七十一話 赤い石が見せるもの
谷沿いの細い道から洞窟へと入り、いくつもの分かれ道を進む。
岩壁が頭上を覆い隠し、足元にはかすかな灯りだけが続いている。
「なんか……思ったより暗いね」
エルが周囲を見回しながら言った。
「谷底だからな」
ラグナが答える。
だが。
完全な闇ではなかった。
岩壁のあちこちに埋め込まれた青白い鉱石。
それらが淡く光を放ち、洞窟全体を照らしている。
「綺麗……」
ルミナスが小さく呟いた。
ライカも立ち止まり、壁に手を伸ばす。
光る鉱石。
海底神殿の灯りとは違う。
けれどどこか似ている。
静かで。
優しい光だった。
「天然の鉱石だよ」
先頭を歩く案内役の魔族が振り返る。
「この辺りでは珍しくないんだ」
「へぇー!」
エルが目を輝かせる。
「持って帰ったら怒られる?」
「怒られる」
「だよね!」
即答だった。
皆が少し笑う。
そこから先は分かれ道の連続だった。
右。
左。
さらに右。
途中でまた二手。
似たような通路ばかり。
ラグナは途中で諦めた。
「……もう帰れねぇな」
ルミナスが振り返って言う。
「帰れませんね」
リオンも頷く。
「僕、三つ目くらいで覚えるのやめたよ」
「僕も」
ユーリまで同意した。
案内役の魔族だけが不思議そうな顔をする。
「そうか?」
「そうだよ」
全員一致だった。
やがて。
遠くに光が見えた。
洞窟の出口。
そして。
一歩外へ出た瞬間。
「――うわぁぁぁ!!」
真っ先に叫んだのはエルだった。
巨大な谷。
その底に広がる村。
見上げれば遥か頭上に細い空。
そこから差し込む光が谷底を照らしている。
段々畑のように並ぶ家々。
木造の建物。
石造りの建物。
行き交う魔族たち。
市場。
子どもたちの声。
笑い声。
どこまでも続く賑わい。
「すげぇ……」
ラグナも思わず呟いた。
断崖の村とはまるで違う。
静かな海辺の村ではない。
ここは街だった。
「旅してるって感じする!」
エルは今にも走り出しそうだった。
「落ち着いてください」
ルミナスが言う。
「無理!」
即答だった。
案内役の魔族が笑う。
「好きに見て回るといい」
「やったー!」
エルは本当に嬉しそうだった。
村へ入ると。
何人もの魔族がこちらを見る。
そして。
「ユーリ!」
「久しぶりだな!」
「また来たのか!」
次々と声が飛ぶ。
ユーリは苦笑した。
「どうもどうも」
「元気そうだな」
「お陰様で」
「今度また笛聞かせろよ」
「気が向いたら」
軽く返事をする。
だが。
ラグナは気付いていた。
ユーリは笑っている。
けれどどこか落ち着かない。
歓迎されればされるほど。
居心地が悪そうだった。
「人気者だな」
ラグナが言う。
ユーリは少しだけ眉を下げた。
「やめてよ」
「褒めてるんだが」
「それが嫌なんだよ」
苦笑する。
その意味はよく分からなかった。
けれど。
それ以上聞く気にはならなかった。
やがて市場へ到着する。
人で溢れていた。
果物。
香辛料。
布。
装飾品。
魔物の素材。
見たこともない品々。
エルの目が輝く。
「すごいすごいすごい!」
「落ち着け」
「無理!」
本日二度目だった。
ユーリは肩を竦める。
「僕は用事があるから」
そう言って市場の奥を指差した。
「夕方には宿屋に戻るよ」
「なら俺たちも適当に見て回るか」
ラグナが言う。
「二手に分かれようか?」
リオンが提案した。
「そうだな」
自然と組み合わせが決まる。
ライカ。
ルミナス。
リオン。
そして。
ラグナ。
エル。
ユーリ。
「じゃあまた後で!」
エルが手を振る。
ライカは小さく頷いた。
そして。
それぞれ別方向へ歩き出す。
市場を歩くライカは何度も立ち止まっていた。
果物。
布。
焼き菓子。
香辛料。
見るもの全てが初めてだった。
「これは?」
「果物です」
「これは?」
「服でしょうか」
「これは?」
「私も分かりません」
ルミナスが真顔で答える。
リオンが吹き出した。
「分からないなら言わなくていいんだよ」
三人の空気はどこまでも穏やかだった。
一方。
ラグナたち。
「おー、綺麗」
エルが装飾品店で立ち止まる。
ラグナは興味なさそうに通り過ぎようとして――
足を止めた。
小さな赤い石。
ガーネット。
陽の光を受けて静かに輝いている。
何故か。
目が離せなかった。
「ラグナ?」
エルが首を傾げる。
「珍しいね」
「……別に」
その時。
隣からユーリが言った。
「ガーネットだね」
赤い石を見つめる。
「真実」
「友愛」
「情熱」
「生命力」
石言葉だよ、と続ける。
そして少し笑った。
「ラグナにぴったりだと思う」
ラグナは返事をしなかった。
赤い石を見つめる。
その瞬間。
何かが脳裏を掠めた。
小さな手。
笑い声。
赤い光。
――おにいちゃん。
そこで途切れる。
霧がかかったように消えていく。
「……いや」
ラグナは視線を外した。
「俺はそういうのいい」
そう言って歩き出す。
エルは少し不思議そうだった。
ユーリは何も言わない。
ただ。
ほんの少しだけ。
ラグナの背中を見つめていた。




