↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
95/116

第九十四話 命を繋ぐ宝石

2026.09.23 改訂

 玉座の間には、静かな空気が流れていた。


「お主に教えよう」


「採掘場と宝石、そして魔族たちの秘密をな」


 その言葉が響いた後、ナタージャの紫色の瞳は穏やかなまま、静かにユーリを見つめていた。


「まずは、一つ尋ねよう」


「お主は、魔族が魔物になることは知っておろう?」


 ユーリは小さく頷く。


「はい」


「魔族は亡くなると魔物になる、と聞いています」


「うむ」


 ナタージャも静かに頷いた。


「では、その魔物が何処から生まれ、どうして魔族の命が魔物へと繋がっていくのか」


「そこまでは知っておらぬじゃろう?」


 ユーリは首を横へ振った。


「……知りません」


「誰も教えてくれませんでした」


「それも当然じゃ」


 ナタージャは僅かに微笑む。


「この話を知る者は多くない」


「魔王と、北方、南方の領主」


「それだけで十分じゃったからの」


 三人だけの玉座の間に静けさが満ちている。


 ナタージャは、静かに語り始めた。


「昔の魔族はの」


「今より遥かに短命じゃった」


 その一言に、ユーリは思わず顔を上げた。


「短命……ですか?」


「うむ」


「人間より長く生きる者もおれば、逆に若くして命尽きる者もおった」


「共通しておったのは」


「皆、体内の魔力が尽きると共に命を落としていったことじゃ」


 ユーリは耳を傾ける。


「多くの魔族は魔法を使わぬ」


「じゃが、生きているだけで魔力は少しずつ失われていく」


「呼吸をするようにな」


「その理由は、誰にも分からなんだ」


 ナタージャは少しだけ目を伏せた。


「昨日まで元気じゃった子どもが、ある日突然目を覚まさぬ」


「そんなことも珍しくはなかった」


「どうすれば皆が長く生きられるのか」


「わらわは、そればかり考えておった」


 その声は穏やかだった。


 けれど。


 五百年前を思い返すような、どこか懐かしさが滲んでいる。


 ユーリは思う。


 魔王となったばかりのナタージャも。

 今と同じように、命を救う方法を探していたのだと。


「ある時のことじゃ」


 ナタージャは続ける。


「世界各地を巡っておった頃、わらわは海の底に、古い神殿を見つけた」


「海の底……?」


 ユーリが小さく呟く。


「そこには、かつて海底の民と呼ばれる魔族たちが暮らしておったらしい」


「海底の民……」


「じゃが、わらわが訪れた時には、既にその姿はなかった」


 ナタージャは静かに目を伏せる。


「神殿には、彼らの暮らしの痕跡が残されておった。そこで、ある記述を見つけたのじゃ」


「記述、ですか?」


「海底の民は、青い宝石を身に付けて暮らしておったという」


 ユーリは首を傾げる。


「宝石を……?」


「うむ。何のために身に付けておったのか、その詳しい理由までは分からなんだ」


 ナタージャは胸元の宝石へそっと触れた。


「じゃが、わらわは気になったのじゃ。なぜ、彼らは宝石を身に付けておったのかとな」


「それで、調べたのですね」


「うむ。宝石と魔力の間に、何か関わりがあるのではないかと思うてな」


 ナタージャは小さく頷いた。


「最初は、何も分からなんだ」


「じゃが、何度も調べ、確かめるうちに、あることに気付いたのじゃ」


 ユーリは思わず息を呑む。


「宝石は」


 ナタージャは胸元の宝石へ視線を落とした。


「魔力を宿しておった」


 静かな声だった。

 しかし、その一言には世界を変えた重みがあった。


「では……」


 ユーリは静かに問い掛ける。


「その魔力は、一体どこから……?」


 ナタージャはゆっくりと頷いた。


「良い問いじゃ」


「答えは、魔物じゃ」


 ユーリは目を見開く。


「魔物……」


「魔物は命を終えると、その身に宿していた魔力を大地へ還す」


「そして長い年月をかけその魔力は砂漠の鉱石へ宿る」


「やがて魔力を宿した宝石となる」


 ユーリの脳裏に、ユリウス領の広大な砂漠が浮かぶ。


 採掘場。


 鉱山。


 汗を流しながら働いていた人々。


「だから……」


「採掘場が必要だったんですね」


 ナタージャは静かに頷いた。


「うむ」


「魔力を宿した宝石を魔族が身に付ける」


「すると宝石に宿る魔力が少しずつ身体へ流れ込み、失われた魔力を補ってくれる」


「それによって魔族は命を繋ぐことが出来る」


 ユーリは胸の奥が熱くなるのを感じていた。


 今まで、宝石は飾りだと思っていた。

 価値があるから売れる。

 美しいから身に付ける。


 ただ、それだけだと。


 けれど違った。

 宝石は、魔族にとって命そのものだった。


 ナタージャは静かに続ける。


「宝石から魔力を受け取り、体内の魔力が飽和して生涯を終えた魔族は魔物となる」


「その魔物が再び命を終えれば魔力は大地へ還り、宝石へと宿る」


「そして次の魔族の命となる」


 ユーリは静かにその言葉を反芻する。


 魔物、宝石、魔族。


 再び魔物。


 命は終わるのではない。

 姿を変えながら世界を巡っていた。


「この循環こそが」


「魔族たちの命なのじゃ」


 玉座の間に静けさが満ちる。


 ナタージャ自身の服を彩る五色の宝石へ視線を落とした。


「わらわは、この仕組みに気付いてから自ら宝石を身に付けた」


「すると他の魔族たちも真似をするようになった」


「やがて、各地で宝石を身に付けることが当たり前となり」


「今の命の循環が完成したのじゃ」


 ユーリは思い返していた。


 森の村は紫のアメジスト。

 断崖の村は青のアクアマリン。

 谷底の村は緑のエメラルド。

 ユリウス領は黄色のトパーズ。

 北方の魔族は赤のガーネット。


 皆。


 胸元や耳元に、必ず宝石を身に付けていた。


 ユリウスも耳元には黄色い宝石。


 そして。


 目の前のナタージャは、五つ全ての宝石を身に付けている。


 それは豪華な装飾ではなかった。

 魔族という種族を生かしてきた。

 その証だった。


「だから……」


 思わず声が漏れる。


「皆、宝石を身に付けていたんですね」


 ナタージャは優しく微笑んだ。


「ようやく繋がったようじゃの」


 ユーリは静かに頷く。


 今まで見てきた景色。

 何気なく目にしてきた宝石。


 その全てに意味があった。


 そして、ユリウスが奴隷制度をなくそうと決意しながらも、採掘場だけは止められなかった理由もようやく理解できた。


 採掘場は、富を生む場所ではない。

 魔族たちの命を繋ぐ場所だったのだ。


 ユーリは胸元で拳を握る。


「……僕は」


「何も知りませんでした」


 その呟きに。


 ナタージャは穏やかに首を振る。


「知らぬことは罪ではない」


「知った今どうするかが大切なのじゃ」


 その言葉は。


 五百年という時代を生きてきた魔王だからこそ口にできる、静かな重みを持っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。