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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第六章 ユリウス領
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第七十四話  刻の導く先

 翌朝、ラグナたちは関所の前に居た。


 関所には何人もの魔族たちが見送りに来ていて、ラグナたちに手を振る。


「気を付けてな!」


「今度はもっとゆっくりしていけよ!」


 エルも元気よく手を振り返す。


「ありがとー!」


 ライカも小さく会釈した。


 魔族たちから向けられる視線にも、少しづつ慣れてきた気がした。


 関所を抜ける。


 その先に続いていたのは長い坂道だった。


 谷底から地上へ続く上がり坂。


 谷底の村とユリウス領を繋ぐ唯一の道。


 見上げると果てしなく続いている。


「ユーリが寄らなくていいって言った意味がわかったかも……」


 エルが顔を引きつらせる。


「上がるのは迷わなさそうだけどね」


 リオンが苦笑した。


 ラグナは肩を回す。


「ま、登るしかねぇな」


「そうだけどさぁ…!」


 坂道は想像以上に長かった。


 昼近くになる頃には皆汗だくになっていた。


 エルは途中で何度も座り込みそうになる。


 ルミナスは平然としている。


 ライカも疲れている様子はあったが、坂道の天辺を見つめながら黙って歩き続けた。


 黒いブーツにも少し慣れてきていた。



 そして。


 ようやく坂を登りきる。


 その瞬間。


 全員が足を止めた。


 目の前に広がっていたのは。


 砂漠。


 どこまでも続く黄金色の世界。


 熱い風が砂をさらう。


 揺らめく熱気。


 空と地平線の境界すら曖昧だった。


「……すご」


 エルが呟く。


「こんなに広いんだ」


 リオンも思わず息を呑む。


 ラグナは辺りを見回した。


 しかし。


 村や都市はおろか、目印になりそうな道すら無い。


「で」


 エルが聞く


「どっち行けばいいの?」


 ラグナは真顔で答えた。


「俺にもわからねぇ」


「だと思った!」


 即座に返された。


 ユーリから渡された紙を取り出す。


 そこには。


 宿屋の名前。


 それだけ。


 肝心の場所が書いていない。


「なんで宿屋の名前だけなんだよ……」


 ラグナが頭を抱える。


「ユーリらしいよね」


 リオンが苦笑した。



 そんなやり取りの中。


 ライカだけがずっと同じ方向を見ていた。


 誰も気付かなかった。


 彼女の深海色の瞳は遥か彼方を見つめていた。


 まるで。


 何かを探しているように。


「ライカ?」


 ルミナスが声をかける。


 ライカは静かに呟いた。


「……リリアナを感じる」


 皆が振り向く。


「リリアナ?」


 ラグナが聞く。


 ライカは小さく頷いた。


 胸元の刻を握る。


「刻の気配」


「遠いけど……分かる」


 風が吹く。


 黒髪が揺れる。


 その瞳は迷っていなかった。


 ルミナスはライカを見る。


 その横顔を見て。


 すぐに理解した。


 ライカはそこへ行きたいのだ。


 理由ではなく。


 心で。



「皆さん」


 ルミナスが振り返る。


「ライカが見ている方へ行きましょう」


 ラグナは少しだけ笑った。


「そうだな」


「今までだってそんな感じだったしな」


 エルも頷く。


「迷うよりいいよね!」


「うん」


 リオンも同意した。


 ライカは少し驚いた顔をした。


 誰も疑わない。


 誰も説明を求めない。


 ただ。


 当たり前のように頷いている。


「……ありがとう」


 小さな声。


 ラグナは聞こえていたが何も言わなかった。


 代わりに。


「じゃあ案内頼む」


 そう言った。


 ライカは静かに頷く。


 そして。


 砂漠へ一歩踏み出した。


挿絵(By みてみん)



 ユリウス領の砂漠は過酷だった。


 時折現れる巨大な影。


 遠くで聞こえる咆哮。


 砂の下で何かが移動する音。


 ナタージャ領とは明らかに違う。


 強い魔物たちの気配がそこら中にあった。


 そのため。


 エルは歩きながらハープを奏で続けていた。


 優しい音色。


 魔物たちを刺激しないように。


 警戒させないように。


「ずっと弾いてて大丈夫か?」


 ラグナが聞く。


 エルは笑う。


「大丈夫大丈夫」


「旅の吟遊詩人だもん」


 そう言うが。


 腕は少し疲れているようだった。



 夕方。


 空が赤く染まり始める。


 一行は大きな岩場を見つけた。


 風を避けられる。


 野営には丁度良い。


 焚き火が灯る。


 パチパチと薪が爆ぜる音。


 夜になると砂漠は急激に冷えた。


 昼の暑さが嘘のようだった。


 食事を終え。


 エルが最初に眠る。


 続いてリオン。


 ルミナスも静かに目を閉じた。


 焚き火の向こうから規則正しい寝息が聞こえる。



 ラグナは起きていた。


 剣を膝に置く。


 布で丁寧に磨く。


 いつもの習慣。


 ガルドに何度も叩き込まれたもの。


 その隣に。


 ライカが座っていた。


 砂漠の夜空を見上げている。


「眠らないのか?」


 ラグナが聞く。


「まだ眠くない」


 ライカは答えた。


 そして。


 空を見上げたまま言う。


「星が多い」


 ラグナも空を見る。


 満天の星空。


 海底神殿では見られなかった景色。


 谷底の村でも見えなかった景色。


「初めて見たのか?」


「うん」


 ライカは頷く。


「空も」


「太陽も」


「星も」


 少しだけ考えて。


 続ける。


「全部初めて」


 ラグナは剣を磨く手を止めた。


 そうか。


 ライカは本当に。


 今まで何も見てこなかったんだ。


「どうだ?」


 聞いてみる。


 ライカは星空を見つめたまま。


 しばらく考えて。


 本当にしばらく考えて。


 ようやく言葉を見つける。



「……綺麗」


 それだけだった。


 でも。


 その一言には。


 海底神殿を出てから見た全てが詰まっているような気がした。


 風が吹く。


 焚き火が揺れる。


 遠くで魔物の鳴き声が響く。


 砂漠の夜。


 星空の下。


 ラグナは再び剣を磨き始めた。


 ライカは空を見上げ続ける。


 遠くの方に。


 まだ見えない場所にある存在を感じながら。


 明日もまた。


 彼らは前へ進む。


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