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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第五章 断崖の村
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第五十五話 断崖の村

挿絵(By みてみん)


 数日後。


 一行は、ついに西側の海岸へ辿り着いていた。


「うわ……」


 エルが思わず足を止める。


 その先に広がっていたのは、東側とはまるで違う景色だった。


 巨大な断崖。


 切り裂かれたような岩肌。


 遥か下。


 遠くに海が見える。


 だが。


 その海は、穏やかではなかった。


 白波。


 黒い水面。


 遠目からでも分かるほど、荒れている。


 ごぉ、と風が吹き上がる。


 ラグナは崖下を覗き込みながら呟いた。


「……すげぇな」


「落ちたら終わりね」


 エルが少し後ずさる。


 その横で、ユーリは懐から魔笛を取り出していた。


「迎え呼ぶから、ちょっと待ってて」


 双頭の鳥型魔物が近寄ってくる。


 ユーリが笛を吹くと、魔物は大きく羽ばたき、断崖の向こうへ飛んでいった。


 リオンが目で追う。


「……迎え?」


「うん」


 ユーリは普通に頷く。


「魔物に気付いたら、村の人が来てくれる仕組み」


「便利だなぁ……」


 ラグナが感心していた時だった。


 ふと、彼は遠くを見た。


 断崖の反対側。


 少し離れた海辺。


 小さな港が見える。


 船。


 網。


 煙。


 どう見ても、人間の漁港だった。


 ラグナは眉をひそめる。


「……あんな近くに人間いるのか?」


「いるよ」


 ユーリはあっさり答えた。


「平気なのか?」


 その問いに、ユーリは海を見ながら肩をすくめた。


「魔王の不可侵条約があるし、そもそも結界があって入れない」


「互いに睨み合いながらも、なんとかやってるみたいだよ」


 穏やかな口調。


 けれど。


 その“なんとか”の危うさは、ラグナにも分かった。


 やがて。


 断崖の向こうから数人の魔族が現れる。


 浅黒い肌、黒い髪の魔族たち。


 海に出る者が多いからか、屈強な者が多い。


 その中の一人が、ユーリへ手を振った。


「久しぶりだな」


「どうも」


 ユーリは軽く笑う。


 魔族たちは、ラグナたちを見る。


 だが、ユーリと一緒だからか、そこまで強い警戒は無かった。


 一行は、そのまま断崖の道を進む。


 細い岩道。


 崖へ張り付くように作られた村。


 海風が強い。


 家々には漁網や貝殻が吊るされていた。


 だが。


 どこか空気が重い。


 活気が薄い。


 ユーリもそれを感じたのか、小さく眉を動かした。


 村へ入ると同時に、ユーリが振り返る。


「僕は商談があるから」


「後で落ち合おう」


「おう」


 ラグナが手を上げる。


 ユーリはそのまま魔族たちと別方向へ歩いていった。




「最近、海がずっと荒れててなぁ……」


 魔族の男が深いため息を吐く。


 ラグナたちは、漁具の並ぶ場所で話を聞いていた。


「全然海に出れねぇ」


「魚も獲れん」


 男は苛立ったように海を見る。


「しかも人間どもは、“魔族のせいだ”とか言いやがる」


 エルが小さく顔をしかめる。


「そんなの分かんないのにね」


「だろ?」


 男は乱暴に網を置いた。


「こっちだって困ってんだよ」


 その言葉には疲れが滲んでいた。




 別の場所。


 老人は遠くの荒れた海を見つめる。


「昔から、この海には妙な話があってな」


 リオンが静かに聞き返す。


「妙な話?」


「嵐の後、魚が浜へ打ち上がる時がある」


 老人はゆっくり言った。


「時々、誰も漁に出ておらんのに、大量の魚が岩場へ集められとることがあるんじゃ」


 ラグナが眉をひそめる。


「誰かが運んでんのか?」


「分からん」


 老人は首を振った。


「昔の者は、“海の底に住む何か”が教えてくれてるんだと言っとった」


 風が吹く。


 荒れた海が、低く唸る。


「まぁ、年寄りの言い伝えじゃよ」




 さらにその後。


 エルは小さな魔族の少女と話していた。


 少女は少し不安そうに海を見る。


「ねぇ」


「夜に、海が光ってるの見たことある?」


 エルが目を瞬かせる。


「光る?」


 少女は頷く。


「青く」


「海の下から」


 ルミナスが静かに反応する。


「……いつ頃ですか?」


「最近」


 少女は小さく肩をすくめた。


「でも誰も信じてくれないの」


 その瞳は、本当に見た者の目だった。




 一通り話を聞き終えた頃には、空が赤く染まり始めていた。


 海風も冷たい。


 ラグナたちは、村の宿屋へ入る。


 木造の小さな部屋。


 窓の外には、荒れる海。


 エルがベッドへ倒れ込む。


「なんか不穏ねぇ……」


 リオンも頷く。


「浜に打ちあがる魚に、光る海……」


 ルミナスは静かに考え込んでいた。


「ただ海が荒れているだけ、とは思えません」


 その時だった。


 海が見渡せる窓辺。


 そこに立っていたラグナが、ぼんやりと海を見ている。


 風が、赤いマントを揺らす。


 エルが聞いた。


「ラグナ?」


 ラグナは少しだけ目を細める。


「……いや」


 遠く。


 荒れた海の向こう。


 暗くなり始めた水面を見つめながら。


「なんか、変な感じがしてさ」


 海は、まるで何かを隠しているように荒れていた。

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