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第七話 共闘と残る震え

挿絵(By みてみん)


 森は、静かすぎるときほど牙を隠している。


 湿った土を踏みしめながら、ラグナは短く言った。


「……気配、三。右奥、低いのが一、でかいのが二」


 リオンが小さく頷く。


「索敵、さすがだね。僕は後ろを支えるよ」


 そのやり取りの横で、エルは弓を握ったまま、ほんの少しだけ遅れて頷いた。


「う、うん。任せて!」


 声は明るい。けれど指先が、わずかに強張っている。


 次の瞬間、藪が裂けた。


 飛び出してきたのは牙猪が二体、その背後から這い出るように影狼が一匹。


 低く唸り、一直線に突っ込んでくる。


「来たぞ!」


 ラグナは踏み込み、剣を抜く。


 最初の猪の牙を弾き、その勢いのまま体を捻って斬り上げた。


 血が散る。だが倒れない。二体目が横から突進してくる。


「リオン!」


「任せて」


 淡い光が弾ける。


 リオンの手元の光がが猪の目を眩ませ、動きを鈍らせる。


 そこに——


「エル、今だ!」


 ラグナの声。


 完璧なタイミング。

 弓を引けば、確実に仕留められる位置。


 けれど。


 ——矢は、わずかに逸れた。


 牙猪の肩口をかすめるだけで、森の奥へ消えていく。


「……っ」


 ラグナの眉がわずかに動く。


 外した?

 いや、違う。


 あの距離で外すはずがない。


「もう一発いける!」


 リオンが声を重ねる。


「うん!」


 エルは再び矢を番えた。


 今度は影狼。

 素早く動く標的だが、今のエルなら読めるはず。


 ——それでも、矢は当たらない。


 足元の土を弾くだけで、影狼はそのままラグナへ飛びかかる。


「チッ!」


 ラグナは剣で受け止め、そのまま叩き伏せた。

 衝撃で地面が抉れる。


 残った牙猪が、再び突進。


 今度はラグナが一歩踏み込み、真正面から斬り伏せた。


 静寂が戻る。


 荒い息の中、血の匂いだけが残る。



「……今の、当てられただろ」


 ぽつりと、ラグナが言った。


 責める声音ではない。


 ただ、事実を置くような声。


 エルは一瞬だけ目を逸らし、それから笑った。


「えー?動き速かったしね。ちょっとズレちゃった」


「二回ともか?」


「た、たまたま!」


 明るい。軽い。

 でも、その軽さが、逆に引っかかる。


 リオンがやんわりと間に入る。


「まあまあ。初めての連携だし、仕方ないよ」


「……」


 ラグナは何も言わない。


 ただ、エルの手元を見ていた。


 弓を持つ指が、ほんの少し震えている。



 そのあと、森を抜けるまでの戦いでも同じだった。


 エルは確かに戦っている。


 歌で。

 声で。

 仲間を支える形で。


 だけど——


 決定的な一撃だけは、放たない。



 日が傾き、三人は小さな開けた場所で足を止めた。


 焚き火に火が入る。

 ぱち、と木が弾ける音。


 沈黙を破ったのはラグナだった。


「エル」


「ん?」


「なんで弓、当てねえ」


 まっすぐな問いだった。


 逃げ場のない、真っ直ぐな言葉。


 エルの笑顔が、ほんの少しだけ固まる。


「……だから、外しただけだって」


「違うな」


 即答だった。


「お前、当てられてた」


 火の光が、ラグナの目に映る。


「外してた」


 その言葉に、エルの指先が止まる。


 沈黙。


 リオンは何も言わず、ただ静かに二人を見ている。


 やがてエルは、観念したように肩の力を抜いた。


「……さすがだね」


 小さく笑う。

 でもその笑みは、昼間のそれよりずっと弱い。


「当てたく、なかったんだよ」


「理由は」


 ラグナは短く問う。


 エルは火を見つめたまま、少しだけ考えて——


「……長くなるから、また今度」


 そう言って、視線を上げた。


「でもさ」


 少しだけ、いたずらっぽく笑う。


「ちゃんと戦うよ。二人となら」


 その言葉に、ラグナは一瞬だけ黙る。


 それから、ふっと息を吐いた。


「……ならいい」


 短い返答。


 それだけで、十分だった。




 火が揺れる。


 森が静まる。


 そしてその裏側で、まだ言葉にならない“理由”が、静かに息をしている。




 ラグナは小枝を削りながらぼそりと呟いた。


「……当てても壊れねえ方法、あるだろ」


「え?」


 エルが顔を上げる。


 ラグナは手元の枝を見せた。


 先端を丸く削った、簡素な“矢のようなもの”。


「尖ってるから壊れる。なら——丸くすりゃいい」


「……?」


「当てて、止めるだけなら、それで足りる」


 リオンが少し目を見開く。


「なるほど……衝撃だけを与える、ってこと?」


「中に何か詰めりゃ、もっと使えるだろ。粉とか、煙とか」


 ぽん、と軽く枝を投げる。


それは地面に当たって、鈍い音を立てて跳ねた。


「壊さずに戦う方法くらい、自分で作れ」


 ラグナはそう言って、火に薪をくべた。




 エルはその枝を拾い上げる。


 丸い先端を、指でなぞる。


 壊さない形。


 当てるための矢。


 その可能性に、ほんの少しだけ——


 胸の奥が、軽くなった気がした。




 まだ知らない。


 この選択が、どれだけ自分を変えるのか。


 ただ一つだけ分かるのは。


 外さなくてもいい未来が、そこにあるかもしれないということ。

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