↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
91/116

第九十話 繋がる道

 昼の陽射しが砂漠を照らしていた。

 乾いた風が砂をさらい、一行の足跡をゆっくりと消していく。


 見渡す限り続く砂の大地。

 遠くでは陽炎が揺れ、空との境界を曖昧にしていた。


 一行はナタージャ領を目指し、穏やかな足取りで砂漠を進んでいる。


 先頭を歩くのはルミナス。

 胸元の魔王の紋章は淡い紫色の光を放ち、迷うことなく進むべき道を静かに示していた。


 その少し後ろ。

 エルがハープを奏でながら歩いていた。


 ぽろん、ぽろん、と。

 乾いた砂漠へ、澄んだ音色が溶け込んでいく。


 エルは小さく目を細める。


 この砂漠を歩きながら演奏するのは、これが初めてではない。

 断崖の村からオアシス都市へ向かった時も、こうしてハープを奏でながら歩いていた。


 けれどあの時とは、音色が違う気がした。


 あの頃は胸のどこかに張り詰めたものがあった。


 先に待つユリウス領。

 人間と魔族が暮らす街。

 ユーリとの再会。


 何が待っているのか分からない不安。

 優しい旋律を奏でながらも、心のどこかは落ち着かなかった。


 でも今は違う。

 旅の仲間が笑っている。


 ライカが一緒に歩いている。


 セリナは楽しそうに砂を踏みしめている。


 同じ砂漠を歩いているはずなのに、風まで心地よく感じられた。

 エルは自然と笑みを浮かべる。


「やっぱり歩くだけなら演奏出来るね」


 指先から紡がれる音は、どこか軽やかだった。


「街の中じゃ流石に無理だったけど今は気持ちいい!」


 ラグナも思わず笑う。


「前より楽しそうだな」


 エルは一瞬きょとんとした。


「……そうかな?」


 そう返してから、自分でも気付く。


「あ……」


 少し照れくさそうに笑った。


「そうかも」


「前は演奏してても、ちょっと緊張してたんだ」


「でも今は違う」


 もう一度弦を弾く。


 乾いた砂漠へ、穏やかな音色が響いていく。


 ラグナは肩をすくめた。


「砂漠で演奏しながら歩く吟遊詩人なんて、なかなか居ねぇだろうな」


「でしょ?」


 エルは少し誇らしげだった。


 その後ろでは。


 リオン。


 ライカ。


 そしてセリナが並んで歩いている。


 しばらく歩いたところで、ラグナはふと視線を向けた。


「ん?」


 セリナが、いつの間にかライカの手を握って歩いていた。


 ライカはその手を見つめる。


 それから。


 セリナを見る。


「……?」


 首を傾げる。


「どうしたの?」


 小さく尋ねる。


 セリナはきょとんとした顔で見返した。


「ううん」


「なんでもない」


 そう言うと。


 また当たり前のようにライカの手を握ったまま歩き出す。


 ライカは少し困ったようにラグナを見る。


「……?」


 ラグナは肩をすくめた。


「懐かれたんじゃないか?」


「……そうなの?」


「多分な」


 ライカはもう一度セリナを見る。


 セリナは鼻歌交じりに歩いている。


 握っている手に特別な意味は無い。

 ただ、一緒に歩きたい。


 そんな気持ちが、その小さな手から自然と伝わってきた。


 ライカは少しだけ考えてから、握られた手をそのままにした。


 その様子をリオンが優しく見つめる。


「安心するんだろうね」


「ライカの隣」


 エルも微笑む。


「うん」


「なんだか分かる気がする」


 ライカだけが。


 まだ理由を理解していなかった。




 その日の夜。

 一行は岩場の陰で野営をすることにした。


 焚き火の火は静かに揺れる。


 昼間の暑さが嘘のように、砂漠の夜は穏やかな冷気に包まれていた。


 皆が寝静まった頃、ラグナは剣を膝へ置いて手入れをしていた。

 砥石を滑らせる音だけが静かに響く。


 少し離れた場所。


 ライカもまだ眠っていなかった。

 胸元から、深海色の真珠が嵌められたブローチを取り出す。


 小さな器へ水を注ぎ、指先を水に浸す。

 そして、そっと刻へ触れる。


 ラグナはその様子を見ながら聞いた。


「毎日やるのか?」


 ライカは頷く。


「……うん」


「刻は毎日水を与えないと、形を保てないから」


 そう言って優しく水を馴染ませる。


 静かな時間。


 ライカはふと、ブローチを見つめた。


「……あれ」


 小さく呟く。


 ラグナが顔を上げる。


「どうした?」


 ライカは真珠を指先で撫でる。


「綺麗」


「……?」


「水だけじゃない」


「ちゃんと磨かれてる」


 ラグナもブローチを見る。


 深海色の真珠は、月明かりを受けて静かに輝いていた。

 何百年という時間を感じさせないほど美しかった。


 ライカは小さく微笑む。


「……大事にしてくれてたんだ」


 その声には怒りも、悲しみももう無かった。


 ただ、静かな感謝だけがあった。


「……ありがとう」


 その言葉は、もうこの場には居ないユリウスへ向けられたものだった。


 ラグナは何も言わない。


 ただ剣を磨く手を止め、静かに微笑んだ。


 夜風が吹く。


 焚き火の火が優しく揺れた。




 翌朝、再び砂漠を歩き始めた一行。


 昼近くになり、ルミナスが足を止める。


「見えてきました」


 皆も前を見る。


 砂漠の先。


 深い谷を跨ぐように。


 一本の巨大な橋が架かっていた。


 陽光を浴びた橋は、砂漠の中をまっすぐ未来へ伸びているようにも見えた。


「おぉ……!」


 ラグナが思わず声を漏らす。


 橋はどこまでも長く。


 堂々と谷を越えている。


 リオンも静かに見上げた。


「すごい……」


 エルは目を輝かせる。


「これ渡るの!?」


 ライカは橋を見つめたまま小さく息を吐いた。


 ユリウス領。


 海底神殿。


 谷底の村。


 オアシス都市。


 砂漠。


 旅の中で出会った景色が、静かに胸をよぎる。

 どれも少し前の自分なら知ることのなかった世界だった。


 ラグナは橋へ向かって歩き出した。


「帰ろう」


「ナタージャ領に」


 皆も頷く。


 一人ではない。


 託された想いを胸に。


 それぞれが出会い、受け取り、繋いできた願いを抱えながら。


 新しい未来へ向かうために。


 一行は大橋へと歩き始めた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。