表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第五章 断崖の村
PR
67/75

第六十六話 感謝の言葉

 翌日。


 海は穏やかだった。


 数日前まで荒れ狂っていたとは思えないほど静かで、朝日を受けた水面がきらきらと輝いている。


 宿屋の窓からそれを見ながら、ラグナは大きく伸びをした。


「今日は出発できそうだな」


「そうだね」


 リオンが頷く。


 荷物の整理もほとんど終わっている。


 昨日の夜、ユーリも言っていた。


 商談は片付き、旅を再開できるらしい。


 ラグナは部屋の隅を見る。


 ライカは窓際に座り、静かに海を眺めていた。


 まだ慣れない場所。


 まだ慣れない人たち。


 それでも海底神殿へ戻ろうとは言わなかった。


 ラグナは少し考えてから言う。


「なぁライカ」


 ライカが振り向く。


「……なに」


「出発までまだ時間ある」


 ラグナは立ち上がった。


「村、見てきたらどうだ?」


 ライカが目を瞬かせる。


「村……」


「俺とリオンで旅の支度しておくからさ」


 横でリオンも頷いた。


「ゆっくり見てきたらいいよ」


 エルがぱっと立ち上がる。


「行く!」


「案内する!」


 最初から行く気満々だった。


 ルミナスも静かに立ち上がる。


「私もご一緒します」


 ライカは少し迷うように視線を落とした。


 けれど。


 昨日見た空。


 昨日交わした挨拶。


 それを思い出したのか、小さく頷く。


「……行く」


 エルは満面の笑みを浮かべた。




 断崖の村は今日も賑わっていた。


 海が静かになったおかげで、漁師たちは朝から忙しそうに動いている。


 村中に活気があった。


 エルは早速あちこちへ興味を向けている。


「あっ!」


「見てライカ!」


 店先に並ぶ貝殻細工を指差した。


「きれー!」


 ライカは不思議そうにそれを見る。


「……並べている」


「売り物なので」


 ルミナスが答えた。


 ライカが首を傾げる。


「売り物?」


「欲しい人に渡す代わりに、お金を貰います」


「おかね」


 聞き慣れない言葉だった。


 エルが笑う。


「つまり交換みたいなもの!」


「ふーん」


 と言ったものの、ライカはまだよく分かっていない様子だった。


挿絵(By みてみん)


 店主の魔族がそんな三人に気付く。


「あっ」


 そして笑顔になった。


「吟遊詩人さん!」


 エルが振り向く。


「ん?」


「ありがとうな!」


「海が静かになったおかげで漁に出られるよ!」


 エルは照れくさそうに笑った。


「えへへ」


「まあ歌っただけだけどね!」


 店主は豪快に笑う。


「その歌が凄かったんだろ!」


 そして。


 視線がライカへ向く。


「そっちのお嬢ちゃんもありがとう」


 ライカの動きが止まった。


「……え」


「海を鎮めてくれたんだろ?」


「助かったよ」


 当たり前のように言う。


 感謝の言葉。


 ライカは返事ができなかった。


 ただ戸惑う。


 どうすればいいのか分からない。


 エルが小声で言った。


「どういたしまして、だよ」


 ライカが振り向く。


 エルは笑っている。


 ルミナスも静かに頷いていた。


 ライカはしばらく黙り込む。


 それから。


 ぎこちなく口を開いた。


「……どういたしまして」


 店主は嬉しそうに笑った。


「うんうん!」


「良い子だ!」


 ライカはまた固まる。


 エルは思わず吹き出した。




 村を歩くたび。


 色んな人が声を掛けてくる。


「海が静かになったぞ!」


「魚がいっぱい獲れた!」


「ありがとう!」


 その度にライカは戸惑う。


 何百年もの人生で。


 感謝されたことなど一度もなかった。


 むしろ。


 恐れられることの方が多かった。


 利用されることの方が多かった。


 だから。


 どうしていいか分からない。


 エルはそんなライカを見て笑う。


 ルミナスも優しく見守っている。


 二人とも何も急かさない。


 それが少しだけ心地良かった。




 昼過ぎ。


 村の入口近く。


 ラグナとリオンが待っていた。


 荷物はすでにまとめられている。


 その隣にはユーリもいた。


 魔物たちも揃っている。


「おっ」


 ラグナが手を振る。


「楽しめたか?」


 エルが元気よく答えた。


「楽しかった!」


「ライカがね、いっぱい感謝されてた!」


 ラグナがライカを見る。


 ライカは少しだけ視線を逸らした。


 まだ慣れないらしい。


 リオンは少し笑う。


「よかったね」


 ライカは返事をしない。


 けれど。


 嫌そうではなかった。


 ユーリはその様子を静かに見ていた。


 何も言わない。


 ただ少しだけ目を細める。


 海風が吹く。


 崖の村。


 静かな海。


 空を飛ぶ鳥。


 ライカは振り返る。


 昨日までは怖かった場所。


 でも今は少しだけ違う。


 店主の笑顔。


 少女との挨拶。


 感謝の言葉。


 初めて見た空。


 初めて食べたパン。


 焚き火の赤い光。


 全部が頭の中を過ぎていく。


 そして。


 ラグナが口を開いた。


 いつもの調子で。


 まるで当然みたいに。


「でさ」


 ライカが顔を上げる。


 赤髪の少年は少し笑った。


「ライカ」


 海風が吹く。


「一緒に来るか?」


 静かな言葉だった。


 説得はない。


 理由もない。


 ただ。


 問いかけだけ。


 ライカの胸元の刻が微かに光る。


 深海色の真珠。


 そこには今も。


 同族たちの記憶が眠っている。


 リリアナの記憶も。


 祭壇。


 身長線。


 石碑。


 海底神殿。


 守り続けてきた時間。


 そして。


 昨日見た空。


 今日出会った人たち。


 知らなかった世界。


 未来。


 ライカは小さく息を吸った。


 胸の奥で。


 何かが静かに揺れていた。


 まるで。


 長い眠りから目を覚ますように。


「……」


 ライカはゆっくりと顔を上げる。


 深海色の瞳が、ラグナたちを映していた。


 その唇が、わずかに開く。


 そして――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ