第七十九話 拾われたもの
夜風が砂を撫でる。
ライカはゆっくりと顔を上げた。
気付けば身体を包んでいた青白い雷は消えていた。
真っ白だった髪も、真っ白だった服も、少しずつ元の黒へ戻っていく。
胸元の刻だけが静かに深海色の光を宿していた。
ライカは目の前を見る。
そこにはラグナがいた。
傷だらけの腕。
焦げた服。
赤くなった肌。
それでも。
ラグナは小さく息を吐く。
「……良かった」
その声は心底安心したようだった。
そして。
次の瞬間。
ラグナの身体がぐらりと揺れる。
「ラグナ?」
ライカが声を上げる。
ラグナは膝をついた。
そのままライカへもたれかかる。
「悪い」
小さく笑う。
「ちょっと休む」
それだけ言って。
ラグナは意識を失った。
「ラグナ……!」
ライカの声が夜に響く。
少し離れた場所から駆け寄る足音。
「ラグナ!」
「大丈夫!?」
エルとリオンが駆け寄る。
ルミナスもすぐ後ろから続く。
リオンは膝をつき、急いでラグナの様子を確認した。
「命に別状はないよ」
そう言いながらも表情は険しい。
「でも無茶をしすぎ……!」
ロザリオを握る手とは反対の手から、柔らかな光が溢れる。
治癒の光がラグナの身体を包む。
ルミナスは周囲を見回した。
そして静かに言う。
「助けを呼んできます」
返事を待たず。
金色の髪を揺らして街へ向かって駆け出した。
ライカは肩に寄りかかるラグナの顔を覗き見る。
眠っているだけだ。
分かっている。
それでも胸の奥が落ち着かない。
ライカはそっとラグナの手に触れた。
その温かさに。
少しだけ安心した。
時は少し遡り。
ラグナたちが部屋を飛び出してすぐ、ユーリは嫌な予感を覚えていた。
理由は分からないけれど何かが起きる気がした。
ユーリは街の警備をしていた魔族二人に声をかけていた。
「担架を持ってきてください」
「え?」
「急いで」
魔族たちは首を傾げながらも従った。
そのまま三人で街の外へ向かう。
そして。
夜空が光った。
青白い閃光。
空を裂く轟音。
砂漠全体を照らすような光。
魔族二人が足を止める。
「なんだ今の……」
ユーリは空を見上げた。
そして静かに言う。
「急ぎましょう」
三人は走り出した。
しばらくして。
街の外から駆けてきたルミナスと合流する。
「こちらです」
ユーリたちは案内されるまま砂漠を進んだ。
やがて。
姿が見える。
リオン、エル、ライカ。
そして。
地面に横たわるラグナ。
「運びます」
ユーリが言う。
「どこに運ぶ?」
担架を下ろしながら一人の魔族が聞く。
「宮殿へお願いします」
「それは…」
二人の魔族が動きを止める。
「責任は僕が取りますので」
「……わかった」
慎重にラグナを乗せる。
リオンが小さく頭を下げた。
「ありがとう」
ユーリは答えない。
ただ担架へ視線を向ける。
ラグナは眠っていた。
傷だらけだった。
腕も。
肩も。
首元も。
雷の痕が残っている。
それでも。
その顔には後悔が無かった。
まるでやるべきことをやり終えたような顔だった。
ユーリにはそれが不思議だった。
どうしてそこまで出来るのだろう。
従者でもない、家族でもない、何の義務も無い。
それなのに。
命を懸ける。
傷付くことを選ぶ。
理解出来なかった。
理解したかった。
ユーリは視線を動かす。
ライカがいた。
ラグナの傍から離れようとしない。
心配そうに不安そうに、ずっとラグナを見ている。
ユーリは考える。
なぜ従者でも無い君がそこまでするのか。
なぜ。
あなたが彼をそこまで気遣うのか。
答えは見つからない。
ただ。
胸の奥に引っ掛かる。
自分には持っていない何かが。
彼らの間にはある気がした。
担架を囲みながら街へ戻る。
夜の砂漠。
足音だけが響く。
その時だった。
ふと。
ユーリの脳裏に古い記憶が蘇る。
まだ幼かった頃。
砂漠の真ん中。
喉が渇き、足も痛いけれど泣く力も残っていなかった。
目の前では。
父と母と思われる男女が言い争っていた。
「無理よ!」
「俺だって無理だ!」
「食べ物が足りないの!」
「だったらどうしろって言うんだ!」
怒鳴り声。
震える声。
そして。
沈黙。
やがて。
母がしゃがみ込む。
少年の頭を撫でた。
優しい手だった。
けれど。
その手は震えていた。
「ごめんね」
母は泣いていた。
父は目を逸らしていた。
そして。
二人は歩き出した。
少年を置いて。
一度も振り返らずに。
残された少年は。
ただ座り込んでいた。
二人が歩く姿を目で追ったが、それもすぐに辞めた。
もう関係無いんだと悟った。
日差しが照付け、静かに砂漠の風だけが吹いていた。
そして。
目の前に影が差した。
俯く少年の視界に黄色い砂を踏みしめる黒い靴が入ってきた。
ゆっくり顔を上げる。
黒髪、浅黒い肌。
胸元には深海色の宝石のブローチ。
魔族の男は。
少年へ手を差し伸べた。
「立てるか」
それが。
少年とユリウスの出会いだった。




