第七十六話 違和感の正体
ラグナが違和感を抱きながら見つめる宮殿。
その一室で。
ユーリはユリウスの前に立っていた。
「そうか」
黒い髪に浅黒い肌、顎には無精髭。
黒を基調とし金の刺繍が織り込まれた服を纏う。
その胸元では深海色の真珠が埋め込まれたブローチが、月明かりを受けて輝いていた。
「白い魔族がこれと同じ真珠を…」
「はい」
ユーリは答える。
「交易の途中で出会いました」
「ラグナたちと共に行動しています」
ユリウスはしばらく考え込んだ。
白い魔族。
この言葉に何か思うところがあるようだった。
だが。
それ以上は聞かない。
代わりに別の問いを投げる。
「その者たちはどうだった?」
ユーリは少し笑った。
「変わった人間たちですよ」
「魔物を殺さず逃がします」
「人間も魔族も区別しません」
「それに……」
少しだけ間を置く。
「勇者もいます」
ユリウスが目を細めた。
「勇者か」
「はい」
「魔王ナタージャ様が認めた勇者です」
沈黙。
やがて。
ユリウスは小さく笑った。
「なるほど。」
それだけだった。
宮殿を後にしたユーリは街外れへ向かう。
やがて辿り着いたのは巨大な採掘場だった。
夜だというのに灯りが消えない。
岩を砕く音が響いている。
その中で。
一人の少年がツルハシを振るっていた。
茶髪。
首には奴隷の首輪。
汗まみれになりながら岩を砕いている。
ユーリが近付く。
少年は顔を上げた。
「おや」
「珍しい人が来た」
ユーリは苦笑する。
「久しぶり」
「相変わらず働いてるね」
少年の名はレン。
ユーリと変わらない歳の少年は肩を竦めた。
「働かないと飯が出ないからね」
軽い口調だった。
だが。
首輪が全てを物語っている?
「で?」
レンは慣れたようにツルハシを背負う。
「今日は何しに来たの?」
ユーリは採掘場を見渡した。
そして小さく呟く。
「少し気になる人たちが来てね」
その頃。
宿屋。
ラグナは窓辺に立っていた。
街の様子が気になる。
人間がいない。
ユーリもいない。
何かがおかしい。
そんな気がしてならない。
「リオン」
小さな声。
ベッドで眠っていたリオンが目を開ける。
「どうしたの?」
「少し外見てくる」
「一人で?」
「いや」
ラグナは笑った。
「付き合え」
リオンはため息を吐く。
「分かったよ」
二人は夜の街へ出た。
昼間とは違い人通りは少ない。
月明かりだけが街を照らしている。
しばらく歩いていると。
ラグナが足を止めた。
「……なぁ」
リオンも気付いた。
路地裏。
そこに人影がある。
隠れるように近付く。
そして。
見てしまった。
人間。
男。
女。
子ども。
首輪を付けられ、檻の中へ入れられている。
その前では魔族たちが値段を付けていた。
売られている。
商品として。
リオンが息を呑む。
「そんな……」
ラグナは拳を握る。
強く。
強く。
血が滲みそうなほど。
助けたい。
今すぐに。
檻を壊し首輪を外したい。
けれど出来ない。
ここで暴れれば、何も分からないまま全てが終わる。
ラグナは歯を食いしばる。
そして。
不意に妙な胸騒ぎがした。
理由はわからない。
ただ嫌な予感がする。
「リオン」
「戻るぞ」
「え?」
「急げ」
二人は走り出した。
その頃。
宿屋。
ライカは起きていた。
眠れずベッドに横になっていたが、部屋から出る音に起き上がった。
窓から街を見ると歩いていくラグナとリオンの背中を見つけた。
小さく首を傾げる。
こんな時間にどうしたのだろう。
その時。
ドンッ!!
部屋の扉が乱暴に開かれた。
ライカが振り向く。
三人の魔族。
見知らぬ男たちだった。
「見つけたぞ」
低い声。
ライカの背筋が凍る。
エルが飛び起きる。
「な、なに!?」
ルミナスも起き上がる。
だが遅い。
男たちは一気に距離を詰めた。
エルが捕まる。
ルミナスも反応が遅れ抑え込まれた。
「離して!」
エルが叫ぶ。
魔族の男がにじり寄ってくる。
ライカの瞳が揺れる。
どうする。
どうする。
どうする…。
海底神殿。
外の魔族に連れて行かれる同胞たち。
恐怖。
閉じ込めていた記憶。
違う。
今は違う。
これは魔王オルディスの指示じゃない。
二人を助けたい。
ライカは机を見る。
水の入ったコップを反射的に掴み振り掛ける。
水が魔族たちへ降りかかる。
男たちが顔を上げる。
「なんだ!?」
ライカが手を男たちに向けて伸ばした。
「二人を離して」
深海色の刻が光る。
ぱちっ。
雷。
青白い光。
深雷。
雷が水を伝って走る。
魔族たちだけを撃ち抜く。
「ぐわっ!?」
「うぐっ…」
衝撃。
男たちは弾かれるように倒れた。
「ば、化け物…!!」
男の一人が叫び、倒れた男たちも慌てて起き上がり逃げていった。
静寂。
エルが呆然としている。
ルミナスも目を見開いていた。
立ち尽くすライカは肩で息をしていた。
直後。
扉が開く。
ラグナとリオンだった。
「無事か!?」
ラグナが叫ぶ。
部屋を見回す。
机は壊れ、床が濡れている。
呆然とするエルが肩を震わせ。
ルミナスは身体を強張らせる。
そして。
腕を抑えるライカ。
「何があった」
ラグナが聞く。
エルが慌てて答える。
「ライカが助けてくれたの!」
「ライカが…」
ラグナは振り向く。
ライカは何も言わない。
ただ。
少し後ろへ下がる。
その時だった。
ラグナは見た。
ライカが後ろへ隠した右腕。
ほんの僅かに裾の隙間から。
細かな白いヒビが走っていた。
まるで陶器のように。
ライカは気付かれないように腕を隠す。
「……平気」
小さな声。
誰に向けた言葉だったのか。
ラグナは何も言わなかった。
聞かなかった。
けれど。
目を逸らせなかった。
ライカは無理をした。
それだけは分かった。
そして。
この街で何かが動き始めていることも。
ラグナは静かに拳を握った。




