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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第六章 ユリウス領
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第七十二話 優しい戦い方

 夕方。


 市場を見て回っていた一行は宿屋へ戻っていた。


 食堂では賑やかな声が響いている。


 谷底の村は夜になっても活気があった。


 エルは椅子に座ったまま身を乗り出す。


「そういえば!」


 その視線はユーリへ向いていた。


「市場で宝石の名前いっぱい言ってたよね!」


 ユーリは少し首を傾げる。


「ああ」


「詳しいの?」


「まぁね」


 当然のように答える。


 エルが興味津々で聞く。


「なんで?」


 ユーリは少し笑った。


「商売道具だから」


 ラグナが顔を上げる。


「商売道具?」


「うん」


 ユーリは頷く。


「宝石を売ってたことがあるんだ」


「え?」


 リオンが驚く。


 ユーリは続けた。


「魔族は宝石を身につけることが多いからね」


「装飾品はよく売れるんだ」


 そう言いながら。


 ライカへ視線を向ける。


「ライカ様の服もそうでしょう?」


 ライカは自分の服を見る。


 袖。


 胸元。


 裾。


 深海色の小さな宝石が散りばめられている。


「……ある」


「そういうこと」


 ユーリは笑った。


「綺麗な石は人気なんだよ」


 エルは目を輝かせる。


「見てみたい!」


「残念」


 ユーリは肩を竦めた。


「商売道具だから見せられない」


「えー!」


 不満そうな声が上がる。


 そんなやり取りを見ながら。


 ライカは胸元の刻に触れた。


 宝石。


 自分たちにとっては命そのもの。


 けれど。


 外の世界では違う意味を持つらしい。


 また一つ。


 知らないことが増えた。




 翌朝。


 一行が宿屋を出ようとした時だった。


「ユーリ!」


 大声が響く。


 一人の魔族の男が走ってきた。


 息を切らしている。


「大変なんだ!」


「どうしました?」


 ユーリが振り向く。


 男は肩で息をしながら言った。


「関所だ!」


「また大型の鳥が居着いた!」


「近付けなくて困ってる!」


 ユーリは眉を寄せた。


「また?」


「昨日からずっとだ!」


「魔笛を持ってるお前なら何とか出来るだろ!?」


 なるほど。


 助けを求めに来たらしい。


 ユーリは少し考える。


 だが。


 その前に。


「行こう」


 ラグナが言った。


 ユーリが振り向く。


「即答だね?」


「困ってるんだろ」


 当然のような返事だった。


 エルも頷く。


「行こう行こう!」


 リオンも同意する。


「放ってはおけないね」


 ユーリは苦笑した。


「そう言うと思ったよ」




 関所へ向かう。


 そこには。


 巨大な影があった。


 家一軒分ほどもある巨鳥。


 青黒い羽。


 鋭い爪。


 大きな嘴。


 関所の前に陣取り、周囲を睨んでいる。


 近くには誰も近付けない。


 エルが思わず声を漏らす。


「大きい……」


 リオンも息を呑む。


 ライカは黙って見つめていた。


 巨鳥。


 そして。


 前へ出るラグナたち。


 その表情には不安が浮かんでいた。


 ラグナはそれに気付く。


 振り返った。


「ライカ」


 深海色の瞳が向く。


「ライカは後ろで見てていいから」


 短い言葉だった。


 けれど。


 どこか安心する声だった。


 ライカは小さく頷く。


「……うん」




 ラグナとルミナスが前へ出る。


 巨鳥が気付く。


 威嚇。


 次の瞬間。


 大きく羽ばたいた。


 轟音。


 風圧。


 そして突進。


「来るぞ!」


 ラグナが叫ぶ。


 巨大な嘴が迫る。


 だが。


 ラグナは避けない。


 剣で受ける。


 衝撃。


 身体が押し込まれる。


「っ!」


 その横では。


 ルミナスが翼の一撃を受け止めていた。


 二人とも攻撃しない。


 ただ受け止める。


 それだけ。


挿絵(By みてみん)


 ライカは目を見開いた。


 なぜ。


 反撃しないの。


 巨鳥は再び暴れる。


 だが。


 そこへ。


 優しい音色が響いた。


 ぽろん――


 エルのハープ。


 柔らかな旋律。


 荒れていた呼吸が少しずつ落ち着いていく。


 巨鳥の動きが変わる。


 威嚇が弱まる。


 そして。


 最後に。


 ユーリが魔笛を吹いた。


 澄んだ音色。


 風に乗って広がる。


 巨鳥は空を見上げる。


 一度。


 二度。


 鳴いた。


 そして。


 翼を広げる。


 大きく羽ばたき。


 海の方角へ飛び去っていった。


 誰も傷付けず。


 誰にも傷付けられず。


 それで終わった。




 静寂。


 そして。


 歓声。


「助かった!」


「関所が使える!」


「ありがとう!」


 魔族たちの喜ぶ声が響く。


 ラグナたちは顔を見合わせる。


 エルは笑っていた。


「よかったねー!」


 飛び去る巨鳥へ手を振る。


 ラグナが呆れる。


「あれ聞こえてねぇだろ」


「気持ち気持ち!」


 ライカは黙っていた。


 目の前で起きた光景。


 知らなかった。


 見たことがなかった。


 人間は魔物を倒すものだと思っていた。


 危険なら排除するものだと思っていた。


 なのに。


 誰も傷付けなかった。


 それで解決した。


 そんな方法があるなんて。


 知らなかった。


 ライカが飛び去った巨鳥を見つめていると。


 隣に誰かが立った。


 ルミナスだった。


 彼女もまた空を見上げている。


 しばらく沈黙が続く。


 やがて。


 ライカがぽつりと呟いた。


「……どうして」


 ルミナスが振り向く。


「なにがですか」


「倒さなかったの」


 短い言葉だった。


 けれど。


 そこには本当に分からないという気持ちがあった。


 ルミナスは少し考える。


「倒す必要がなかったからでしょうか」


「でも」


 ライカは空を見上げる。


「危険だった」


「そうですね」


 ルミナスは素直に頷く。


「でも、あの鳥も誰かを傷付けたかったわけではなさそうでした」


 ライカは黙った。


 そんなこと。


 考えたこともなかった。


 危険なら排除する。


 脅威なら倒す。


 それが当たり前だった。


「……そんなこと」


 小さな声が漏れる。


「考えたことなかった」


 ルミナスは静かに聞いていた。


 そして。


 少しだけ微笑む。


「私も最初は分かりませんでした」


 ライカが顔を上げる。


「でも」


「ラグナたちは、そういう人たちみたいです」


 ライカは前方を見る。


 魔族たちに囲まれているラグナたち。


 笑うエル。


 話を聞いているリオン。


 少し困ったように笑うラグナ。


 輪から離れて見守るユーリ。


 どこにでもいる旅人たちのようだった。


「……変」


 思わず呟く。


 ルミナスも頷いた。


「変ですね」


 二人とも真面目だった。


 ライカは少しだけ目を細める。


 そして。


 本当に小さな声で言った。


「……嫌じゃない」


 ルミナスは何も言わない。


 ただ静かに微笑んだ。


 その表情を見ながら。


 ライカはもう一度空を見上げる。


 倒す強さではなく。


 傷付けないための強さ。


 そんなものがあるのだと。


 今になって初めて知った。


 胸の奥が少しだけ熱くなる。


 優しい。


 ふと浮かんだ言葉に。


 ライカは自分で驚いた。


 戦いなのに。


 敵と向かい合っていたはずなのに。


 そこにあったのは恐ろしさではなく。


 優しさだった。




 やがて。


 関所の門が開く。


 向こうにはユリウス領へ続く道。


 ユーリはそこで足を止めた。


「さて」


 皆が振り向く。


 ユーリは苦笑した。


「僕はここで先に行くよ」


「え?」


 エルが目を丸くする。


「今回の旅は長居しすぎちゃったからね」


「早く戻らないと」


 ラグナは頷いた。


「そっか」


 ユーリは懐から紙を取り出す。


 小さなメモ。


 それをラグナへ渡した。


「オアシス都市の場所」


「ユリウス様のいる街だ」


「まぁ」


 少し笑う。


「ライカ様なら分かると思うけどね」


 ライカが顔を上げる。


 ユーリは何も説明しない。


 ただ微笑むだけだった。


 そして。


 近くにいた黒狼の背に跨る。


「また後で」


「先に待ってるよ」


 ラグナが手を上げる。


「おう」


 エルも大きく振る。


「またねー!」


 リオンは微笑み。


 ルミナスは小さく頭を下げた。


 ライカも静かに会釈する。


 ユーリは最後に一度だけ振り返る。


 そして。


 狼と共に砂漠の方角へ駆けていった。


 その姿が見えなくなるまで。


 一行は静かに見送る。


 やがて。


 エルが口を開いた。


「さて!」


 その声に全員が振り向く。


 エルは満面の笑みだった。


「谷底の村、まだ全然見てないよね!」


「確かに」


 リオンが頷く。


 市場も一部しか見ていない。


 砂浜もある。


 畑もある。


 まだ見ていない場所ばかりだった。


 ラグナは苦笑する。


「まぁ急ぐ理由もねぇしな」


「やった!」


 エルが飛び跳ねる。


 ルミナスも静かに頷いた。


「賛成です」


 ライカは谷底の村を見渡す。


 市場の賑わい。


 行き交う魔族たち。


 遠くから聞こえる笑い声。


 昨日まで知らなかった景色。


 まだ知らないことばかりの場所。


 しばらく見つめた後。


 小さく呟く。


「……見てみたい」


 エルが嬉しそうに笑った。


「じゃあ決まり!」


 そう言ってライカの手を引く。


「行こ!」


「引っ張らないで」


 少し困った声。


 けれど。


 以前ほど嫌そうではなかった。


 その様子を見ながら。


 ラグナたちは再び村の方へ歩き出す。


 谷底の村。


 ナタージャ領で最も大きな街。


 そして。


 ライカにとってはまだ知らない世界の続き。


 この場所での旅はまだ。


 もう少しだけ続くのだった。

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