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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第五章 断崖の村
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第六十五話 白い魔族

 海風が、静かに吹いていた。


 ライカはまだ海を見ている。


 空。


 雲。


 鳥。


 どれも初めて見るものばかりだった。


 ラグナ達も急かさない。


 ただ同じ景色を見ていた。


 その時だった。


 遠くから元気な声が聞こえてくる。


「おにいちゃーん!」


 崖の上から。


 小さな影が駆け下りてくる。


 ラグナはその声を聞いた瞬間、僅かに動きを止めた。


「……ん?」


 何か。


 引っ掛かる。


 胸の奥が少しだけざわついた。


 けれど。


 それが何なのか分からない。


 気付けば違和感は消えていた。


 ラグナは頭を掻く。


「気のせいか」


 そう呟いた時には、いつもの調子に戻っていた。


 少女は勢いよく駆け寄ってくる。


 以前村で出会った、あの魔族の少女だった。


「おにいちゃん達!」


 息を切らしながら叫ぶ。


「海が静かになった!」


 エルが首を傾げる。


「海?」


「うん!」


 少女は大きく頷いた。


「昨日までずっと荒れてたのに!」


「今日見たら静かになってるんだもん!」


 興奮した様子で身振り手振りを交える。


「何かしたんでしょ!?」


 エルは胸を張った。


「ふっふっふ」


 得意げな顔。


「まぁね!」


 ラグナが苦笑する。


「お前なぁ」


 エルは気にしない。


「ただ歌っただけよ!」


 少女は目を輝かせた。


「すごい!」


「やっぱり吟遊詩人ってすごいんだ!」


 エルはますます得意げになる。


「でしょー?」


 リオンが横で苦笑していた。


 そんな賑やかなやり取りの最中。


 少女の視線がふと止まる。


 ルミナスの後ろ。


 そこに居るライカへ。


挿絵(By みてみん)


「……あれ?」


 ライカの身体がぴくりと震える。


 少女は目を丸くした。


「白い魔族だ!」


 全員が一瞬止まる。


 少女はライカを指差した。


「初めて見た!」


「そんな魔族いるんだ!」


 ラグナ達は顔を見合わせる。


 エルが聞いた。


「珍しいの?」


 少女は何度も頷く。


「うん!」


「聞いたこともない!」


「見たこともない!」


 ライカは少しだけルミナスの背中へ隠れる。


 まるで子どもみたいな仕草だった。


 ルミナスは何も言わない。


 ただ自然にその場へ立っていた。


 少女は興味津々だった。


 悪意はない。


 ただ純粋な好奇心。


 それがライカにも分かったのだろう。


 しばらくして。


 ライカは小さく頭を下げた。


「……こんにちは」


 か細い声。


 少女はぱっと笑顔になる。


「こんにちは!」


 その返事は驚くほど明るかった。


 ライカは少しだけ目を瞬かせる。


 何百年ぶりだっただろう。


 こんな挨拶を交わしたのは。


 海風が静かに吹き抜けていった。



 夕方。


 一行は崖の村へ戻っていた。


 宿屋の一室。


 ライカは部屋の隅に座っている。


 まだ落ち着かないのか、窓から海が見える位置を選んでいた。


 ラグナ達もそれぞれ休んでいる。


 その時。


 扉が叩かれた。


「入るよ」


 聞き慣れた声。


 ユーリだった。


 扉が開く。


 青髪の青年は部屋へ入るなり笑う。


「丸一日戻ってこないからさ」


「何かあったのかと思ったよ」


 言葉のわりに、あまり心配している様子はない。


 エルが呆れた顔をした。


「絶対心配してなかったでしょ」


「バレた?」


 ユーリは楽しそうに笑う。


 そして。


 視線が止まった。


 部屋の隅。


 ライカを見た瞬間だった。


 一瞬だけ。


 本当に一瞬だけ。


 ユーリの表情が固まる。


 ライカも視線を向ける。


 静かな沈黙。


 ラグナは特に気にした様子もなく言った。


「ライカって言うんだ」


 そこまで言った時。


 ライカと目が合った。


 深海色の瞳。


 ほんの一瞬だった。


 ラグナは何故か続きを飲み込む。


 理由は自分でも分からない。


 ただ。


 言うべきじゃない気がした。


「最近知り合ったんだ」


 自然とそんな言葉が出た。


 ユーリはライカを見る。


 白い肌。


 黒い髪。


 深海色の瞳。


 胸元にある真珠。


 そして。


 人間達の後ろへ隠れるように座る姿。


 違和感だらけだった。


 あまりにも。


 あまりにも。


 けれど。


 ユーリは何も聞かなかった。


挿絵(By みてみん)


 しばらくして。


 小さく頷く。


「……そっか」


 それだけだった。


 ラグナは気にせず続ける。


「ライカが海を静かにしてくれたんだ」


「へぇ」


 ユーリは笑う。


 だが。


 その目だけは少し考え込んでいた。


 そして。


「じゃあ僕はもう行くよ」


 軽く手を振る。


「明日には出発できそうだ」


「商談も片付きそうだしね」


 そう言って部屋を出ていく。


 扉が閉まる。


 ライカは静かに窓の外を見ていた。


 やがて。


 小さく呟く。


「……ありがとう」


 ラグナが振り返る。


「ん?」


 ライカは首を横に振った。


「なんでもない」


 それ以上は言わない。


 けれど。


 胸元の刻が僅かに光っていた。



 廊下。


 ユーリは一人で歩いていた。


 表情はいつも通り。


 けれど頭の中では、考えが巡っていた。


 白い肌。


 深海色の真珠。


 聞いたこともない魔族。


 ユーリは小さく息を吐く。


「……まさか」


 誰に聞かせるでもない呟き。


 けれど。


 その続きを口にすることはなかった。


 夜の海風が、静かに窓を揺らしていた。

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