第七十五話 砂漠の都
砂漠を歩き始めて三日目。
照り付ける太陽と、果てしなく続く砂。
昼の暑さと、夜の寒さ。
慣れない環境は想像以上に体力を奪っていた。
特にエルは疲れが見えていた。
魔物を刺激しないよう、歩きながら演奏を続けていたからだ。
ライカにも疲れが見える。
海底神殿には無かった気温差に額に汗を浮かべながら歩く。
それでも。
彼女の足は止まらなかった。
胸元の刻を握りながら、ただ真っ直ぐ前を見て歩く。
そして。
昼が過ぎた頃、砂丘を超えた先で見えた景色に。
一行は思わず足を止めた。
「……すご」
エルが呟く。
砂漠の中に、巨大な宮殿が建っていた。
白い石造りの宮殿とその周囲の無数の建物は、陽光を受けて輝いている。
そして、街の中心には大きな湖が輝き、南国特有の木々が風に揺れる。
まるで砂漠の中に現れた別世界だった。
「オアシス都市……」
リオンが呟く。
ラグナは頷いた。
「たぶんここだな」
ユーリに渡された紙を取り出す。
宿屋の名前だけ記された意味が今なら分かる。
この都市は砂漠の中で圧倒的な存在感を放っていた。
ユーリはライカがオアシス都市の方角を見ていた事に気付いていた。
それで見つけられない方が難しい。
「なるほどな…」
ラグナは苦笑する。
「あいつ最初からこうなるって分かってたのか」
「だと思う」
エルも苦笑した。
一行は真っ先に宿屋へ向かった。
砂漠を歩き続けた疲労が全身に溜まっている。
宿へ着くなりエルはベッドへ飛び込んだ。
「もう無理ー!」
ラグナが笑う。
「お疲れさん」
椅子へ腰掛けたライカは少しだけ顔色が悪い。
ルミナスが水を差し出した。
「大丈夫ですか?」
ライカは頷く。
「……たぶん」
その変わらない調子に思わずエルが吹き出した。
翌日。
十分に休んだ一行は街へ出た。
オアシス都市。
そこは谷底の村とは違う賑わいだった。
広場で音楽を奏でる魔族や、その周りで踊る魔族たちは黄色の宝石を身に纏う。
露天には色鮮やかな布や香辛料、果物、宝石。
どこを見ても華やかだった。
「すごいねぇ」
エルが目を輝かせる。
「谷底の村より派手って感じ!」
実際その通りだった。
行き交う魔族たちが身に付ける宝石は、ナタージャ領の魔族たちよりも多かった。
首飾りや指輪、耳飾り。
服そのものにも黄色い宝石が散りばめられている。
ライカも思わず周囲を見る。
自分の服と似ている。
けれど違う。
彼らにとって宝石は装飾。
海底の民にとって刻は命。
その違いを改めて感じる。
商店街の店はどこも活気で溢れていた。
魔族たちの笑い声が響く。
一見するととても平和な街だった。
けれど。
ラグナは少しだけ違和感を覚えていた。
どこを見ても人間がいない。
一人も。
ユーリは言っていた。
この辺りでは人間との交易も珍しくない。
むしろ普通だと。
ならなぜ誰もいないのだろう。
「どうしたの?」
リオンが聞く。
ラグナは首を振った。
「いや」
「ちょっとな」
それ以上は言わなかった。
言葉には出来ない違和感だった。
その後ろで。
ライカもまた妙な感覚を覚えていた。
誰かに見られている。
そんな感覚。
振り返っても誰もいない。
再び歩くけれど感覚は消えない。
「ライカ?」
ルミナスが声をかける。
ライカは少し迷った後に小さく言った。
「…見られてる気がする」
ルミナスが周囲を見る。
だか何も見つからない。
「気のせいでしょうか」
「分からない」
ライカも首を振る。
ただ胸の奥がざわついていた。
夕方。
街を一通り見て回った一行は宿へ戻った。
「楽しかったー!」
エルは満足そうだった。
リオンも笑う。
「賑やかな街だったね」
ルミナスは静かに頷く。
ライカだけは窓の外を見ていた。
街の灯り。
行き交う魔族。
賑わう広場。
それなのにどこか落ち着かなかった。
夜。
皆が眠りについた静かな時間。
ラグナだけが起きていた。
窓辺に立ち、街を見下ろしている。
昼間に感じた違和感が頭から離れなかった。
人間がいない。
ユーリの姿も見えない。
そして。
街全体が何かを隠しているような感覚。
胸の奥が妙にざわつく。
宮殿の上に月が浮かんでいた。
ラグナはその光景を見つめながら、小さく息を吐く。
「……なんなんだろうな」
答える者はいない。
ただ夜風だけが静かに部屋へ吹き込んでいた。




