつれて景色が少しずつ変わっていく。木々は太くなり、枝葉が空を覆う。森の奥は昼だというのに薄暗い。吹き抜ける風もどこか冷たい。
ジュリナが足を止めた。
「……純増様。」「ん?」
「臭いが変わりました。」純増は鼻を鳴らす。
「え?そう?」
その時だった。足元で何かがもぞっと動く。
「おっ!」純増はしゃがみ込み、両手で持ち上げた。
「ねぇ、ジュリナ!」満面の笑み。
「見て!ダンゴムシでっか!!」
手のひらほどある巨大なダンゴムシだった。丸まるとソフトボールくらいある。
「異世界すげぇ!前の俺の世界だとちっちゃいんだわ!」
ジュリナは苦笑しながらも、すぐ真剣な表情へ戻る。「純増様……。」ゆっくりと前を指差した。
「……あちらです。」純増が視線を向ける。
木の幹には赤黒い血が飛び散っていた。
地面には何かを引きずった跡。奥から風が吹く。鼻を突く鉄臭い匂い。
そしてうっすらと見える➖➖➖巨大な影。
二メートル近い体。深緑色の分厚い皮膚。
異様に発達した筋肉。丸太を引き抜いて作った棍棒。ゴブリンは鹿に似た動物へかぶりつき、骨ごと噛み砕いていた。
ゴリッ。嫌な音が森へ響く。純増はゆっくりと後ずさる。
「……ジュリナ…」「はい。」「帰ろう」真顔だった。
「あれは大型店舗のイベント日に三千円握りしめて乗り込むようなもんだ。勝てる気がしない。」
ジュリナはゴブリンを見つめたまま動かない。
その赤い瞳が細くなる。口元が、ほんの少しだけ吊り上がった。それは純増が今まで見たことのない表情だった。
怯えでもない。強がりでもない。
まるで➖➖獲物を見つけた獣のような笑み。
「純増様……やりましょう。」「えっ?やるの?」
純増は思わずジュリナを見る。
鼓動が高鳴っている。息遣いが少しだけ荒い。
瞳だけが、初めて生き生きとしていた。
その顔は、戦いを恐れる者ではなかった。
むしろ、この戦いの世界を待ち望んでいた者の顔だった。
(……なんだ、この目。)
普段の穏やかなジュリナとは、まるで別人だった。
ジュリナは静かにしゃがみ込み、小石を拾う。
「えっ、ちょ、、何する、」
ポコン。石は綺麗な放物線を描き、ゴブリンの頭へ当たった。
「ナイス!コントロール!って、違う違う!」
肉を喰らっていたゴブリンの動きが止まる。ゆっくりと首だけがこちらを向いた。
ギロリ。赤い瞳が二人を捉える。森の空気が凍り付いた。ジュリナは純増へ振り返る。
その顔には微笑みが浮かんでいた。
「純増様、剣を貸してください」
剣を受け取るため、そっと両手を差し出す。
「戦闘開始です!」
純増は苦笑しながらホールソードを渡した。
「……うん。無理だけはしないでね。」
ジュリナはしっかりと頷く。
「はい。必ず、お守りします!」
純増は剣へ手を添えた。
「頼んだよ…」眩い光が身体を包み込む。
純増の意識は、剣の中のVRホールへ吸い込まれていった。そして森には、巨大なゴブリンと、一人のダークエルフだけが残る。
最初の戦いが、静かに幕を開けた。
続
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